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第2章 魔術都市陰謀編
第69話 マルチェルの盾。
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「えっ? プリシラは?」
「彼女には、残ってエリスの手助けをしてもらいます。あなたとは立場が逆になってしまいましたね」
「俺は残らなくて良いんですか?」
毒殺の危機は逃れたが、王子の危機が完全に過ぎ去ったわけではない。
他の危険に備えなくて良いのだろうか。
「心配は要りません。昨日の内に既に相手の当たりはつけてあります。お前が描いた似顔絵が動かぬ証拠となるでしょう」
マルチェルの言葉に揺るぎは無かった。
「ふふふ。明日から連中に不善を為す時間などはありません」
「鉄壁のマルチェル」の言葉であった。
「お嬢様のご命令です。彼らの時間は生まれて来たことを悔いるために使わせましょう」
じわりと汗が噴き出す。ステファノはすぐにその場を逃げ出したくなった。
「大丈夫ですよ。『お前のエバ』だけは手加減すると言ったでしょう。骨の1本くらいで手を打ちましょう」
ふふふと笑い、マルチェルは手を振った。
しかし、目だけは笑っていないことにステファノは気づいていた。
ネルソンといい、マルチェルといい、ギルモア家の人々は戦いとなれば人間が変わるようだ。
それが武門の家柄というものなのか。
自分には商会の仕事が似合いだと、ステファノは思った。
「昨日の内に旦那様は王都に向かわれました」
呪タウンから王都までは馬車なら半日の距離であった。それにしても、旅から戻ったばかりだというのに精力的なことである。
「護衛は大丈夫なのですか?」
ステファノは気になって尋ねた。
「殿下が2度目の毒を盛られる前ですからね。敵も襲う理由はなかったでしょう。とはいえ、クリード卿に護衛を頼みました」
「それなら安心ですね」
今回は王都側からもギルモア家の騎士数名が出張って来た。途中で合流する形で、馬車を護衛してくれたはずだと言う。
そうなると民間の駅馬車を襲うのとはわけが違う。裏の傭兵組織といえど、昨日の今日で襲撃隊を集めることなどできるはずもなかった。
「野盗との小競り合いなど、ギルモアにとっては稽古にもなりません」
ギルモア家の騎士たちの間では、「傷のない鎧」は恥ずべきこととされている。ぴかぴかの鎧をつけた新米騎士は「初夜の花嫁」と呼ばれて、訓練の度に尻を撫でられる。
それが嫌で、ひよっこ騎士たちは鎧着装のまま野山を駆け回り、熊や猪と殴り合う。
ギルモアではそれを「稽古」と呼ぶのだ。
「それはまた……激しいですね」
「ギルモアは元々戦功貴族ですからね。武威を損なうことはお家の恥という考えが強いのです」
「マルチェルさんも新人の頃は、鎧姿で山籠もりしたんですか?」
ステファノはふと興味を覚えて聞いてみた。
若き日のマルチェルは、どんな様子だったのか?
「あいにくわたしは鎧という物が嫌いでして……。つけたことがありません」
「えっ? 騎士なのにですか?」
「はい。あんな物を着てわざわざ防御力を下げる気になれなくて……」
ステファノは混乱した。
騎士という物は馬にまたがり、騎槍を構えたまま敵に突っ込むものではなかったか?
第一、「防御力を下げる」とはどういう意味か? 鎧があってこその白兵戦ではないのだろうか。
「マルチェルさんはどんな装備で戦ったんですか?」
「装備ですか……」
マルチェルは、右手の人差し指を顔の前に立てた。
「これがわたしの盾であり、わたしの槍でもあります」
「……? ガントレットを使うのですか?」
ステファノはマルチェルが哲学的な問答を始めたのかと顔色を窺った。聞くところによると、東国の僧侶は謎のような問答を交わしては瞑想にふけるという。
「ふむ。武道を知らぬ者には、ちとわかりにくいでしょうか。では、これでは?」
マルチェルは立ち上がり、今度は左の手のひらを開いて、胸の前に立てた。飛んで来る玉を受け止めるように。
「この手を思い切り叩いてみなさい。遠慮はいりませんよ?」
ステファノはパンチの打ち方など知らない。自分の拳を止めたところで防御力の証明にはならないだろうに。
そう思いながらもステファノはもそもそと足を開いて立ち、腰を落として構えらしきものを取った。
「行きますよ、マルチェルさん? フッ」
ステファノは吹き飛び、後ろに尻もちをついた。
「彼女には、残ってエリスの手助けをしてもらいます。あなたとは立場が逆になってしまいましたね」
「俺は残らなくて良いんですか?」
毒殺の危機は逃れたが、王子の危機が完全に過ぎ去ったわけではない。
他の危険に備えなくて良いのだろうか。
「心配は要りません。昨日の内に既に相手の当たりはつけてあります。お前が描いた似顔絵が動かぬ証拠となるでしょう」
マルチェルの言葉に揺るぎは無かった。
「ふふふ。明日から連中に不善を為す時間などはありません」
「鉄壁のマルチェル」の言葉であった。
「お嬢様のご命令です。彼らの時間は生まれて来たことを悔いるために使わせましょう」
じわりと汗が噴き出す。ステファノはすぐにその場を逃げ出したくなった。
「大丈夫ですよ。『お前のエバ』だけは手加減すると言ったでしょう。骨の1本くらいで手を打ちましょう」
ふふふと笑い、マルチェルは手を振った。
しかし、目だけは笑っていないことにステファノは気づいていた。
ネルソンといい、マルチェルといい、ギルモア家の人々は戦いとなれば人間が変わるようだ。
それが武門の家柄というものなのか。
自分には商会の仕事が似合いだと、ステファノは思った。
「昨日の内に旦那様は王都に向かわれました」
呪タウンから王都までは馬車なら半日の距離であった。それにしても、旅から戻ったばかりだというのに精力的なことである。
「護衛は大丈夫なのですか?」
ステファノは気になって尋ねた。
「殿下が2度目の毒を盛られる前ですからね。敵も襲う理由はなかったでしょう。とはいえ、クリード卿に護衛を頼みました」
「それなら安心ですね」
今回は王都側からもギルモア家の騎士数名が出張って来た。途中で合流する形で、馬車を護衛してくれたはずだと言う。
そうなると民間の駅馬車を襲うのとはわけが違う。裏の傭兵組織といえど、昨日の今日で襲撃隊を集めることなどできるはずもなかった。
「野盗との小競り合いなど、ギルモアにとっては稽古にもなりません」
ギルモア家の騎士たちの間では、「傷のない鎧」は恥ずべきこととされている。ぴかぴかの鎧をつけた新米騎士は「初夜の花嫁」と呼ばれて、訓練の度に尻を撫でられる。
それが嫌で、ひよっこ騎士たちは鎧着装のまま野山を駆け回り、熊や猪と殴り合う。
ギルモアではそれを「稽古」と呼ぶのだ。
「それはまた……激しいですね」
「ギルモアは元々戦功貴族ですからね。武威を損なうことはお家の恥という考えが強いのです」
「マルチェルさんも新人の頃は、鎧姿で山籠もりしたんですか?」
ステファノはふと興味を覚えて聞いてみた。
若き日のマルチェルは、どんな様子だったのか?
「あいにくわたしは鎧という物が嫌いでして……。つけたことがありません」
「えっ? 騎士なのにですか?」
「はい。あんな物を着てわざわざ防御力を下げる気になれなくて……」
ステファノは混乱した。
騎士という物は馬にまたがり、騎槍を構えたまま敵に突っ込むものではなかったか?
第一、「防御力を下げる」とはどういう意味か? 鎧があってこその白兵戦ではないのだろうか。
「マルチェルさんはどんな装備で戦ったんですか?」
「装備ですか……」
マルチェルは、右手の人差し指を顔の前に立てた。
「これがわたしの盾であり、わたしの槍でもあります」
「……? ガントレットを使うのですか?」
ステファノはマルチェルが哲学的な問答を始めたのかと顔色を窺った。聞くところによると、東国の僧侶は謎のような問答を交わしては瞑想にふけるという。
「ふむ。武道を知らぬ者には、ちとわかりにくいでしょうか。では、これでは?」
マルチェルは立ち上がり、今度は左の手のひらを開いて、胸の前に立てた。飛んで来る玉を受け止めるように。
「この手を思い切り叩いてみなさい。遠慮はいりませんよ?」
ステファノはパンチの打ち方など知らない。自分の拳を止めたところで防御力の証明にはならないだろうに。
そう思いながらもステファノはもそもそと足を開いて立ち、腰を落として構えらしきものを取った。
「行きますよ、マルチェルさん? フッ」
ステファノは吹き飛び、後ろに尻もちをついた。
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