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第1章 少年立志編
第25話 手を動かせ。
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「ウイキョウとハッカクが混ざっているのかな?」
「わかるんですか?」
思わず、といった風情で、茶を出してくれた店員が声を発した。
「あ。ごめんなさい。失礼しました」
顔を赤くして頭を下げたのは、ステファノと同じ年頃の少女であった。茶色い髪とそばかすが目に飛び込んできた。
「実家が飯屋なんで、ハーブの匂いには馴染みがあるんです」
どちらも薬草でありながら、ハーブとして料理に使われる植物だ。
「そうですか……」
少女は眉を寄せて俯いた。
「何か困ったことでもあるんですか?」
少女の様子を見て、ステファノは尋ねた。コッシュを待つ間することも無いので、少しばかりの世間話は邪魔にならない。
「わたし、物覚えが悪くって……。薬草の名前も覚えられないのかって怒られてばっかり……」
「あー、わかるわかる。自分が間抜けに見えて情けないよね」
ステファノはあえて馴れ馴れしい口調で言った。少女を元気づけるにはその方が良いだろうと思ったのだ。
「初対面なのに間抜けって言われた……」
少女が口を尖らせた。怒っているというよりも同年代のステファノに愚痴をこぼしたくなったのだろう。
「あっ、ごめんなさい。わたし名乗ってなかった。見習いのプリシラっていいます」
少女は口を押えてぺこりと頭を下げた。ポニーテールがぴょこんと跳ねる勢いだった。
「俺はステファノ。歳は十七。よろしく」
ステファノは手短に自己紹介した。
「わたしは十六。この春から奉公し始めたんだけど、要領が悪くて……」
「俺のやり方でよかったら、薬草の覚え方を教えようか?」
「本当? お願い、何でもいいからヒントが欲しいの!」
プリシラは飛びつくように言った。
「じゃあ、食べてみたらいいよ」
「えっ?」
「薬草さ。葉っぱでも茎でも、端っこを千切って噛んでみるんだ。味と名前を一緒に覚えるのさ」
それはステファノが食材を覚えるためにやって来たことだった。名前だけを覚えようとしても難しいが、味覚や触覚と結びつけることでより記憶が深く刻み込まれるのだ。
現代の心理学でいうエピソード記憶に近いかもしれない。
「毒があるといけないので、よく聞いてから試してね。大概ひどい味だから忘れようとしても忘れられないよ」
「食べてみるなんて……」
「ウイキョウみたいに食べられる薬草も多いから、料理に使ってみるのもいいよ」
「薬草の料理……」
「東の国では薬膳っていって、健康のための料理もあるらしい。休みの日に自分で薬草を摘みに行くのも勉強になるかな」
どんな所に生えているか。採れる季節はいつか。採りに行った日の天気はどうだったか。
それら一つ一つの情報が、エピソード記憶を強化してくれる。
「すごい……。それを自分で考えたの?」
「店に来る学者先生にね、変わった人がいて。薬草の採り方を教えてくれたんだ」
ドイルという変わり者だった。始終ぶつぶつと何かを呟きながら難しいことを考えている様子だったが。
「覚えられないのは手を動かしていないからだって言われたよ。自分の手を動かせって」
「自分の手を動かせ……」
ステファノの話をじっと聞いていたプリシラだったが、自分の手を見詰めて何かを納得しているようだ。
「――わたし、悩んでいるばかりで手を動かしていなかったのね。わかったわ。やってみる」
ぐっと両手を握りしめながら、プリシラはステファノに言った。悩みがふっ切れてさっぱりとした様子だった。
「よかった。元気が出たみたいだね」
「ありがとう。できるかどうかわからないけど、やる気が出た!」
それが本来の性質なのだろう。プリシラの瞳はきらきらと輝いた。
「お店で扱ってる薬草、全部食べてやる!」
「……ほどほどにね」
勢いに圧されてステファノは苦笑した。
あはははと笑い合っている所に、コッシュが戻ってきた。
「わかるんですか?」
思わず、といった風情で、茶を出してくれた店員が声を発した。
「あ。ごめんなさい。失礼しました」
顔を赤くして頭を下げたのは、ステファノと同じ年頃の少女であった。茶色い髪とそばかすが目に飛び込んできた。
「実家が飯屋なんで、ハーブの匂いには馴染みがあるんです」
どちらも薬草でありながら、ハーブとして料理に使われる植物だ。
「そうですか……」
少女は眉を寄せて俯いた。
「何か困ったことでもあるんですか?」
少女の様子を見て、ステファノは尋ねた。コッシュを待つ間することも無いので、少しばかりの世間話は邪魔にならない。
「わたし、物覚えが悪くって……。薬草の名前も覚えられないのかって怒られてばっかり……」
「あー、わかるわかる。自分が間抜けに見えて情けないよね」
ステファノはあえて馴れ馴れしい口調で言った。少女を元気づけるにはその方が良いだろうと思ったのだ。
「初対面なのに間抜けって言われた……」
少女が口を尖らせた。怒っているというよりも同年代のステファノに愚痴をこぼしたくなったのだろう。
「あっ、ごめんなさい。わたし名乗ってなかった。見習いのプリシラっていいます」
少女は口を押えてぺこりと頭を下げた。ポニーテールがぴょこんと跳ねる勢いだった。
「俺はステファノ。歳は十七。よろしく」
ステファノは手短に自己紹介した。
「わたしは十六。この春から奉公し始めたんだけど、要領が悪くて……」
「俺のやり方でよかったら、薬草の覚え方を教えようか?」
「本当? お願い、何でもいいからヒントが欲しいの!」
プリシラは飛びつくように言った。
「じゃあ、食べてみたらいいよ」
「えっ?」
「薬草さ。葉っぱでも茎でも、端っこを千切って噛んでみるんだ。味と名前を一緒に覚えるのさ」
それはステファノが食材を覚えるためにやって来たことだった。名前だけを覚えようとしても難しいが、味覚や触覚と結びつけることでより記憶が深く刻み込まれるのだ。
現代の心理学でいうエピソード記憶に近いかもしれない。
「毒があるといけないので、よく聞いてから試してね。大概ひどい味だから忘れようとしても忘れられないよ」
「食べてみるなんて……」
「ウイキョウみたいに食べられる薬草も多いから、料理に使ってみるのもいいよ」
「薬草の料理……」
「東の国では薬膳っていって、健康のための料理もあるらしい。休みの日に自分で薬草を摘みに行くのも勉強になるかな」
どんな所に生えているか。採れる季節はいつか。採りに行った日の天気はどうだったか。
それら一つ一つの情報が、エピソード記憶を強化してくれる。
「すごい……。それを自分で考えたの?」
「店に来る学者先生にね、変わった人がいて。薬草の採り方を教えてくれたんだ」
ドイルという変わり者だった。始終ぶつぶつと何かを呟きながら難しいことを考えている様子だったが。
「覚えられないのは手を動かしていないからだって言われたよ。自分の手を動かせって」
「自分の手を動かせ……」
ステファノの話をじっと聞いていたプリシラだったが、自分の手を見詰めて何かを納得しているようだ。
「――わたし、悩んでいるばかりで手を動かしていなかったのね。わかったわ。やってみる」
ぐっと両手を握りしめながら、プリシラはステファノに言った。悩みがふっ切れてさっぱりとした様子だった。
「よかった。元気が出たみたいだね」
「ありがとう。できるかどうかわからないけど、やる気が出た!」
それが本来の性質なのだろう。プリシラの瞳はきらきらと輝いた。
「お店で扱ってる薬草、全部食べてやる!」
「……ほどほどにね」
勢いに圧されてステファノは苦笑した。
あはははと笑い合っている所に、コッシュが戻ってきた。
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