飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

文字の大きさ
上 下
34 / 664
第1章 少年立志編

第34話 ダニエル先輩。

しおりを挟む
 そこに座れと言われて、ステファノは背嚢を下ろし、狭い部屋の床に置かれた木箱に腰掛けた。ダニエルの方は、2段ベッドの1段目に腰掛けている。

「いい身分だな」

 目も合わさず、ダニエルが吐き捨てるように言った。

「え?」

 意味がわからず、ステファノは目を丸くした。

「4時に来いと言われただろう」

 低い声でダニエルが続けた。

「俺はマルチェルさんに言われて、3時半からここでお前を待ってたんだ。今何時か言ってみろ」
「そろそろ4時半になるでしょうか?」

 不機嫌の理由がわかり、居心地悪く感じながらもステファノは答えた。

「わかってるじゃねえか。時間を間違えた訳じゃねえんだな?」

 初めてダニエルが上目遣いにステファノと目を合わせた。一重瞼の細い目は感情を読ませない。

「はい」
「だったら、最初に言うことがあるだろうが!」

 言葉より先に、ダニエルはステファノを張り飛ばした。

「旦那様のきも入りだか何だか知らねえが、勘違いするなよ? てめえはここじゃ一番の新入りだ。一番先に仕事を始めて、一番最後に上がるのが決まりだ。4時に来いと言われたら、なぜ4時前に・・・・来ねえ?」

 叩かれた左頬がじんじんと痛み始めた。

「すみませんでした。自分の要領が悪くて遅くなりました」

 ステファノは言い訳をせず、素直に頭を下げた。尾行者の件をダニエルに打ち明ける訳にはいかない。

「ふん。鈍くせえ野郎だ。以後、気を付けろ!」
「ありがとうございます。これから気を付けます」

 怯える、泣く、黙り込む、言い返す。ダニエルが予想した反応のどれともステファノのそれは異なった。
 ねちねちといびってやる積りでいたのに、きれいに頭を下げられてしまってはやり様がない。

 頬を張り飛ばされた直後に、「ありがとうございます」という奴がいるか? 何だこいつは?
 ダニエルはやりにくさを感じていた。

「あれだ。本当なら店の営業は6時までだ。その後も仕事は続くんだ。俺はそれをわざわざ外れて、てめえのためにここにいたってことを忘れんな!」

 無理矢理でもステファノへの怒りを掻き立てて、ダニエルはいかに迷惑を被ったかを言い立てた。実際は、早上がりをさせてもらって楽をしたのだが……。

「仕事の邪魔をしてしまって、すみませんでした」

 1割でもこちらに非があるなら、四の五の言わずに謝った方が良い。小言を早めに逃れるために、ステファノが身に着けた知恵であった。

「まあよ、わかればいいんだ。俺はダニエルだ。店に来て4年目になる。俺の言うことは旦那様の言うことだと思えよ」
「ステファノです。歳は17になった所です。これからよろしくお願いします」

 改めて頭を下げた。相部屋の先輩ということは、商会での教育係ということだろう。

 ただで知識を分け与えてくれる人・・・・・・・・・・・・・・・と思えば、素直に頭が下げられる。

「お、おう。あれだな、17か? 奉公を始めるには大分遅いな?」
「はい。実家で飯屋の手伝いをしてたもんで」
「飯屋だ? 何だ、そりゃ?」

 ネルソン商会の取引先か何かから紹介されて来たのだろうと思っていたダニエルは、意表を突かれて素の表情で驚いた。

「旅の途中で盗賊に襲われて、旦那様に拾って頂きました」
「ああ? 何だ? 盗賊? どうして? えっ?」
「駅馬車強盗が2回・・出まして」

 ステファノは悪乗りして付け加えた。

「強盗が2回って、どういうことだ? えっ? どうやって助かったんだ?」

 すっかり小言のことを忘れて、ダニエルは話に引き込まれてしまった。

「偶然なんですけど、二つ名持ちが2人馬車に乗り合わせていたもんで」

 こうなったらステファノのペースである。可愛い顔をしてダニエルをたらし込む。

「二つ名持ちだと? 2人? 本物か? 見たのか、お前?」
 
 どうやらダニエルはそういう話・・・・・に目がないらしい。目を輝かせて身を乗り出して来た。
しおりを挟む
Amebloにて研究成果報告中。小説情報のほか、「超時空電脳生活」「超時空日常生活」「超時空電影生活」などお題は様々。https://ameblo.jp/hyper-space-lab
感想 4

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした

桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

処理中です...