76 / 624
第2章 魔術都市陰謀編
第76話 白百合の騎士。
しおりを挟む
「当時は今よりも世の中が荒れていた時期でした。国境での小競り合いなどは日常茶飯事でしたね」
どちらの軍も本気で攻め込むつもりはない。俗に言う「一当あてる」という動きである。
数名から数十名の部隊が中間地帯に繰り出し、敵を挑発して、相手が出て来たところで双方やり合うのだ。
応じる方は相手の数を超える兵を出すことは恥とされていた。
「勝ったの負けたのと、無邪気なものでした」
だが、飢饉や天変地異が起きると、そうは行かない。
敵の村を襲い、略奪しなければ多数の人間が飢え死にするのだ。
「飢え程恐ろしいものはありません」
素手で敵陣に平然と殴り込む男が、隠すことなく戦慄していた。
「10日も食わずにいれば、人は人ではなくなります」
虫であろうと、木の皮であろうと、口に入る物は何でも食らう。
たとえ、「人」であろうと……。
「飢えた敵兵は『死兵』となります。負けて帰れば飢えて死ぬだけなのです。突かれても斬られても、彼らは引きません」
やせ衰えた体である。1人1人が強い訳ではない。
だが、死を恐れる者がいない集団は強い。1人が敵にしがみついている間に、別の1人が味方ごと刺し殺しに来る。
強兵で知られるギルモア軍が総崩れとなって敗走することもあるのだ。
ある戦でマルチェルは乱戦の中、味方である騎士隊とはぐれ、敵中を徒歩で撤退した。泥水をすするような苦しい逃避行であったが、生き残った彼は自分が幸運であったことを知った。
同僚騎士たちの騎馬は人目を惹き、鎧は重荷となった。
身につけたわずかな食料を狙って。あるいは馬を食料として奪い取るために。
武装すらしていない農民が、農具やスコップを手に物陰から敗残兵に襲い掛かった。
内地の要塞に命からがらたどり着いてみると、マルチェルの分隊は1人残らず帰らぬ人となっていた。
身も心も疲れ果てて、軍人墓地の一角に立てられた粗末な墓標の前で、マルチェルは泣くこともできずに立ち尽くした。
孤児として育ち、間諜として飼われていた彼が家族と呼べるのは、背中を預け合った戦友だけだった。
それももうない。
「何もかも……もう、どうでもいい」
祈る言葉さえ探せずにいると、目の前に年端も行かぬ少女が現れた。
その手には野の花で編んだ冠があった。
「あった! 兵隊さんのお墓」
少女は手に持った花冠を墓標に飾ろうと背伸びをした。しかし、精いっぱい踵を上げ、手を伸ばしても花冠は届かない。
「う、うーん。ダメ、できない。どうしよう」
周りを見回す少女と目が合った。
「あのね。兵隊さんにお花を上げたいの」
戦塵にまみれたまま汚れも落としていないマルチェルを見て、少女は物おじせずそう告げた。
「あ、ああ」
一瞬茫然としたマルチェルだが、少女の意図を知り背中に回って少女を地面から持ち上げた。
「これなら届くわ。うん。できた!」
墓標に花冠を掛けた少女を下ろしてやると、祈りを捧げた後に彼女は淑女の礼をした。
「ありがとう。……あなたも兵隊さん?」
「さあ……。その1人でしたが、今ではもう守る仲間もいません」
「そうなの? かわいそうね。きっと寂しいに違いないわ」
少女はポケットをまさぐると、白いハンカチを取り出した。
「これは秘密のものだから、誰にも言ってはいけないわ。助けてくれたあなたに上げる」
渡されるままにハンカチを開いてみると、焼き菓子が1つ入っていた。
「お城に帰れなくなったら食べようと思っていたの。でも、あなたの方がおなかが空いているでしょう」
「これを……自分に」
「そうよ。だから、お城までお供をして下さる? ……本当は、帰りの道がわからないの」
「……はい。ギルモア家騎士隊第2分隊『鉄壁』のマルチェルがお供いたします」
マルチェルは焼き菓子を胸に頂き、跪いて騎士の礼を執った。
少女は野辺の百合を手折り、それで彼の肩に触れた。
「『てんぺき』のマルチェル、そなたをわたしのナイトとします」
「イエス、ミ・レディ」
それがマルチェルとソフィアの出会いであった。
――――――――――
今回はここまで。
読んでいただいてありがとうございます。
「ステファノたちの活躍をもっと読みたい」と思われた方は、ぜひ「お気に入り追加」「感想記入」をお願いいたします。
ソフィアの願い。ネルソンの悲願。
それを暗殺者達は踏みにじった。
ギルモアの「鉄壁」は主人を守る。マルチェルの反撃が始まった。
◆次回「第77話 ソフィアの願い。ネルソンの悲願。」
「デズモンド兄さまはやがてギルモア家を継いで、立派な侯爵になられるでしょう。でも、ネル兄さまはいつかこの国を支える働きをなさるわ。あなたはその力となりなさい」
ソフィアは確信を持って言った。
「ミ・レディ。お困りのことがあれば、いつでもお呼び下さい。『鉄壁』は常にお側に」
「そうね。あなたはわたくしのナイトですものね」
……
◆お楽しみに。
どちらの軍も本気で攻め込むつもりはない。俗に言う「一当あてる」という動きである。
数名から数十名の部隊が中間地帯に繰り出し、敵を挑発して、相手が出て来たところで双方やり合うのだ。
応じる方は相手の数を超える兵を出すことは恥とされていた。
「勝ったの負けたのと、無邪気なものでした」
だが、飢饉や天変地異が起きると、そうは行かない。
敵の村を襲い、略奪しなければ多数の人間が飢え死にするのだ。
「飢え程恐ろしいものはありません」
素手で敵陣に平然と殴り込む男が、隠すことなく戦慄していた。
「10日も食わずにいれば、人は人ではなくなります」
虫であろうと、木の皮であろうと、口に入る物は何でも食らう。
たとえ、「人」であろうと……。
「飢えた敵兵は『死兵』となります。負けて帰れば飢えて死ぬだけなのです。突かれても斬られても、彼らは引きません」
やせ衰えた体である。1人1人が強い訳ではない。
だが、死を恐れる者がいない集団は強い。1人が敵にしがみついている間に、別の1人が味方ごと刺し殺しに来る。
強兵で知られるギルモア軍が総崩れとなって敗走することもあるのだ。
ある戦でマルチェルは乱戦の中、味方である騎士隊とはぐれ、敵中を徒歩で撤退した。泥水をすするような苦しい逃避行であったが、生き残った彼は自分が幸運であったことを知った。
同僚騎士たちの騎馬は人目を惹き、鎧は重荷となった。
身につけたわずかな食料を狙って。あるいは馬を食料として奪い取るために。
武装すらしていない農民が、農具やスコップを手に物陰から敗残兵に襲い掛かった。
内地の要塞に命からがらたどり着いてみると、マルチェルの分隊は1人残らず帰らぬ人となっていた。
身も心も疲れ果てて、軍人墓地の一角に立てられた粗末な墓標の前で、マルチェルは泣くこともできずに立ち尽くした。
孤児として育ち、間諜として飼われていた彼が家族と呼べるのは、背中を預け合った戦友だけだった。
それももうない。
「何もかも……もう、どうでもいい」
祈る言葉さえ探せずにいると、目の前に年端も行かぬ少女が現れた。
その手には野の花で編んだ冠があった。
「あった! 兵隊さんのお墓」
少女は手に持った花冠を墓標に飾ろうと背伸びをした。しかし、精いっぱい踵を上げ、手を伸ばしても花冠は届かない。
「う、うーん。ダメ、できない。どうしよう」
周りを見回す少女と目が合った。
「あのね。兵隊さんにお花を上げたいの」
戦塵にまみれたまま汚れも落としていないマルチェルを見て、少女は物おじせずそう告げた。
「あ、ああ」
一瞬茫然としたマルチェルだが、少女の意図を知り背中に回って少女を地面から持ち上げた。
「これなら届くわ。うん。できた!」
墓標に花冠を掛けた少女を下ろしてやると、祈りを捧げた後に彼女は淑女の礼をした。
「ありがとう。……あなたも兵隊さん?」
「さあ……。その1人でしたが、今ではもう守る仲間もいません」
「そうなの? かわいそうね。きっと寂しいに違いないわ」
少女はポケットをまさぐると、白いハンカチを取り出した。
「これは秘密のものだから、誰にも言ってはいけないわ。助けてくれたあなたに上げる」
渡されるままにハンカチを開いてみると、焼き菓子が1つ入っていた。
「お城に帰れなくなったら食べようと思っていたの。でも、あなたの方がおなかが空いているでしょう」
「これを……自分に」
「そうよ。だから、お城までお供をして下さる? ……本当は、帰りの道がわからないの」
「……はい。ギルモア家騎士隊第2分隊『鉄壁』のマルチェルがお供いたします」
マルチェルは焼き菓子を胸に頂き、跪いて騎士の礼を執った。
少女は野辺の百合を手折り、それで彼の肩に触れた。
「『てんぺき』のマルチェル、そなたをわたしのナイトとします」
「イエス、ミ・レディ」
それがマルチェルとソフィアの出会いであった。
――――――――――
今回はここまで。
読んでいただいてありがとうございます。
「ステファノたちの活躍をもっと読みたい」と思われた方は、ぜひ「お気に入り追加」「感想記入」をお願いいたします。
ソフィアの願い。ネルソンの悲願。
それを暗殺者達は踏みにじった。
ギルモアの「鉄壁」は主人を守る。マルチェルの反撃が始まった。
◆次回「第77話 ソフィアの願い。ネルソンの悲願。」
「デズモンド兄さまはやがてギルモア家を継いで、立派な侯爵になられるでしょう。でも、ネル兄さまはいつかこの国を支える働きをなさるわ。あなたはその力となりなさい」
ソフィアは確信を持って言った。
「ミ・レディ。お困りのことがあれば、いつでもお呼び下さい。『鉄壁』は常にお側に」
「そうね。あなたはわたくしのナイトですものね」
……
◆お楽しみに。
1
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜
サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」
孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。
淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。
だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。
1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。
スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。
それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。
それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。
増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。
一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。
冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。
これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる