上 下
25 / 655
第1章 少年立志編

第25話 手を動かせ。

しおりを挟む
「ウイキョウとハッカクが混ざっているのかな?」
「わかるんですか?」

 思わず、といった風情で、茶を出してくれた店員が声を発した。

「あ。ごめんなさい。失礼しました」

 顔を赤くして頭を下げたのは、ステファノと同じ年頃の少女であった。茶色い髪とそばかすが目に飛び込んできた。

「実家が飯屋なんで、ハーブの匂いには馴染みがあるんです」

 どちらも薬草でありながら、ハーブとして料理に使われる植物だ。

「そうですか……」

 少女は眉を寄せて俯いた。

「何か困ったことでもあるんですか?」

 少女の様子を見て、ステファノは尋ねた。コッシュを待つ間することも無いので、少しばかりの世間話は邪魔にならない。

「わたし、物覚えが悪くって……。薬草の名前も覚えられないのかって怒られてばっかり……」
「あー、わかるわかる。自分が間抜けに見えて情けないよね」

 ステファノはあえて馴れ馴れしい口調で言った。少女を元気づけるにはその方が良いだろうと思ったのだ。

「初対面なのに間抜けって言われた……」

 少女が口を尖らせた。怒っているというよりも同年代のステファノに愚痴をこぼしたくなったのだろう。

「あっ、ごめんなさい。わたし名乗ってなかった。見習いのプリシラっていいます」

 少女は口を押えてぺこりと頭を下げた。ポニーテールがぴょこんと跳ねる勢いだった。

「俺はステファノ。歳は十七。よろしく」

 ステファノは手短に自己紹介した。

「わたしは十六。この春から奉公し始めたんだけど、要領が悪くて……」
「俺のやり方でよかったら、薬草の覚え方を教えようか?」
「本当? お願い、何でもいいからヒントが欲しいの!」

 プリシラは飛びつくように言った。

「じゃあ、食べてみたらいいよ」
「えっ?」
「薬草さ。葉っぱでも茎でも、端っこを千切って噛んでみるんだ。味と名前を一緒に覚えるのさ」

 それはステファノが食材を覚えるためにやって来たことだった。名前だけを覚えようとしても難しいが、味覚や触覚と結びつけることでより記憶が深く刻み込まれるのだ。

 現代の心理学でいうエピソード記憶に近いかもしれない。

「毒があるといけないので、よく聞いてから試してね。大概ひどい味だから忘れようとしても忘れられないよ」
「食べてみるなんて……」
「ウイキョウみたいに食べられる薬草も多いから、料理に使ってみるのもいいよ」
「薬草の料理……」
「東の国では薬膳っていって、健康のための料理もあるらしい。休みの日に自分で薬草を摘みに行くのも勉強になるかな」

 どんな所に生えているか。採れる季節はいつか。採りに行った日の天気はどうだったか。
 それら一つ一つの情報が、エピソード記憶を強化してくれる。

「すごい……。それを自分で考えたの?」
「店に来る学者先生にね、変わった人がいて。薬草の採り方を教えてくれたんだ」

 ドイルという変わり者だった。始終ぶつぶつと何かを呟きながら難しいことを考えている様子だったが。

「覚えられないのは手を動かしていないからだって言われたよ。自分の手を動かせって」
「自分の手を動かせ……」

 ステファノの話をじっと聞いていたプリシラだったが、自分の手を見詰めて何かを納得しているようだ。

「――わたし、悩んでいるばかりで手を動かしていなかったのね。わかったわ。やってみる」
 ぐっと両手を握りしめながら、プリシラはステファノに言った。悩みがふっ切れてさっぱりとした様子だった。

「よかった。元気が出たみたいだね」
「ありがとう。できるかどうかわからないけど、やる気が出た!」

 それが本来の性質なのだろう。プリシラの瞳はきらきらと輝いた。

「お店で扱ってる薬草、全部食べてやる!」
「……ほどほどにね」

 勢いに圧されてステファノは苦笑した。

 あはははと笑い合っている所に、コッシュが戻ってきた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

捨てられた転生幼女は無自重無双する

紅 蓮也
ファンタジー
スクラルド王国の筆頭公爵家の次女として生を受けた三歳になるアイリス・フォン・アリステラは、次期当主である年の離れた兄以外の家族と兄がつけたアイリスの専属メイドとアイリスに拾われ恩義のある専属騎士以外の使用人から疎まれていた。 アイリスを疎ましく思っている者たちや一部の者以外は知らないがアイリスは転生者でもあった。 ある日、寝ているとアイリスの部屋に誰かが入ってきて、アイリスは連れ去られた。 アイリスは、肌寒さを感じ目を覚ますと近くにその場から去ろうとしている人の声が聞こえた。 去ろうとしている人物は父と母だった。 ここで声を出し、起きていることがバレると最悪、殺されてしまう可能性があるので、寝たふりをして二人が去るのを待っていたが、そのまま本当に寝てしまい二人が去った後に近づいて来た者に気づくことが出来ず、また何処かに連れていかれた。 朝になり起こしに来た専属メイドが、アイリスがいない事を当主に報告し、疎ましく思っていたくせに当主と夫人は騒ぎたて、当主はアイリスを探そうともせずに、その場でアイリスが誘拐された責任として、専属メイドと専属騎士にクビを言い渡した。 クビを言い渡された専属メイドと専属騎士は、何も言わず食堂を出て行き身支度をして、公爵家から出ていった。 しばらく歩いていると、次期当主であるカイルが後を追ってきて、カイルの腕にはいなくなったはずのアイリスが抱かれていた。 アイリスの無事に安心した二人は、カイルの話を聞き、三人は王城に向かった。 王城で、カイルから話を聞いた国王から広大なアイリス公爵家の領地の端にあり、昔の公爵家本邸があった場所の管理と魔の森の開拓をカイルは、国王から命られる。 アイリスは、公爵家の目がなくなったので、無自重でチートし続け管理と開拓を命じられた兄カイルに協力し、辺境の村々の発展や魔の森の開拓をしていった。 ※諸事情によりしばらく連載休止致します。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。

公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!

秋田ノ介
ファンタジー
 主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。  『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。  ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!! 小説家になろうにも掲載しています。  

公爵令嬢はアホ係から卒業する

依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」  婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。  そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。   いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?  何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。  エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。  彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。    *『小説家になろう』でも公開しています。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

処理中です...