上 下
45 / 624
第2章 魔術都市陰謀編

第45話 その賭け、わたくしが受けます。

しおりを挟む
「楽になさい。ここは王宮とは違い、格式を取り繕う必要もありませんから」

 ソフィアはふくよかな顔を綻ばせた。筋肉質なネルソンと異なり、全体に肉づきが良くふっくらと丸みのあるシルエットが印象的であった。

 落ちついて顔を見直せば、確かにネルソンとの血の繋がりを感じさせる相似がそこにはあった。口調の丁寧さとは裏腹に、ソファに身を沈めるネルソンに硬さは見られない。

「ステファノ、商会から持参した小箱をお渡ししなさい」

 ネルソンの指示で、ステファノは背嚢から解毒剤の小箱を取り出した。ソフィアは控えのメイドに受け取らせ、傍らに置かせた。

「とても普通の男の子なのね。どんな怖い顔をしてるんだろうと、身構えていたのですけれど」

 ネルソンがステファノの言動について報告していたらしい。マルチェルからも、ステファノの診立てた内容を昨日の内にメモに起こして届けてある。

「すみません。どれだけ生意気な奴が来るんだろうと、お思いになったでしょうね」
「正直に言えばその通りです。けれども、気を落ちつけて考え直すと、お前の言い分は理に適っているとわかりました」
「絶対確実とは言えませんが、1月分の給金を賭けられるくらいには確かだと思います」
「受けましょう」
「はい?」
「その賭け、わたくしが受けます。あなたが見立て通り毒殺を防ぎきれば、わたくしの懐から1月分の給金を上乗せ致しましょう」

 ステファノにしてみれば場の空気を和らげようとしたユーモアであったが、意に反してソフィアは賭けを受けると言う。

「あなたが負けたらわたくしも職を失ってしまうので、一蓮托生なんですけれど……。その時は、1月わたくしの料理番を務めてもらいましょうか」

 ステファノはすっかり手玉に取られた格好であった。優し気な外見とは異なり、ソフィアは果断な部分を持った人物のようだ。

「後で言い訳をされるといけませんからね。警備の仕方はあなたの考えに従います。余程無茶な話でない限り、わたくしが通して見せますので遠慮なく言いなさい」

 なるほど。そういう流れか。賭けの条件という形でステファノの意見を全面的に取り入れ、働きやすい環境を整えてくれる訳だ。
 お貴族様のやり方というものは……。

「畏まりました。仰せの通りに」

 ステファノはソフィアの配慮をありがたく受けた。

「ネルソン、あなたが証人ですよ。良いですね」

 ソフィアは上品にほほほと笑った。

「それでは、ステファノ。そなたは側仕えの下働きとしてわたくしを補佐し、主に館内の雑用をお手伝いなさい。そうね、手始めはお掃除から」

 それもまたステファノの要望そのものであった。ソフィアが命じてそうさせた・・・・・・・・・・・・・、という形式が重要なのだ。

 ソフィアの後ろに控えていたメイド――名をエリスといった――に連れられ、館の執事に引き合わされた。

「側仕え見習いが掃除担当だと?」
「はい。ソフィア様がそういうお約束・・・をされたそうです」
「はあ、何だか話が良くわからんが、手が増えるのはありがたい話だ」

 ステファノはネルソン達と別れ、ジョナサンという執事の前にいた。30過ぎのジョナサンはエリスとステファノを交互に見て、首を振った。

「仕事にあたっては、ステファノの希望を優先してください」
「はあ? 見習いの言うことを聞けと?」
「その通りです。それもソフィア様のお言いつけですので、間違いのないように」

 エリスはジョナサンとまともに目を合わさぬまま、仮面のような表情で無理を押し通した。

「……お貴族様が考えることは全くわからん。わかりました。見習い様に従いましょう」

 不満顔のジョナサンであったが、無視できないくらいにはソフィアの威光は強いらしい。不承不承でも言うことは聞いてくれそうだなと、ステファノは安堵した。

「では、早速ですが食材の搬入ルートと貯蔵場所を見せてくれますか? 一番清潔に保たなければならない場所なんで」

 ジョナサン、エリス、ステファノの3名で食材関連設備の巡回が始まった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

処理中です...