上 下
31 / 624
第1章 少年立志編

第31話 尾行者あり。

しおりを挟む
「ダールさんのおかげで宿に泊まらずに済み、働き口も見つかりました。恩に着ます」
「いいってことよ。あんちゃんの働きには助けられたからな。馬車で出掛ける用事が出来たら、いつでも俺ん所に声を掛けな」

 ご機嫌なダールに送られて、ステファノはうまやを後にした。

 既に荷物一式は背中の背嚢に収めてある。このまま寮に住み込める状態ではあったが、まだ昼前の時間だ。ステファノは初めてのまじタウンを見て回る気になっていた。

 ネルソン商会があるのは問屋街の一角であった。見て回るなら小売商店の多いエリアが良いだろう。
 初めての土地、もちろん土地鑑は無かったが、人の流れに従って歩いてみた。街の中央に向かって行くと徐々に人混みが濃くなって来る。

「この辺りが商業地区の中心かな?」

 通りの両側に商店が軒を連ねるエリアにやって来た。

 何を買おうという目的も決めていなかったので、まずは行き当たりばったりに歩き回りながら、目に留まった店に入ってみた。
 物流が盛んなのであろう。故郷の街に比べて品数が豊富で、値段も安く感じられた。

「宿代が浮いたからな。身の回りの物を少し買ってもいいかも」

 着替え、洗面具、食品……。
 結局ステファノが足を止めたのは、裏通りの小さな道具屋だった。

「いらっしゃい」

 二十歳くらいの若い男が暗い店の奥から声を掛けて来た。

「ゆっくり見て行ってね――」

 そう言うと、男は手元の本に視線を戻した。商売っ気はないらしい。

 ステファノの目当ては紙とペン、そしてインク。色とりどりの紙とインク。それを眺めているだけで、心が沸き立つ。

「と言っても、使うのはもっぱら白い紙に黒いインクだけどね」

 インクの乗りが良さそうな紙を少しと、黒インクを一瓶購入した。

「毎度ありぃ。……つけられてるよ」

 釣りを渡しながら、店の男が唇を動かさずに告げて来た。

「ありがとうございます」

 さてどうしたものかと、ステファノは考えを巡らした。

 尾行されるような心当たりがステファノにはない。この街には昨日着いたばかりなのだ。どう考えても、ネルソン商会絡みであろう。
 この場合相手は誰であろうか? 仮に、ネルソンが守る人物を中心とした「病人組」、それを亡き者にしようと図る「陰謀組」が存在するとしよう。そこにクリードを動かした謎の勢力が存在する。これについては誰の味方かはっきりしないので、「灰色組」としておこう。尾行者はこの内どの勢力に所属するのか?

 聞いてみる訳にいかない以上、ステファノには判断のしようがない。衛兵に突き出すことも出来ない訳だ。
 採れる選択肢はいくつもない。人混みに紛れて尾行を巻くか、それとも敢てネルソン商会まで連れて行くか。

「これは……昼飯にするか?」

 ドイルがかつて言っていた。考えがまとまらない時は飯を食いなさい、と。
 悩みに悩み考えあぐねると、頭がかぁっと熱くなる。これは脳が能力一杯に働いているということ。それでも答えが出ないなら、焦らず気分を変えた方が良い。

 何より脳も身の内だ。

「栄養を摂らなきゃ頭も働いてくれないよ」

 ドイルはそう言って微笑んだではないか。

「食堂というのはとても良い商売だよ。たくさんの名案がこの食堂で生まれたに違いない」

 ドイルはしたり顔でそう言ってアップルパイにかぶり付いたが、こればかりは同意しかねた。うちの常連達と名案とやらはどうにも結びつかない。栄養は脳に回るより先に、腹に回ってしまったに違いない。

「プリシラにタルトが美味しいお店の場所、聞いておけばよかったかなあ……」

 ぼやきながらステファノは鼻と目・・・を頼りに、良さそうな食堂を見つけて窓際の席に陣取った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

処理中です...