49 / 629
第2章 魔術都市陰謀編
第49話 雲に乗る蝶。
しおりを挟む
ステファノの目線は地上3メートル位の高さにある。換気口の高さが地上2メートル程なので、1メートル下に見ている格好だった。
「距離は大体3メートルか」
塀までの距離が約1メートル、そこから換気口のある外壁までがさらに2メートル。
「普通の手段じゃ無理だよね。やっぱり魔術か……」
食肉貯蔵庫の外側には何の異常もない。ここから眺める限りでは毒を用いた痕跡は発見できなかった。
ならばこの木の上はどうか? ステファノは跨っている枝の前後を詳しく調べた。
「ん? あそこ、洞になっているのか?」
70センチほど前に進むと、枝の表面上向きに穴が開いていた。穴があると、人は中を覗きたくなる。
「んー。上から見ようとすると陰になって見えないな」
ステファノは暫く考えた後、ポーチからピカピカの銀貨を取り出した。
「鏡の代わりにならないかな?」
洞の縁にかざして陽の光を当てようとする。小さな円が闇の底を照らした。
「何か黒っぽい物が見える? それに茶色い粉?」
ステファノは取り出した手拭いをペン軸の先に巻きつけ、穴の奥をなぞってみた。
抜き取ったペン軸を見ると、先端の手拭いに案の定グレーの粉と茶色の粉が付着していた。慎重に匂いを嗅ぐ。
それは過去に嗅ぎ馴れた匂い。むしろ懐かしい物だった。
「魔術にこれを使う? いや、関係ないのか? うーん……」
魔術を用いて毒を施したのであろうという所までは想像していたが、ステファノは魔術の専門家ではない。実際にどのように魔術を用いたらここから肉に毒を施せるのか?
「でも、関係ないとは思えない。こんな所で使うからには……」
ステファノは考え込みながら2メートル半先の換気口を見る。目線の先に一頭の揚羽蝶が飛んで来た。
蝶は塀の上に留るように見えたが、その寸前、滑るように横に流されて行った。
「ああ、少しだけ風があるのか。気がつかなかった……。うん? 風魔術……」
風は目に見えない。毒を風に載せたとして、どこに運ばれるかはわからないのか?
「目に見える風……。色をつける? いや、それでは跡が残る? 目に見える風……。雲……。そうか!」
ステファノの中で洞に残された粉と風魔術とが結びついた。
「雲に乗る蝶。それが魔術の正体だ! うわっと!」
急に身動きしたせいで、ステファノは枝からずり落ちそうになる。慌てて幹にしがみついた。
「危ない、危ない。高い所で考え事なんかしちゃいけないな」
ステファノはほっと息を吐き、ペン軸と手拭いを仕舞ってから慎重に木から降りた。
「ふう。今日の所はこれで十分かな? 折角だから散歩の続きをしようか」
事件のことなど忘れ去ったように、ステファノは森の小道を散策して行った。
「随分時間が掛かったわね」
小道をぐるりと一周し、館に戻ったステファノを腕組みしたエリスが待ち構えていた。
「館の周りを一回りして来たもんで」
手拭いで汗を拭いながら、ステファノは微笑んだ。
「静かで気持ちのいい散歩道ですね」
「散歩って……。一体何しに行って来たのよ!」
「散策ですよ。ソフィア様にお許しも貰いましたし」
「はあー。あんたってほんとに暢気ね。もういいわ。一旦昼食を食べて頂戴。午後からソフィア様がお話をなさりたいそうよ」
まともに相手にしていたら疲れるとばかり、エリスは追及を止めて用件だけを告げた。
「それから、顔を洗った方がいいわよ。煤で汚れてるわ」
顔を赤くしたステファノを見て、エリスは留飲を下げたようだった。
ステファノは厨房に戻り、隣接した奉公人用の食堂で昼食を取らせてもらった。ケントクの賄いは簡単な炒め物だったが、驚くほど旨かった。
「距離は大体3メートルか」
塀までの距離が約1メートル、そこから換気口のある外壁までがさらに2メートル。
「普通の手段じゃ無理だよね。やっぱり魔術か……」
食肉貯蔵庫の外側には何の異常もない。ここから眺める限りでは毒を用いた痕跡は発見できなかった。
ならばこの木の上はどうか? ステファノは跨っている枝の前後を詳しく調べた。
「ん? あそこ、洞になっているのか?」
70センチほど前に進むと、枝の表面上向きに穴が開いていた。穴があると、人は中を覗きたくなる。
「んー。上から見ようとすると陰になって見えないな」
ステファノは暫く考えた後、ポーチからピカピカの銀貨を取り出した。
「鏡の代わりにならないかな?」
洞の縁にかざして陽の光を当てようとする。小さな円が闇の底を照らした。
「何か黒っぽい物が見える? それに茶色い粉?」
ステファノは取り出した手拭いをペン軸の先に巻きつけ、穴の奥をなぞってみた。
抜き取ったペン軸を見ると、先端の手拭いに案の定グレーの粉と茶色の粉が付着していた。慎重に匂いを嗅ぐ。
それは過去に嗅ぎ馴れた匂い。むしろ懐かしい物だった。
「魔術にこれを使う? いや、関係ないのか? うーん……」
魔術を用いて毒を施したのであろうという所までは想像していたが、ステファノは魔術の専門家ではない。実際にどのように魔術を用いたらここから肉に毒を施せるのか?
「でも、関係ないとは思えない。こんな所で使うからには……」
ステファノは考え込みながら2メートル半先の換気口を見る。目線の先に一頭の揚羽蝶が飛んで来た。
蝶は塀の上に留るように見えたが、その寸前、滑るように横に流されて行った。
「ああ、少しだけ風があるのか。気がつかなかった……。うん? 風魔術……」
風は目に見えない。毒を風に載せたとして、どこに運ばれるかはわからないのか?
「目に見える風……。色をつける? いや、それでは跡が残る? 目に見える風……。雲……。そうか!」
ステファノの中で洞に残された粉と風魔術とが結びついた。
「雲に乗る蝶。それが魔術の正体だ! うわっと!」
急に身動きしたせいで、ステファノは枝からずり落ちそうになる。慌てて幹にしがみついた。
「危ない、危ない。高い所で考え事なんかしちゃいけないな」
ステファノはほっと息を吐き、ペン軸と手拭いを仕舞ってから慎重に木から降りた。
「ふう。今日の所はこれで十分かな? 折角だから散歩の続きをしようか」
事件のことなど忘れ去ったように、ステファノは森の小道を散策して行った。
「随分時間が掛かったわね」
小道をぐるりと一周し、館に戻ったステファノを腕組みしたエリスが待ち構えていた。
「館の周りを一回りして来たもんで」
手拭いで汗を拭いながら、ステファノは微笑んだ。
「静かで気持ちのいい散歩道ですね」
「散歩って……。一体何しに行って来たのよ!」
「散策ですよ。ソフィア様にお許しも貰いましたし」
「はあー。あんたってほんとに暢気ね。もういいわ。一旦昼食を食べて頂戴。午後からソフィア様がお話をなさりたいそうよ」
まともに相手にしていたら疲れるとばかり、エリスは追及を止めて用件だけを告げた。
「それから、顔を洗った方がいいわよ。煤で汚れてるわ」
顔を赤くしたステファノを見て、エリスは留飲を下げたようだった。
ステファノは厨房に戻り、隣接した奉公人用の食堂で昼食を取らせてもらった。ケントクの賄いは簡単な炒め物だったが、驚くほど旨かった。
1
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!
秋田ノ介
ファンタジー
主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。
『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。
ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!!
小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる