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第2章 魔術都市陰謀編
第70話 「呪」をかける。
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「えっ?」
ステファノは床に座り込んだ形で目をしばたたいた。これは何かの魔術だろうか?
自分はマルチェルの左手めがけて、右のパンチを出したはずだ。
次の瞬間、いやパンチを出そうとした瞬間、右肩に何か硬い物が飛んで来た。
と思ったら、世界が回った。
床から足が離れたと思うと、自分は支えを失って尻から落ちた。
何かが背中を支えてくれたような気がする。あれはマルチェルさんの……左手?
「いや、そんな馬鹿な?」
「間抜けな格好ではありますが、馬鹿とは思いませんよ?」
マルチェルはステファノの後ろに立って、微笑みながら彼を見下ろしていた。
「俺は気絶したんですか?」
ステファノの意識の中ではマルチェルは正面に立って左手を掲げていた。次の瞬間には、自分の背後に立っていた。
2つの立ち位置がつながらない。
自分が気絶していたか、マルチェルが瞬間移動したか?
「いや、そんな馬鹿な」
そんな魔術は聞いたこともない。
「ちょっと阿呆に見えてきましたね。お立ちなさい」
マルチェルは手を貸して、ステファノを立たせた。
「怪我はありませんね?」
ステファノは自分の体に意識を向けた。どこにも痛みはない。
尻も腰も、何かが当った右肩さえも。
「大丈夫です。どこも痛いところはありません」
「結構。今のがわたしの盾です。本来ならあなたの肩は壊します。それがわたしの槍です」
恐ろしいことをマルチェルは平然と口にした。
思わずステファノは右肩をさする。
「俺は、何をされたんでしょうか?」
目敏いはずのステファノの両目が、鋭いはずの五官が、何1つ捉えることができなかった。
それはステファノにとって驚きであるとともに、恐怖すべき出来事であった。
「打撃の起こりを打ち消しただけです」
「起こりを打ち消す……」
「まあ、座りなさい」
マルチェルは再びソファに腰を下ろし、種明かしをした。
「今のやり取りにはトリックがあります」
「トリックですか?」
マルチェルは左の手のひらを持ち上げた。
「左手を打てと言われて、お前の意識はわたしの左手に集中しました。次の動作は右手でパンチを出すことだけです」
ステファノは右利きである。打てと言われれば右手で殴る。
「つまりわたしはお前の動作を、言葉によって1つに限定したのです」
「言葉で……」
催眠術ではもちろんない。単なる意識誘導であった。
「これが『呪』というもののシンプルな例です。世間では呪いと呼ばれる技術ですね」
「呪いですか!」
何でもないことのように語るマルチェルに、ステファノは肌を粟立てる。
「大げさなものではありません。ほんの少し意識を誘導し、行動に縛りを入れるだけのことです」
「呪」とは超自然的な能力ではなかった。相手を取り殺すことでも、祟りを起こすことでもない。
「ほんの少しで良いのです。そこに意識が向かうだけで、次の行動が読みやすくなるのです」
「俺は何をされたんですか?」
ステファノは2度目の問いを発した。
「肩をね。固めただけですよ」
「肩を固めた?」
「そう。お前のここをね」
そう言って、マルチェルは自分の右肩、二の腕が始まる部分を示した。
確かに、思い返してみると、衝撃を受けたのはその場所であった。
「これで抑えただけです」
マルチェルは右手の人差し指を立てて見せる。
「本当ならそのまま打ち抜くんですけれどね。それだと右手が使えなくなりますから」
触っただけで止めたのだと言う。
「お前は意外に良い筋肉をしていますね。吹き飛ぶとは思いませんでした」
「それなんです。どうして俺は吹き飛ばされたんですか?」
肩への衝撃はそれ程の物ではなかった。現に痣も残らないだろう。
「わたしの力ではありません。お前が自分で吹き飛んだのです」
「そんな……。パンチを跳ね返す魔術でもあるんですか?」
「わたしがしたのは、『力の方向を変える』ことです」
それは魔術ではないのか? ステファノの理解できない話を、マルチェルは平然としていた。
ステファノは床に座り込んだ形で目をしばたたいた。これは何かの魔術だろうか?
自分はマルチェルの左手めがけて、右のパンチを出したはずだ。
次の瞬間、いやパンチを出そうとした瞬間、右肩に何か硬い物が飛んで来た。
と思ったら、世界が回った。
床から足が離れたと思うと、自分は支えを失って尻から落ちた。
何かが背中を支えてくれたような気がする。あれはマルチェルさんの……左手?
「いや、そんな馬鹿な?」
「間抜けな格好ではありますが、馬鹿とは思いませんよ?」
マルチェルはステファノの後ろに立って、微笑みながら彼を見下ろしていた。
「俺は気絶したんですか?」
ステファノの意識の中ではマルチェルは正面に立って左手を掲げていた。次の瞬間には、自分の背後に立っていた。
2つの立ち位置がつながらない。
自分が気絶していたか、マルチェルが瞬間移動したか?
「いや、そんな馬鹿な」
そんな魔術は聞いたこともない。
「ちょっと阿呆に見えてきましたね。お立ちなさい」
マルチェルは手を貸して、ステファノを立たせた。
「怪我はありませんね?」
ステファノは自分の体に意識を向けた。どこにも痛みはない。
尻も腰も、何かが当った右肩さえも。
「大丈夫です。どこも痛いところはありません」
「結構。今のがわたしの盾です。本来ならあなたの肩は壊します。それがわたしの槍です」
恐ろしいことをマルチェルは平然と口にした。
思わずステファノは右肩をさする。
「俺は、何をされたんでしょうか?」
目敏いはずのステファノの両目が、鋭いはずの五官が、何1つ捉えることができなかった。
それはステファノにとって驚きであるとともに、恐怖すべき出来事であった。
「打撃の起こりを打ち消しただけです」
「起こりを打ち消す……」
「まあ、座りなさい」
マルチェルは再びソファに腰を下ろし、種明かしをした。
「今のやり取りにはトリックがあります」
「トリックですか?」
マルチェルは左の手のひらを持ち上げた。
「左手を打てと言われて、お前の意識はわたしの左手に集中しました。次の動作は右手でパンチを出すことだけです」
ステファノは右利きである。打てと言われれば右手で殴る。
「つまりわたしはお前の動作を、言葉によって1つに限定したのです」
「言葉で……」
催眠術ではもちろんない。単なる意識誘導であった。
「これが『呪』というもののシンプルな例です。世間では呪いと呼ばれる技術ですね」
「呪いですか!」
何でもないことのように語るマルチェルに、ステファノは肌を粟立てる。
「大げさなものではありません。ほんの少し意識を誘導し、行動に縛りを入れるだけのことです」
「呪」とは超自然的な能力ではなかった。相手を取り殺すことでも、祟りを起こすことでもない。
「ほんの少しで良いのです。そこに意識が向かうだけで、次の行動が読みやすくなるのです」
「俺は何をされたんですか?」
ステファノは2度目の問いを発した。
「肩をね。固めただけですよ」
「肩を固めた?」
「そう。お前のここをね」
そう言って、マルチェルは自分の右肩、二の腕が始まる部分を示した。
確かに、思い返してみると、衝撃を受けたのはその場所であった。
「これで抑えただけです」
マルチェルは右手の人差し指を立てて見せる。
「本当ならそのまま打ち抜くんですけれどね。それだと右手が使えなくなりますから」
触っただけで止めたのだと言う。
「お前は意外に良い筋肉をしていますね。吹き飛ぶとは思いませんでした」
「それなんです。どうして俺は吹き飛ばされたんですか?」
肩への衝撃はそれ程の物ではなかった。現に痣も残らないだろう。
「わたしの力ではありません。お前が自分で吹き飛んだのです」
「そんな……。パンチを跳ね返す魔術でもあるんですか?」
「わたしがしたのは、『力の方向を変える』ことです」
それは魔術ではないのか? ステファノの理解できない話を、マルチェルは平然としていた。
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