66 / 624
第2章 魔術都市陰謀編
第66話 呪いの白蛇。
しおりを挟む
「これなら刺客の黒子まで見極めることができます」
「なれば良し。窓辺に文机と椅子を用意させよう。エリス、頼んだぞ」
「畏まりました、旦那様」
紙とペンを用意してもらい、監視準備は万端整った。
ネルソンとソフィアは思い思いの文を認め、鳩の足環に仕込むと空に放った。ソフィアの鳩はギルモア家本領へ、そしてネルソンの鳩は王都のギルモア邸へと飛んで行く。
「これで3日の内には、婆やがこちらに着くでしょう」
翌日の日曜日に、商会からプリシラが連れて来られた。別宅に来るのは初めてということで借りてきた猫のように畏まっているのが印象的であった。
対照的にエリスは部下ができて異様にテンションが上がっていた。
「固くならなくて良いのよ。わからないことは私に聞いて。ね、ね!」
「は、はいっ」
エリスは面倒見が良さそうだと見て、ステファノは安心した。プリシラが神経をすり減らすのではないかと、心配していたのだ。
この様子なら自分のことに専念できる。
日曜の夜、食肉倉庫の掃除が行われた。
風がない朝の内を中心に、夕方まで何度か書斎から遠眼鏡で監視をしてみたが、塀の外に怪しい動きは無かった。
残っていた食肉を豚に与えてみても異常はない。
「勝負は明日の朝だな」
丁寧に貯蔵庫の壁や通気口、肉を乗せる棚などを拭き清めながらステファノは己に言い聞かせた。
その夜は早めに床に入り、翌日への備えを万全にしたのだった。
月曜日、朝の光は柔らかく館と周りの森を照らし始めた。
遠眼鏡は木々の枝で贄をついばむ小鳥を、掴み取れる程の距離に映し出していた。
「まだ現れていないようだ」
さすがにステファノも、夜明けとともに刺客がやって来るとは思っていない。しかし、業者が納品に集まる時刻よりは早めに来るはずだと想像していた。
「朝の時間をできるだけ有効に使いたいだろうからな」
自分ならそうすると、ステファノは考えた。そう思って夜明けから見張りについた。ステファノにとって日の出と共に起きることは普段通りのことであった。
刺客を見つけるまで、ステファノは持ち場を離れるつもりはなかった。飲食は最小限にし、プリシラに運んでくれるよう頼んである。片手で食べられるサンドイッチにしてもらった。
朝日が昇り切り、あと2時間もすれば食材の配達に商人たちが訪れるという頃合いになって、木の枝に影が動いた。
ステファノは遠眼鏡を目に当てて、影の正体を見定める。
小道の上まで枝に跨りながら進んできたのは、確かに人で間違いない。濃い茶の上下に身を包んだ人影であった。
細長い手足、後ろにまとめた長い銀髪。刺客は女性であった。
「あの顔……。見たことがある。あっ!」
それはひと月前ステファノに魔術のことを語ってくれた、暗器使いのエバであった。
「どうしてこんなことを?」
エバには「遠見の術」がある。ステファノは息を殺してカーテンの隙間からエバの様子を窺った。
確かあの時、口入屋で護衛のような仕事をしていると言っていた。
「暗器術は暗殺術にもなるって言ってたけど……」
殺しを生業にしているとは思ってもみなかった。
道に張り出した枝に腰を落ちつけると、エバは腰の道具袋から火種の壺らしきものを取り出した。蓋を開け、息を吹き込んで火種の様子を見た後、火壺を木の上に置く。例の洞がある辺りだ。
そのまま枝の上に身を伏せると、業者の納品が終わるまでエバは静かに待ち続けた。
業者の往来が無くなると、おもむろに木の上に上半身を起こした。
それから煙草入れを取り出し、煙管に葉を詰めて火壺から火を移した。すーっと長く吸いつけた様子だ。
次に取り出したのはガラスの小瓶と鉄製と見られる小皿であった。小瓶の中身を小皿に注ぎ、火壺に掛ける。
エバは煙管を加えたまま小皿を包むように両手をかざし、呪文を唱えた。口元が小さく動く。憑りつかれたような眼は小皿から離れない。
左手で持った煙管を唇から離すと、ふーっとゆっくり煙を吐き出す。細く、長く、小皿の上に。
小皿の上に届いた煙は、途端に渦を巻く。球形の入れ物に閉じ込められた生き物のように、ぐるぐるととぐろを巻いた。
再びエバが呪文を唱えると、煙の玉から蛇が現れた。「ぬるり」と水気でもありそうな動きで鎌首を持ち上げた白蛇は、館に向かって漂い始めた。
エバの唇が震えるように動き続けている。あるかなきかの風に蛇が流されそうになると、エバの右手が動き、釣られて蛇が進む向きを変える。
蛇は細く、長く体を伸ばし、遠眼鏡なしでは視認できない程薄くなって来た。エバは呪文を唱え続けながら、唇の端で器用に煙管を吸いつけ、呪文と共に煙を吐き出す。
命をつなぐ餌を与えられたかのように、白蛇は再び体の色を濃くし、力を取り戻す。
じりじりと、10分掛けて白蛇は館の壁に辿りついた。
きゅうっとエバの口元が吊り上がるのを、震える視野の中でステファノは確かに見た。
「なれば良し。窓辺に文机と椅子を用意させよう。エリス、頼んだぞ」
「畏まりました、旦那様」
紙とペンを用意してもらい、監視準備は万端整った。
ネルソンとソフィアは思い思いの文を認め、鳩の足環に仕込むと空に放った。ソフィアの鳩はギルモア家本領へ、そしてネルソンの鳩は王都のギルモア邸へと飛んで行く。
「これで3日の内には、婆やがこちらに着くでしょう」
翌日の日曜日に、商会からプリシラが連れて来られた。別宅に来るのは初めてということで借りてきた猫のように畏まっているのが印象的であった。
対照的にエリスは部下ができて異様にテンションが上がっていた。
「固くならなくて良いのよ。わからないことは私に聞いて。ね、ね!」
「は、はいっ」
エリスは面倒見が良さそうだと見て、ステファノは安心した。プリシラが神経をすり減らすのではないかと、心配していたのだ。
この様子なら自分のことに専念できる。
日曜の夜、食肉倉庫の掃除が行われた。
風がない朝の内を中心に、夕方まで何度か書斎から遠眼鏡で監視をしてみたが、塀の外に怪しい動きは無かった。
残っていた食肉を豚に与えてみても異常はない。
「勝負は明日の朝だな」
丁寧に貯蔵庫の壁や通気口、肉を乗せる棚などを拭き清めながらステファノは己に言い聞かせた。
その夜は早めに床に入り、翌日への備えを万全にしたのだった。
月曜日、朝の光は柔らかく館と周りの森を照らし始めた。
遠眼鏡は木々の枝で贄をついばむ小鳥を、掴み取れる程の距離に映し出していた。
「まだ現れていないようだ」
さすがにステファノも、夜明けとともに刺客がやって来るとは思っていない。しかし、業者が納品に集まる時刻よりは早めに来るはずだと想像していた。
「朝の時間をできるだけ有効に使いたいだろうからな」
自分ならそうすると、ステファノは考えた。そう思って夜明けから見張りについた。ステファノにとって日の出と共に起きることは普段通りのことであった。
刺客を見つけるまで、ステファノは持ち場を離れるつもりはなかった。飲食は最小限にし、プリシラに運んでくれるよう頼んである。片手で食べられるサンドイッチにしてもらった。
朝日が昇り切り、あと2時間もすれば食材の配達に商人たちが訪れるという頃合いになって、木の枝に影が動いた。
ステファノは遠眼鏡を目に当てて、影の正体を見定める。
小道の上まで枝に跨りながら進んできたのは、確かに人で間違いない。濃い茶の上下に身を包んだ人影であった。
細長い手足、後ろにまとめた長い銀髪。刺客は女性であった。
「あの顔……。見たことがある。あっ!」
それはひと月前ステファノに魔術のことを語ってくれた、暗器使いのエバであった。
「どうしてこんなことを?」
エバには「遠見の術」がある。ステファノは息を殺してカーテンの隙間からエバの様子を窺った。
確かあの時、口入屋で護衛のような仕事をしていると言っていた。
「暗器術は暗殺術にもなるって言ってたけど……」
殺しを生業にしているとは思ってもみなかった。
道に張り出した枝に腰を落ちつけると、エバは腰の道具袋から火種の壺らしきものを取り出した。蓋を開け、息を吹き込んで火種の様子を見た後、火壺を木の上に置く。例の洞がある辺りだ。
そのまま枝の上に身を伏せると、業者の納品が終わるまでエバは静かに待ち続けた。
業者の往来が無くなると、おもむろに木の上に上半身を起こした。
それから煙草入れを取り出し、煙管に葉を詰めて火壺から火を移した。すーっと長く吸いつけた様子だ。
次に取り出したのはガラスの小瓶と鉄製と見られる小皿であった。小瓶の中身を小皿に注ぎ、火壺に掛ける。
エバは煙管を加えたまま小皿を包むように両手をかざし、呪文を唱えた。口元が小さく動く。憑りつかれたような眼は小皿から離れない。
左手で持った煙管を唇から離すと、ふーっとゆっくり煙を吐き出す。細く、長く、小皿の上に。
小皿の上に届いた煙は、途端に渦を巻く。球形の入れ物に閉じ込められた生き物のように、ぐるぐるととぐろを巻いた。
再びエバが呪文を唱えると、煙の玉から蛇が現れた。「ぬるり」と水気でもありそうな動きで鎌首を持ち上げた白蛇は、館に向かって漂い始めた。
エバの唇が震えるように動き続けている。あるかなきかの風に蛇が流されそうになると、エバの右手が動き、釣られて蛇が進む向きを変える。
蛇は細く、長く体を伸ばし、遠眼鏡なしでは視認できない程薄くなって来た。エバは呪文を唱え続けながら、唇の端で器用に煙管を吸いつけ、呪文と共に煙を吐き出す。
命をつなぐ餌を与えられたかのように、白蛇は再び体の色を濃くし、力を取り戻す。
じりじりと、10分掛けて白蛇は館の壁に辿りついた。
きゅうっとエバの口元が吊り上がるのを、震える視野の中でステファノは確かに見た。
1
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる