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第1章 少年立志編

第33話 従業員寮へ。

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「ステファノ、戻ったのね。裏に回ってちょうだい。通用口を開けるから」

 食事の後も道具屋、服屋、乾物屋、総菜屋、金物屋、薬屋と、手当り次第に店を覗いて時間を潰して来た。
 それでも時間が余ったので、最後は公園で日向ぼっこをして過ごした。こんなにのんびりしたのは随分久しぶりな気がする。

 約束の4時ちょっと前に商会を覗くと、プリシラが待ち構えていた。

「あ、ちょっと待って。その前にマルチェルさんを呼んできてくれる? ……目立たないようにね」

 プリシラは面食らったようだが、ステファノを信用してくれたのだろう。騒ぎ立てず、素直にマルチェルを呼びに行ってくれた。

「戻りましたか」

 マルチェルはステファノの様子から何かを察したのか、不審気な顔をしていた。

「すぐに裏に回りますが、その前にご報告があります」
「うむ。急ぎのことですね?」
「はい。自分に見張りが付いているようです」
「見張り?」

 心当たりがなかったのだろう。マルチェルはちらりと表に目をやりながら、思案顔になった。

「正体がわからないので、そのままここまで連れて来ました」
「そうですか……。いや、それでいい。わかりました」

 裏に回れと言われたステファノは殊更にゆっくりと歩いて行った。
 プリシラが裏口を開けてくれるまで暫く時間が掛かったのは、マルチェルが何か手配をしていたのだろう。

「ごめん。待った?」
「大丈夫。ありがとう」

 勿論プリシラに非があることではない。ステファノはほんのり微笑んで通用口を潜った。

「荷物はそれだけなの?」

 ステファノの荷物は背中の背嚢と、今日の買い物を入れた手提げ袋だけだった。

「持ち物はこれだけだよ。それからこれはお近づきの印」

 懐から取り出したのは、刺繍入りのハンカチだった。可愛らしいが実用品でもある、ぎりぎりのラインを見繕った。
 ハンカチはメイドのプリシラにとって必需品と言って良い。

「え? わたしに?」
「街を見物しながら、お店の品定めをしていたんだ。このハンカチ、プリシラにどうかなと思って」

 生成きなりの木綿生地に赤いベリーが慎ましく描かれたハンカチは、丈夫で使いやすい物をと選んでもらった。

「ありがとう。大事に使うね」

 小さなベリーを散りばめたような刺繡を、プリシラは頬を染めてなぞった。

「えっと……。寮に案内するから付いて来て頂戴」

 ハンカチを仕舞うと、プリシラは零れるような笑顔で言った。先輩風を吹かせるのが嬉しいのだろう。自分の城であるかのように胸を張ってステファノを先導した。

 曲がりくねった廊下の先は中庭になっており、渡り廊下で別棟に続いていた。
 どうやら商館の建物がぐるりと四方を囲む真ん中に、従業員寮が建てられているらしい。

「真ん中を壁で仕切られた2階建てで、向かって右が女子寮。左側が男子寮になっているの」

 入り口も別々に設けられていた。普段はプリシラが左側の入り口を使うことは無いと言う。

間違い・・・が起きないように仕切ってあるの。ステファノも女子寮に入ったらだめよ」
「わかった。決まりは守るよ」

 明日からはきな臭い陰謀の真ん中に放り込まれる。色恋沙汰にうつつを抜かすような余裕はないだろう。

「ステファノの部屋は2階の一番奥よ。今日は特別に案内するよう言われてるので、一緒に行きます」

 そう宣言すると、プリシラは男子寮の入り口を開けて中に入った。入ってすぐに階段がある。

「部屋は相部屋。先輩のダニエルと一緒よ。寮のことはダニエルに聞いて。その……礼儀正しくね」

 ドアの前で告げると、案内を終えたプリシラは仕事に戻っていった。この後はダニエルが面倒を見てくれることになっていた。

「……。お前がステファノか? 入れ」

 ノックに応えてドアを開けたのは、小柄で色黒の若者であった。
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