飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

文字の大きさ
上 下
17 / 671
第1章 少年立志編

第17話 飯綱使い。

しおりを挟む
 クリードは敵の右翼の外側に膨らむ。射手が矢を放たんとした呼吸を捉えて疾走をピタリと止め、今度は内側に向けて急角度に走り込む。

 射手はクリードが進む筈だった方向に矢を飛ばしてしまった。その間にクリードは敵陣最右翼まで5歩の所まで迫っている。

 第2矢を番え終る前に、クリードは1人目の敵に斬り掛かった。

 相手が剣を振り被った拍子に剣を差し伸べ、ついっと首筋を引き切る。そのまま前蹴りで蹴倒すと、巻き込まれた奴の脳天を打ち込む。そいつがよろめく隙にまた首筋を斬る。

 流れ作業のように前や横に出ようとする敵を1人ずつ倒して行く。乱戦の中で弓はもう役に立たない。

 クリードの剣は振り幅が小さく、急所のみを捉える。敵の剣と打ち合わせることもなかった。

 既に半数を無力化し、中央の頭目に迫る。頭目は1人だけ盾を構え、守りを固めていた。クリードの剣を受け止め、動きを止めて斬り伏せようと待ち受ける。

 クリードは一瞬の躊躇いもなく正面から突っ込んだ。
 斬り掛かってくると思った頭目は、盾を押し出して衝撃に備える。

 ところが、クリードは剣先を後ろに向けたまま左肩から盾にぶち当たっていった。

 片手持ちの盾ではクリードの体当たりを支え切れない。態勢を崩され、頭目は堪えきれずによろめいた。
 踏ん張りが効かない頭目をクリードは左ひじで突き飛ばす。更によろけて隙のできた胴体に、重いブーツで横蹴りを食らわせた。

 堪らず、頭目は腰から倒れ込んだ。それでも盾をかざして身を守ろうとする。クリードは盾からはみ出た両足に、すぱりすぱりと斬りつけた。それだけで頭目は最早戦えない。

 弓を捨てた射手が短剣を構えるが、腰が引けている。クリードは無造作に腹を刺す。残りは3人。

 敵わぬと見て、逃げ出すところを両手の横ぎで首を斬る。これも軽く動脈を切るに止めた。

 すべての敵を斬り伏せたクリードは、1歩下がって油断なく辺りを見回す。伏兵はなく、倒れた敵が攻撃力を失っていることを確認した上で、クリードは1人ずつ止めを刺していった。

「糞っ、何だてめえは? 護衛はいねえ筈じゃなかったのか……?」

 血を失いつつも頭目はまだ生きていた。

「誰の命令だ?」

 クリードが短く尋ねた。

「畜生! 端金はしたがねに目がくらんだぜ――」

 そう言うと、頭目は隠し持っていたダガーで喉を突いた。

「いやあ、今どき珍しい戦場流儀じゃの?」

 クリードが馬車に戻ると、にまにまと笑顔を浮かべたガル師が声を掛けた。

「田舎剣法です。見苦しい技をお見せしました」
「クリードさん、これを」

 返り血を浴びたクリードにステファノは手拭いと水袋を差し出した。

「もうすぐ街ですから、水は好きなだけ使って構いません」
「済まぬ。借りよう」

 同乗者に血なまぐさい思いをさせぬよう、クリードは体と剣を清めた。最小限の剣しか振るっていないため、返り血は驚くほど少なかった。

「弓を備えた賊10人を一人で斬り伏せるとは、想像以上の猛者もさですな」

 再び馬車が走り出すと、興奮冷めやらぬネルソンが言った。

「黒髪黒目の両手剣使い――。そうかお主が飯綱いづな使いか」

 ぼそりと、ガル師がつぶやいた。目の奥が薄く光っている。

「飯綱使いとは?」

 ネルソンが尋ねた。

「ふむ。来るとわかっていても止められぬ。剣を合わせることも出来ずに、相手は斬られる。神速の剣士の二つ名じゃ」
「クリードさんはそのように高名な剣士でしたか」

 ネルソンは目を丸くした。

「お前さんが乗った馬車にたまたま飯綱使いが乗り合わせた。これもまた天運、強運というもんじゃろう」

 ガル師はそう言って、目を細めた。ならば、自分が乗り合わせたことは偶然ではないということか?

 ステファノは車内の会話に聞き耳を立てた。

「クリードさん、実は私は価値あるものを運んでおります。ガル老師にはその護衛をお願いしておりました。図らずも盗賊からお守り頂き、ありがとうございました」
「気にするな。賊が出たので身を守っただけのこと。剣士が戦うのは当然のことだ」

 野良犬を追い払ったような気軽さで、クリードはネルソンの礼を受け流した。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

裏切られ追放という名の処刑宣告を受けた俺が、人族を助けるために勇者になるはずないだろ

井藤 美樹
ファンタジー
 初代勇者が建国したエルヴァン聖王国で双子の王子が生まれた。  一人には勇者の証が。  もう片方には証がなかった。  人々は勇者の誕生を心から喜ぶ。人と魔族との争いが漸く終結すると――。  しかし、勇者の証を持つ王子は魔力がなかった。それに比べ、持たない王子は莫大な魔力を有していた。  それが判明したのは五歳の誕生日。  証を奪って生まれてきた大罪人として、王子は右手を斬り落とされ魔獣が棲む森へと捨てられた。  これは、俺と仲間の復讐の物語だ――

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

処理中です...