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第2章 魔術都市陰謀編
第79話 「鴉」のマルチェル。
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「店からつけている奴はいないようだったが、念のための用心だ」
前を向いて歩きながら、マルチェルが言った。
その口元はほとんど動いていない。
さらに15分ほど歩いて2人がたどりついたのは、古びた商店風の建物だった。
マルチェルは道を挟んだ斜め向かいの雑貨屋に入って行く。
「2階を借りるぞ」
カウンターの店主にそれだけ言うと、案内も待たずに奥の階段を上って行く。
通りに面した部屋に入ると、中央に置いてあるテーブルセットを窓際に移動した。
「さて、あれが口入屋の建物です。出入口はわかりますね? ここからは根競べです。動きがあるまでじっくり待ちましょう」
そういうと、マルチェルは椅子の片方に腰を下ろして、くつろいだ。
ステファノも椅子を運んで、腰を下ろす。
「ああ、もうそれは外して良いですよ」
マルチェルに言われ、頭を触ったステファノはスカーフを被ったままであったことに気づき、慌てて外した。
「お返しします」
顔を赤くして差し出したが、マルチェルは受け取らなかった。
「お前のために用意したものです。何かの役に立つかもしれない。持っていなさい」
「わかりました」
女装するのは不本意であったが、ひょっとすると誰かを尾行することになるかもしれない。
ステファノはスカーフを丁寧に畳むと、腰の物入れに納めた。
そのまま2人は日が傾くまで見張りを続けたが、その日は何事も起こらなかった。
◆◆◆
翌日も朝食後早々に、マルチェルの後について口入屋の見張りについた。
この日は前日とは違う店を通り抜けたが、裏口には馬車が待っていて人目につかぬよう2人を運んでくれた。
「さて、今日はどうでしょう。動いてくれるとありがたいですが」
口ではそう言うが、マルチェルはさほど気にしていないようだった。
「動きが無かったらどうするのですか?」
ステファノは尋ねてみた。
「そうですね。口入屋の元締めを引っ張り出して、吐かせてみましょうかね。どうせ叩けば埃の出る体とわかっています」
こともなげにマルチェルは言った。
「素直に吐くでしょうか?」
証拠が無ければ白を切るのではないかと、ステファノは思った。
「吐きますよ。『吐いても吐かなくても1昼夜これと同じことをする』と教えてやると、皆吐きます」
当たり前のことを言う声音で、マルチェルは言った。
ステファノには「これ」とはどんなことを指すのか、確かめる勇気が無かった。
「不思議なものでしてね。吐けと言うと意地でも吐かない奴が、吐かなくてもいいと言われると泣きながらしゃべり出すのです」
恐ろしいことをマルチェルは静かな口調で言った。
「苦痛を堪えるには理由が必要なのです。誰かを守るため、体を治すため、お金を稼ぐため。そういう理由を全部取っ払ってしまうと、人とは脆いものですよ」
こういう時のマルチェルは表情を失って仮面のような顔をしている。
これが「鴉」としての顔なのであろうか。
「来ても来なくても良いと思っていれば、気楽なものです。肩の力を抜いて待ちましょう」
時々交代で休憩を取りながら、2人は監視を続けた。
動きがあったのは、昼を過ぎてしばらく経った頃であった。
口入屋の店先がバタバタしたと思ったら、3人の男たちが表に出て来た。
「先頭にいるのが口入屋の元締めですね」
マルチェルがステファノに教えた。
「依頼人のところに向かうかもしれません。わたしが尾行してみます」
そう言うと、マルチェルは階段を下りて行った。
残されたステファノは、留守番役だ。入れ違いに怪しい人間が尋ねて来ないかどうか、見張りを続けることにした。
連絡を取るまでお互いの動きはわからないのであるから、行き違いになるのはあり得ることであった。
一人でする監視は難しい。行きかう通行人の姿をつい目で追ってしまい、店の監視を忘れてしまいそうになる。
ステファノは肩の力を抜いて、むしろぼんやりと口入屋の店先を眺めるようにした。
――――――――――
今回はここまで。
読んでいただいてありがとうございます。
「ステファノたちの活躍をもっと読みたい」と思われた方は、ぜひ「お気に入り追加」「感想記入」をお願いいたします。
皆さんの声を励みに執筆しております。
見張り場所で留守番をすることになったステファノ。
やがて明らかに怪しい人物が口入屋の前に現れます。
◆次回「第80話 ジェドーという金貸し。」
ドアが開くまでのわずかな間、成金主人は胸ポケットから取り出した白いハンカチーフで鼻と口元を押さえていた。確かに裏町に近い路地なので生活臭や馬糞の匂いが漂ってはいたが。
「でも、お貴族様には見えないよね」
ステファノとて客商売の端くれだ。身分を取り違えるようなことはない。
ネルソンがほんの少し服装を変えたら貴族にしか見えなくなるが、眼下の成金には何を着せてもただの悪趣味で終わるだろう。
……
前を向いて歩きながら、マルチェルが言った。
その口元はほとんど動いていない。
さらに15分ほど歩いて2人がたどりついたのは、古びた商店風の建物だった。
マルチェルは道を挟んだ斜め向かいの雑貨屋に入って行く。
「2階を借りるぞ」
カウンターの店主にそれだけ言うと、案内も待たずに奥の階段を上って行く。
通りに面した部屋に入ると、中央に置いてあるテーブルセットを窓際に移動した。
「さて、あれが口入屋の建物です。出入口はわかりますね? ここからは根競べです。動きがあるまでじっくり待ちましょう」
そういうと、マルチェルは椅子の片方に腰を下ろして、くつろいだ。
ステファノも椅子を運んで、腰を下ろす。
「ああ、もうそれは外して良いですよ」
マルチェルに言われ、頭を触ったステファノはスカーフを被ったままであったことに気づき、慌てて外した。
「お返しします」
顔を赤くして差し出したが、マルチェルは受け取らなかった。
「お前のために用意したものです。何かの役に立つかもしれない。持っていなさい」
「わかりました」
女装するのは不本意であったが、ひょっとすると誰かを尾行することになるかもしれない。
ステファノはスカーフを丁寧に畳むと、腰の物入れに納めた。
そのまま2人は日が傾くまで見張りを続けたが、その日は何事も起こらなかった。
◆◆◆
翌日も朝食後早々に、マルチェルの後について口入屋の見張りについた。
この日は前日とは違う店を通り抜けたが、裏口には馬車が待っていて人目につかぬよう2人を運んでくれた。
「さて、今日はどうでしょう。動いてくれるとありがたいですが」
口ではそう言うが、マルチェルはさほど気にしていないようだった。
「動きが無かったらどうするのですか?」
ステファノは尋ねてみた。
「そうですね。口入屋の元締めを引っ張り出して、吐かせてみましょうかね。どうせ叩けば埃の出る体とわかっています」
こともなげにマルチェルは言った。
「素直に吐くでしょうか?」
証拠が無ければ白を切るのではないかと、ステファノは思った。
「吐きますよ。『吐いても吐かなくても1昼夜これと同じことをする』と教えてやると、皆吐きます」
当たり前のことを言う声音で、マルチェルは言った。
ステファノには「これ」とはどんなことを指すのか、確かめる勇気が無かった。
「不思議なものでしてね。吐けと言うと意地でも吐かない奴が、吐かなくてもいいと言われると泣きながらしゃべり出すのです」
恐ろしいことをマルチェルは静かな口調で言った。
「苦痛を堪えるには理由が必要なのです。誰かを守るため、体を治すため、お金を稼ぐため。そういう理由を全部取っ払ってしまうと、人とは脆いものですよ」
こういう時のマルチェルは表情を失って仮面のような顔をしている。
これが「鴉」としての顔なのであろうか。
「来ても来なくても良いと思っていれば、気楽なものです。肩の力を抜いて待ちましょう」
時々交代で休憩を取りながら、2人は監視を続けた。
動きがあったのは、昼を過ぎてしばらく経った頃であった。
口入屋の店先がバタバタしたと思ったら、3人の男たちが表に出て来た。
「先頭にいるのが口入屋の元締めですね」
マルチェルがステファノに教えた。
「依頼人のところに向かうかもしれません。わたしが尾行してみます」
そう言うと、マルチェルは階段を下りて行った。
残されたステファノは、留守番役だ。入れ違いに怪しい人間が尋ねて来ないかどうか、見張りを続けることにした。
連絡を取るまでお互いの動きはわからないのであるから、行き違いになるのはあり得ることであった。
一人でする監視は難しい。行きかう通行人の姿をつい目で追ってしまい、店の監視を忘れてしまいそうになる。
ステファノは肩の力を抜いて、むしろぼんやりと口入屋の店先を眺めるようにした。
――――――――――
今回はここまで。
読んでいただいてありがとうございます。
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見張り場所で留守番をすることになったステファノ。
やがて明らかに怪しい人物が口入屋の前に現れます。
◆次回「第80話 ジェドーという金貸し。」
ドアが開くまでのわずかな間、成金主人は胸ポケットから取り出した白いハンカチーフで鼻と口元を押さえていた。確かに裏町に近い路地なので生活臭や馬糞の匂いが漂ってはいたが。
「でも、お貴族様には見えないよね」
ステファノとて客商売の端くれだ。身分を取り違えるようなことはない。
ネルソンがほんの少し服装を変えたら貴族にしか見えなくなるが、眼下の成金には何を着せてもただの悪趣味で終わるだろう。
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