飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

文字の大きさ
上 下
70 / 671
第2章 魔術都市陰謀編

第70話 「呪」をかける。

しおりを挟む
「えっ?」

 ステファノは床に座り込んだ形で目をしばたたいた。これは何かの魔術だろうか?
 自分はマルチェルの左手めがけて、右のパンチを出したはずだ。

 次の瞬間、いやパンチを出そうとした瞬間・・・・・・・・・・・・、右肩に何か硬い物が飛んで来た。
 と思ったら、世界が回った。
 床から足が離れたと思うと、自分は支えを失って尻から落ちた。

 何かが背中を支えてくれたような気がする。あれはマルチェルさんの……左手・・

「いや、そんな馬鹿な?」
「間抜けな格好ではありますが、馬鹿とは思いませんよ?」

 マルチェルはステファノの後ろに立って・・・・・・、微笑みながら彼を見下ろしていた。

「俺は気絶したんですか?」

 ステファノの意識の中ではマルチェルは正面に立って左手を掲げていた。次の瞬間には、自分の背後に立っていた。
 2つの立ち位置がつながらない。

 自分が気絶していたか、マルチェルが瞬間移動・・・・したか?

「いや、そんな馬鹿な」

 そんな魔術は聞いたこともない。

「ちょっと阿呆に見えてきましたね。お立ちなさい」

 マルチェルは手を貸して、ステファノを立たせた。

「怪我はありませんね?」

 ステファノは自分の体に意識を向けた。どこにも痛みはない。
 尻も腰も、何かが当った右肩さえも。

「大丈夫です。どこも痛いところはありません」
「結構。今のがわたしの盾です。本来ならあなたの肩は壊します。それがわたしの槍です」

 恐ろしいことをマルチェルは平然と口にした。
 思わずステファノは右肩をさする。

「俺は、何をされたんでしょうか?」

 目敏いはずのステファノの両目が、鋭いはずの五官が、何1つ捉えることができなかった。
 それはステファノにとって驚きであるとともに、恐怖すべき出来事であった。

「打撃の起こり・・・を打ち消しただけです」
「起こりを打ち消す……」

「まあ、座りなさい」

 マルチェルは再びソファに腰を下ろし、種明かしをした。

「今のやり取りにはトリックがあります」
「トリックですか?」

 マルチェルは左の手のひらを持ち上げた。

「左手を打てと言われて、お前の意識はわたしの左手に集中しました。次の動作は右手でパンチを出すことだけです」

 ステファノは右利きである。打てと言われれば右手で殴る。

「つまりわたしはお前の動作を、言葉によって1つに限定したのです」
「言葉で……」

 催眠術ではもちろんない。単なる意識誘導であった。

「これが『しゅ』というもののシンプルな例です。世間ではのろいと呼ばれる技術ですね」
「呪いですか!」

 何でもないことのように語るマルチェルに、ステファノは肌をあわ立てる。

「大げさなものではありません。ほんの少し意識を誘導し、行動に縛りを入れるだけのことです」

「呪」とは超自然的な能力ではなかった。相手を取り殺すことでも、祟りを起こすことでもない。

「ほんの少しで良いのです。そこに意識が向かうだけで、次の行動が読みやすくなるのです」
「俺は何をされたんですか?」
 
 ステファノは2度目の問いを発した。

「肩をね。固めただけですよ」
「肩を固めた?」
「そう。お前のここをね」

 そう言って、マルチェルは自分の右肩、二の腕が始まる部分を示した。
 確かに、思い返してみると、衝撃を受けたのはその場所であった。

「これで抑えただけです」

 マルチェルは右手の人差し指を立てて見せる。

「本当ならそのまま打ち抜くんですけれどね。それだと右手が使えなくなりますから」

 触っただけで止めたのだと言う。

「お前は意外に良い筋肉をしていますね。吹き飛ぶとは思いませんでした」
「それなんです。どうして俺は吹き飛ばされたんですか?」

 肩への衝撃はそれ程の物ではなかった。現にあざも残らないだろう。

「わたしの力ではありません。お前が自分で・・・吹き飛んだのです」
「そんな……。パンチを跳ね返す魔術でもあるんですか?」
「わたしがしたのは、『力の方向を変える』ことです」

 それは魔術ではないのか? ステファノの理解できない話を、マルチェルは平然としていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

裏切られ追放という名の処刑宣告を受けた俺が、人族を助けるために勇者になるはずないだろ

井藤 美樹
ファンタジー
 初代勇者が建国したエルヴァン聖王国で双子の王子が生まれた。  一人には勇者の証が。  もう片方には証がなかった。  人々は勇者の誕生を心から喜ぶ。人と魔族との争いが漸く終結すると――。  しかし、勇者の証を持つ王子は魔力がなかった。それに比べ、持たない王子は莫大な魔力を有していた。  それが判明したのは五歳の誕生日。  証を奪って生まれてきた大罪人として、王子は右手を斬り落とされ魔獣が棲む森へと捨てられた。  これは、俺と仲間の復讐の物語だ――

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

処理中です...