飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

文字の大きさ
上 下
77 / 671
第2章 魔術都市陰謀編

第77話 ソフィアの願い。ネルソンの悲願。

しおりを挟む
「わたしは命を拾っただけではなく、お嬢様に人として生きる道を与えて頂きました。それが無ければ、どこかの路傍で野垂れ死んでいたことでしょう」

 ソフィアの希望により、マルチェルは護衛騎士の職を与えられた。一体自分のどこが気に入ったのかと、マルチェルは不思議に思ったものだ。

 自分を人として扱ってくれたソフィアに、マルチェルも「人」として接した。打算も忖度もない振る舞いが、お互いに信頼を生んだ。
 それだけのことであったが、奇跡のようなタイミングで結ばれた絆であった。

 商会へと向かう馬車の中で、マルチェルはソフィアと自分との出会いについてステファノに語り終えた。

「わたしはお嬢様づきの護衛をしていたのですが、旦那様がアカデミーに入学される際、そちらの護衛に回ることになったのです」

 ソフィアの強い願いであった。

 ◆◆◆

「アカデミーに行かれるお兄様を守って差し上げて。わたくしのお願いです」
「ミ・レディ」

 兄弟の中でソフィアはネルソンに最も懐いていた。歳が近かったせいもあったが、やはり自分のことを子ども扱いしないネルソンの性格に惹かれたのであろう。
 長兄のデズモンドのことも嫌いではなかったが、真面目過ぎて近寄り難かった。

「デズモンド兄さまはやがてギルモア家を継いで、立派な侯爵になられるでしょう。でも、ネル兄さまはいつかこの国を支える働きをなさるわ。あなたはその力となりなさい」

 ソフィアは確信を持って言った。

「ミ・レディ。お困りのことがあれば、いつでもお呼び下さい。『鉄壁』は常にお側に」
「そうね。あなたはわたくしのナイト・・・・・・・・ですものね」

 ◆◆◆

「ソフィア様のお言葉通り、旦那様は王家と王国民に幸せをもたらす新薬を開発して来られました。その間、各種薬剤の精製方法に改良を施し、その内容を公開されてもいます」

 ドイルの献策を生かし、巨万の富をもたらしたであろう数々の技術をネルソンは惜しげもなく万人に解放した。
 その結果製薬コストが下がるとともに薬の供給量が増え、王国の薬価は著しく下がった。

 今では薬が買えないばかりに命を落とすという庶民の不幸は、遠い昔話になりつつあった。

「店に来る爺さんたちが昔は大変だったって言ってたけど……。本当のことだったんですね」
「そうです。お前の親の世代まで、薬は庶民の物ではありませんでした」
「旦那様は本当に世の中のあり方を変えたのですね。マルチェルさんとたった2人で」

 目の前で王女を死なせてから30年。ここまでのことを為した。
 それでもまだ途中なのだ。人の世の仕組みとは、何と重たいものか。

「薬を以て王子を害する・・・・・・など、旦那様にとって許せることではないのです」

 それは命を懸けた生涯の目標に唾を吐きかける行為に他ならない。

「まずは怪しい口入屋を見張ります。お前の目を再び貸して下さい」

 マルチェル1人では見張れる範囲が限られる。
 ステファノの観察力に期待する意味も込められていた。

「勿論です。何を見張れば良いですか?」
「館の騒ぎを聞いて、敵は毒殺が成功したと思うでしょう。ソフィア様は明日にも王都に向けて旅立たれます。それを見れば、殿下が亡くなられたと解釈するはずです」

 王子の命がつながっている限り、側仕えのソフィアが館を離れる訳がない。王都に向けて動いたということは、死去の知らせを届けに向かうものとみるに違いないのだ。

「敵は毒殺成功の報告をするに違いありません。その時は事情を知る中心人物が動くでしょう。口入屋の店主が外に出向くか、それとも依頼人がやって来るか……」

 おそらくは前者であろうと、マルチェルは言う。

「店主が外出する際は、わたしが尾行します。お前には店に立ち寄る怪しい人間を見張ってほしいのです」

 店主が出掛け、マルチェルが現場を離れている間に、万一依頼人が訪れても見逃すことが無いように。

「金持ち、貴族、手下を連れた裏稼業……。本来口入屋などに足を運ぶ訳がない人間に目を光らせて下さい」

――――――――――
今回はここまで。
読んでいただいてありがとうございます。

「ステファノたちの活躍をもっと読みたい」と思われた方は、ぜひ「お気に入り追加」「感想記入」をお願いいたします。

皆さんの声を励みに執筆しております。

マルチェルに連れられてステファノは口入屋の監視に出かけます。
誰を見張れば良いのかもわからぬまま、ステファノは見張りの役に立つのでしょうか?
 
◆次回「第78話 食い逃げよりも簡単?」

「あ、そうか」

 何かが腑に落ちたように、ステファノは顔を明るくした。

「何か気づきましたか?」
「うちの飯屋で、やってたことだなと思って」
「飯屋で見張りですか?」

 マルチェルが怪訝そうな顔をすると、ステファノは照れくさそうに笑った。
 ……
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

裏切られ追放という名の処刑宣告を受けた俺が、人族を助けるために勇者になるはずないだろ

井藤 美樹
ファンタジー
 初代勇者が建国したエルヴァン聖王国で双子の王子が生まれた。  一人には勇者の証が。  もう片方には証がなかった。  人々は勇者の誕生を心から喜ぶ。人と魔族との争いが漸く終結すると――。  しかし、勇者の証を持つ王子は魔力がなかった。それに比べ、持たない王子は莫大な魔力を有していた。  それが判明したのは五歳の誕生日。  証を奪って生まれてきた大罪人として、王子は右手を斬り落とされ魔獣が棲む森へと捨てられた。  これは、俺と仲間の復讐の物語だ――

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

処理中です...