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第2章 魔術都市陰謀編
第86話 ステファノの戦い。
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「ど、毒って何ですかー? エバさんがどうかしたんですかー? うっ、うっ……」
自分はただの通りすがりで何も知らない。エバとばったり会っただけの田舎者なんだ。
ステファノは自分にそう言い聞かせて、こどもの気持ちになった。
「泣くんじゃねえ! さっき小瓶の中身を毒と間違えて避けてたじゃねえか!」
エバはそれを見て確信したようだが……。
「怖かったんですー。何の薬かわからなくて―。ご、ごめんなさいー。うぅー」
そうだ。ステファノは「毒だから飲めない」と言ったわけではない。ただ顔を逸らしただけなのだ。
知らない場所で知らない薬を出されて、素直に飲む方がどうかしている。
そう思わせられれば――。
自分でそう信じ込めば、相手に迷いが生じるはずだ。
「うっ、ぐっ、えっ……」
「泣くな! どうなってんだ、一体?」
口入屋は天を仰いだ。
「ちくしょう。エバめ、こんなガキを置いて勝手に出て行きやがって……」
「元締め、このガキどうしましょう?」
「うるせえ! 今更帰すわけにもいかねえだろうが? そのまま夜まで転がしとけ」
夜になったら――。人目のないところに連れ出して始末してやる。
荒んだ目がそう語っていた。
口入屋は小部屋を出て行き、残された手下はステファノの縄目が解けていないことを確認するとその後を追った。がちゃりとドアの鍵が音を立てた。
(行ったか?)
遠ざかる足音が聞こえなくなったことを確かめて、ステファノは俯いていた顔を上げた。
涙にぬれた顔を膝頭で拭う。
深夜までに助けが来てくれればステファノは無事に帰れる。助けが間に合わなければ――。
どこかの山の中で、狼の餌にされるのだろう。
(2つに1つ。命をタネに博打を打つわけにはいかない)
連れ出される前に、逃げ出す努力をしなければ。
ステファノは覚悟を決めると、後ろ手に握りこんでいた左手を開いた。
手の中には、「角指」があった。
下っ端に取り上げられた物とは別に、道具入れに予備を持っていたのだ。
路地裏で突き飛ばされた時、持ち物を取り上げられることを予期して素早く口の中に隠した。
口入屋に連れ込まれ、手足を縛られた時には角指は口の中にあった。
監視の目が無くなった隙に床に吐き出し、後ろ手で拾い上げてあったのだ。
まさか2つめがあるとは知らず、下っ端はステファノの手の中を確かめようとはしなかった。
それを今、右手の中指にはめる。
内側にした「棘」で手首の縄を擦る。
角指は刃物ではないので、簡単に縄を切ることはできない。ステファノは何度も、何度も角指で縄を擦った。
(深夜までだ。後何時間あるかわからないが、深夜までに縄を切らなくては)
(いや、「何時間もある」って考えなければ。焦らず、少しずつ正確に縄を擦るんだ)
ステファノは焦る心に言い聞かせた。
手首を縛った麻縄は強い。縄を切ろうと思うな。
(縄は繊維を撚り合わせ、編んだものだ。1本1本の繊維は細い。角指の棘で切れるはずだ)
(繊維1本を1分で切れば、100本の繊維を1時間40分で切ることができるじゃないか)
(5時間あれば300本の繊維が切れる。それだけ切れば縄は切れる!)
(焦るな。1本ずつ繊維を角指の先に引っ掛けるんだ。そして棘の先で擦れ)
(1回で切れなくても良い。繊維1本に1分使えるんだ。楽勝じゃないか!)
