上 下
85 / 624
第2章 魔術都市陰謀編

第85話 時間を稼げ。

しおりを挟む
「こいつ、ネルソンの館であたしを見ていたに違いない」
「何だと?」
「ここから外に出す訳にはいかないね」

 エバは鋭い目でむせ返るステファノを睨んだ。

「だがよ。ってことはネルソンはあれが俺たちの仕業だと知っているってことか?」

 口入屋の顔色が変わった。

「何てこった! お前がこのやり方なら絶対バレないって言ったんだろうが?」

 元締めの威厳はどこへやら、口入屋は唾を飛ばしてエバに詰め寄った。

「騒がないで頂戴。世の中に絶対なんて手口があるわけないだろう。バレちまったもんはしょうがない。早いこと身を隠すことだね。あたしは抜けさせてもらうよ」

 そう言うと、エバは戸口に向かった。

「何だと? ふざけるな! 大金をはたいて雇ってやったんだ。勝手な真似はさせないぜ」

 元締めに促されて、下っ端の男がエバとドアの間に先回りした。

「元締め、これは何の真似です? あたしはあんたの手下じゃない。仕事は終わったんだ。通してもらいますよ」

 足を停めたエバは、険のある声で口入屋に文句をつけた。

「待て待て。言い方が悪かったようだ。ここでバラバラになったら、1人ずつ狙われるぜ。ここは力を合わせて助け合おうじゃないか」
「調子の良いことを言うのね。あたしを盾にするつもりだろう? その手は食わないよ」

 エバは手に持った煙管を、下っ端の胸に突き立てて力を加えた。

「どきな。邪魔すると殺すよ」

 この男も王子暗殺の陰謀に一役買った一員である。エバが殺しのプロであることは知っていた。

「元締め~」

 下っ端はすっかり怯えて、元締めに助けを求めた。魔術師というのは何をするかわからない。

「くっ、クソッ。通してやれ!」

 元締めは顔を背けて、言葉を吐き出した。

「その代わり、お前との縁もこれっきりだ、エバ。2度とこの街で仕事ができると思うなよ!」

 振り返りもせずエバは戸口に向かい、ノブに手を掛けた。

「ふん。言われなくてもこの街とはおさらばするけど、あんたは生き残れるつもりかい?」

 その言葉を捨て台詞に、エバは去って行った。

 やり取りを聞きながらステファノは必死に考えていた。

 どうやらこの口入屋は思慮の足りない人間だ。そうでなければネルソン商会の地元で王子暗殺の仕事を引き受けたりはしないだろう。ネルソンの背後にギルモア侯爵家がいることも知らないのではないか?
 エバは自分が見張りをして毒風魔術を目撃したことを見破ったが、詳しい説明はしなかった。口入屋にははっきり伝わっていないのではないか? だったら、しらばっくれて時間を稼ぐことくらいはできそうだ。

 マルチェルさんは金貸しジェドーを先に退治すると言っていた。そうなると、こちらへ助けに来てくれるのは早くても夜中か、明日になってからになるだろう。
 夜まで長引かせれば何とかなる。夜まで生き残ることを目標にしよう。

 ステファノはそう考えをまとめた。

 目標があれば人間は頑張れる。

「このガキは一体どこまで知ってやがるんだ?」

 エバがいなくなると、口入屋はもう一度ステファノから状況を聞き出せないかと思い直した。ネルソンは本当にエバが犯人であることを突き止めており、自分が依頼人であることを知っているのか?

「おい。痛い目に遭いたくなければ素直に吐け。お前は何を見たんだ?」
「な、何をって言われても……。エバさんを、み、見掛けただけなんで」
「とぼけるな! それが何でうちの店の前なんだ?」

 エバが店を出る瞬間に、そこに通りかかる。そんな偶然がありうるか?
 店を見張っていてエバを見つけたと考える方が、理に適っている。だが……。

「と、通りかかったらちょうどエバさんが表に出てきたんです」

 馬鹿の一つ覚えのように、ステファノは繰り返す。怯えた演技も忘れない。馬鹿なのかもしれないと迷ってくれたら、時間が稼げるのだ。

「嘘を吐くな! エバが毒を使うところを見たんだろう?」

 口入屋はいらだってステファノを怒鳴りつけた。

 ここが勝負どころだ。ここを乗り切れれば夜まで頑張れると、ステファノは胸の内で思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

処理中です...