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第1章 少年立志編
第28話 思い遣る力。
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「マルチェル、紅茶を頼む。私の分は温めにしてくれ」
ネルソンは気持ちを立て直すために茶を頼んだ。
マルチェルは呼び鈴をもって部屋を出た。メイドを呼んで茶を命じるのだろう。
「私は君のことを買っているつもりだった」
一呼吸おいて、ネルソンが述懐した。
「まだまだ過小評価していたらしいな……」
やれやれというように首を振った。
「大商会だなどと人に言われるまで店を大きくし、人を見る目も養って来たつもりだ」
経営者に最も必要な能力とは、人を見極め、人を正しく使う力だ。見る目がなければ事業は伸ばせない。
「君のような少年は見たことがない」
才能のことや能力については、触れなかった。
「君のすることに特別なことはない。誰にでも出来ることだ。だが、普通は出来ない」
ネルソンは考えを整理するように、言葉を選んだ。
「状況を把握し、成り行きを読む。人の態度に気付き、欲するものを差し出す。五官を十全に使い、物事に意味を見出す」
ステファノに特別な力はない。視力も聴力も人並みだ。勘は良いが、格別に知能が高い訳でもない。
「褒めるとすれば……記憶力と集中力か?」
ノックの音がした。マルチェルがドアを開け、メイドから紅茶のトレイを受け取る。
マルチェルは落ち着いた所作で三人に紅茶をサーブした。
「客用の茶だ」
それだけ告げて、ネルソンは自分のカップに口を付けた。温めの茶で喉を潤す。
「いただきます」
ステファノは迷わず、紅茶を飲んだ。サーブの間に立ち上る香気さえ味わい深い銘茶であった。
「……美味しいお茶ですね。よろしければどこで採れる物か、お聞きしても?」
ネルソンはカップを置いて、答えた。
「ガルマンという国で採れるものだ。熱帯の島国だよ」
「それは貴重な物を、ありがとうございます」
帆船での航海には長い時間がかかる。海難や海賊に遭遇する危険もある。船舶装備一式とクルー、仕入れ代金。途方もない元手をかけて取り寄せた結果が、手元のカップに揺蕩っている。
「一番は……思い遣る力?」
独り言のようにネルソンは呟いた。
「想像力、と言うそうです」
「想像力?」
「学者様に教えてもらいました。そこにない物を、あたかもあるかのように思い遣る力」
「想像力か……」
断片を集めて全体を思い遣る。今あることから未だなきことを思い遣る。言葉なき振る舞いから言葉なき想いを思い遣る。
「君はそれを遣いこなしているのだね?」
「自分にはそれしかありませんので」
「ふうむ……」
ネルソンは目を閉じた。
「けどよ……。誰でも出来ることなのになぜステファノにしか出来ないんだ? いや、どうやって毒のことに気付けるんだ」
食い付くように遣り取りを追っていたコッシュが口を挟んだ。
「俺が人と違うのは、記憶の仕方じゃないかと言われました」
「記憶の仕方?」
「はい。俺の記憶はいつも『画』になっているんです」
「画になっているだと?」
「後からでもその画を思い出せば、細かい部分を読み取ることが出来るんです」
映像記憶、フォトグラフィック・メモリーと呼ばれる能力である。幼児期に見られる先天的能力であるが、多くは成長とともに失われてしまうという。
「そのために、部分から全体を想像することが人よりも得意なんじゃないかと言われました」
「なるほど。常に部分と全体を見比べることが出来る訳だ」
ネルソンが目を開いて、言った。
「画付きの記憶があるからといって、全てを覚えている訳ではありません」
当然記憶する量には限りがある。
「なので、『何を記憶するか』を意識するようにしています」
そのためにノートを書き、情報を取捨選択していた。
「まさか毒のことをノートに……」
「ご心配なく。ノートに秘密は残しません」
ステファノはネルソンの心配を先回りして否定した。
ネルソンは気持ちを立て直すために茶を頼んだ。
マルチェルは呼び鈴をもって部屋を出た。メイドを呼んで茶を命じるのだろう。
「私は君のことを買っているつもりだった」
一呼吸おいて、ネルソンが述懐した。
「まだまだ過小評価していたらしいな……」
やれやれというように首を振った。
「大商会だなどと人に言われるまで店を大きくし、人を見る目も養って来たつもりだ」
経営者に最も必要な能力とは、人を見極め、人を正しく使う力だ。見る目がなければ事業は伸ばせない。
「君のような少年は見たことがない」
才能のことや能力については、触れなかった。
「君のすることに特別なことはない。誰にでも出来ることだ。だが、普通は出来ない」
ネルソンは考えを整理するように、言葉を選んだ。
「状況を把握し、成り行きを読む。人の態度に気付き、欲するものを差し出す。五官を十全に使い、物事に意味を見出す」
ステファノに特別な力はない。視力も聴力も人並みだ。勘は良いが、格別に知能が高い訳でもない。
「褒めるとすれば……記憶力と集中力か?」
ノックの音がした。マルチェルがドアを開け、メイドから紅茶のトレイを受け取る。
マルチェルは落ち着いた所作で三人に紅茶をサーブした。
「客用の茶だ」
それだけ告げて、ネルソンは自分のカップに口を付けた。温めの茶で喉を潤す。
「いただきます」
ステファノは迷わず、紅茶を飲んだ。サーブの間に立ち上る香気さえ味わい深い銘茶であった。
「……美味しいお茶ですね。よろしければどこで採れる物か、お聞きしても?」
ネルソンはカップを置いて、答えた。
「ガルマンという国で採れるものだ。熱帯の島国だよ」
「それは貴重な物を、ありがとうございます」
帆船での航海には長い時間がかかる。海難や海賊に遭遇する危険もある。船舶装備一式とクルー、仕入れ代金。途方もない元手をかけて取り寄せた結果が、手元のカップに揺蕩っている。
「一番は……思い遣る力?」
独り言のようにネルソンは呟いた。
「想像力、と言うそうです」
「想像力?」
「学者様に教えてもらいました。そこにない物を、あたかもあるかのように思い遣る力」
「想像力か……」
断片を集めて全体を思い遣る。今あることから未だなきことを思い遣る。言葉なき振る舞いから言葉なき想いを思い遣る。
「君はそれを遣いこなしているのだね?」
「自分にはそれしかありませんので」
「ふうむ……」
ネルソンは目を閉じた。
「けどよ……。誰でも出来ることなのになぜステファノにしか出来ないんだ? いや、どうやって毒のことに気付けるんだ」
食い付くように遣り取りを追っていたコッシュが口を挟んだ。
「俺が人と違うのは、記憶の仕方じゃないかと言われました」
「記憶の仕方?」
「はい。俺の記憶はいつも『画』になっているんです」
「画になっているだと?」
「後からでもその画を思い出せば、細かい部分を読み取ることが出来るんです」
映像記憶、フォトグラフィック・メモリーと呼ばれる能力である。幼児期に見られる先天的能力であるが、多くは成長とともに失われてしまうという。
「そのために、部分から全体を想像することが人よりも得意なんじゃないかと言われました」
「なるほど。常に部分と全体を見比べることが出来る訳だ」
ネルソンが目を開いて、言った。
「画付きの記憶があるからといって、全てを覚えている訳ではありません」
当然記憶する量には限りがある。
「なので、『何を記憶するか』を意識するようにしています」
そのためにノートを書き、情報を取捨選択していた。
「まさか毒のことをノートに……」
「ご心配なく。ノートに秘密は残しません」
ステファノはネルソンの心配を先回りして否定した。
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