ステファノは角指の棘を縄に突き立てた。初めは縄は1つの塊のように思えた。
だが、これは細い繊維の集まりでしかない。
ステファノはまず縄に棘の先を何度も突き立て、揺すり、引っ張った。「縄」という塊を「繊維」という個にばらすのだ。
同じ部分を何度も、何度も。
「力じゃねえんだ。何度言ったらわかる? 1回でコネ上げようと思うな。何度でも繰り返すんだよ。体重を使え、生地を圧しつけるんだよ!」
バンスの声が耳に響く。あれは何だった? こどもの手には石のように固く思えた白い塊。
「少しずつで良いんだ。少しずつ生地がお前の言うことを聞くようになる。焦ったら、先に疲れちまうぞ」
ステファノは慎重に体重を移動し、縛られた両足で立ち上がった。ちょんちょんと跳ねるように壁際に移動する。
背中を壁に向けたステファノは、右手の角指を麻縄に突き立てながら体重を壁に預けた。
自分はただの通りすがりで何も知らない。エバとばったり会っただけの田舎者なんだ。
ステファノは自分にそう言い聞かせて、こどもの気持ちになった。
「泣くんじゃねえ! さっき小瓶の中身を毒と間違えて避けてたじゃねえか!」
エバはそれを見て確信したようだが……。
「怖かったんですー。何の薬かわからなくて―。ご、ごめんなさいー。うぅー」
そうだ。ステファノは「毒だから飲めない」と言ったわけではない。ただ顔を逸らしただけなのだ。
知らない場所で知らない薬を出されて、素直に飲む方がどうかしている。
そう思わせられれば――。
自分でそう信じ込めば、相手に迷いが生じるはずだ。
「うっ、ぐっ、えっ……」
「泣くな! どうなってんだ、一体?」
口入屋は天を仰いだ。
「ちくしょう。エバめ、こんなガキを置いて勝手に出て行きやがって……」
「元締め、このガキどうしましょう?」
「うるせえ! 今更帰すわけにもいかねえだろうが? そのまま夜まで転がしとけ」
夜になったら――。人目のないところに連れ出して始末してやる。
荒んだ目がそう語っていた。
口入屋は小部屋を出て行き、残された手下はステファノの縄目が解けていないことを確認するとその後を追った。がちゃりとドアの鍵が音を立てた。
(行ったか?)
遠ざかる足音が聞こえなくなったことを確かめて、ステファノは俯いていた顔を上げた。
涙にぬれた顔を膝頭で拭う。
深夜までに助けが来てくれればステファノは無事に帰れる。助けが間に合わなければ――。
どこかの山の中で、狼の餌にされるのだろう。
(2つに1つ。命をタネに博打を打つわけにはいかない)
連れ出される前に、逃げ出す努力をしなければ。
ステファノは覚悟を決めると、後ろ手に握りこんでいた左手を開いた。
手の中には、「角指」があった。
下っ端に取り上げられた物とは別に、道具入れに予備を持っていたのだ。
路地裏で突き飛ばされた時、持ち物を取り上げられることを予期して素早く口の中に隠した。
口入屋に連れ込まれ、手足を縛られた時には角指は口の中にあった。
監視の目が無くなった隙に床に吐き出し、後ろ手で拾い上げてあったのだ。
まさか2つめがあるとは知らず、下っ端はステファノの手の中を確かめようとはしなかった。
それを今、右手の中指にはめる。
内側にした「棘」で手首の縄を擦る。
角指は刃物ではないので、簡単に縄を切ることはできない。ステファノは何度も、何度も角指で縄を擦った。
(深夜までだ。後何時間あるかわからないが、深夜までに縄を切らなくては)
(いや、「何時間もある」って考えなければ。焦らず、少しずつ正確に縄を擦るんだ)
ステファノは焦る心に言い聞かせた。
手首を縛った麻縄は強い。縄を切ろうと思うな。
(縄は繊維を撚り合わせ、編んだものだ。1本1本の繊維は細い。角指の棘で切れるはずだ)
(繊維1本を1分で切れば、100本の繊維を1時間40分で切ることができるじゃないか)
(5時間あれば300本の繊維が切れる。それだけ切れば縄は切れる!)
(焦るな。1本ずつ繊維を角指の先に引っ掛けるんだ。そして棘の先で擦れ)
(1回で切れなくても良い。繊維1本に1分使えるんだ。楽勝じゃないか!)
ステファノは角指の棘を縄に突き立てた。初めは縄は1つの塊のように思えた。
だが、これは細い繊維の集まりでしかない。
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バンスの声が耳に響く。あれは何だった? こどもの手には石のように固く思えた白い塊。
「少しずつで良いんだ。少しずつ生地がお前の言うことを聞くようになる。焦ったら、先に疲れちまうぞ」
ステファノは慎重に体重を移動し、縛られた両足で立ち上がった。ちょんちょんと跳ねるように壁際に移動する。
背中を壁に向けたステファノは、右手の角指を麻縄に突き立てながら体重を壁に預けた。
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