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第1章 少年立志編

第15話 万力のエバ。

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「そもそも初級魔術に殺傷力はない。どんなに術の発動が速かろうと、中級魔術一発で勝負ありじゃ」

 トラと猫の喧嘩みたいなもんじゃと、ガル師は笑った。

 なるほど、エバさんが魔術師の道を諦めたのはそういう訳か。ステファノは頷いた。エバとはステファノに魔術師の世界について話してくれた、元魔術師の女性である。

「エバさんは、初級魔術だけでは物の役に立たないので体術を身につけたと言っていたけど」

 魔術師同士の勝負では、体術で倒しても勝利とは言えないようだ。それは体術の勝利に過ぎない。それが魔術師の考え方だという。エバは魔術界で身を立てることを諦め、体術を生かして護衛などの職に就いた。

「あたしだっていろいろ工夫したさ。初級魔術にも使い道はある。目くらましくらいだけどね。決め手はこいつさ」

 エバに話を聞いた時、護衛としての戦い方について話してくれた。
 掌を上に向けて見せてくれたのは、とげの生えた指輪だった。

「何ですか?」
角指かくしさ」

 暗器の一種で、掌に隠して相手に悟らせずに使用するものらしい。腕のツボをつかんで抑えれば、大男を制することもできると。

「珍しい武器ですね」
「こうやって相手の手首を取ったら――」

 戯れに掴まれた手首は、砕けたかと思うほどの激痛をもたらした。にんまり笑ったエバは一瞬でステファノを解放してくれたが、思わず腕を抱いてうずくまるほどだった。

「ね? 女の細腕でもこんなことができるのよ。『万力』と呼ばれるだけのことはあるでしょ?」

 万力とは角指の別名である。「万人力まんにんりき」で掴まれたような痛みを与えるためだろう。護衛稼業の世界での、エバの二つ名にもなっていた。

「他にもいろいろな道具があるよ。警戒されたらおしまいだけど、不意を突けば命を奪うことだってできる」

 魔術でいち早く敵の気配を察知したり、目つぶしを施した上で暗器を使う。それがエバの戦い方だった。

「まともな武術じゃないけどね。女と見れば相手は油断する。だから暗器が生きるの」

 護身術であり、使い方によっては暗殺術にもなる。

「魔術師崩れにはふさわしい武器っていうところね」
「俺も街を出るんで、護身術を覚えたいです。武術には向いていないので」

 身銭を切ってワイン一杯をおごることで、ステファノは人体のツボをいくつか教わった。

「護身術の道場に行けば、ツボのあれこれは教えてもらえるよ」

 おまけだと言って、エバは相手と向かい合ってしまった時の戦い方を教えてくれた。

「こっちは槍だの剣だのは持っていないだろ? だから、その場にある物を何でも武器にするのさ。皿やフォーク、椅子だって武器になる」

 物を投げたり、振り回す練習。何より手に触れるものを躊躇なく武器として使う心構えが大切なのだと言う。

 自分が中級以上の魔術を身に着けられるかもわからないステファノは、エバの暗器術を参考にしようと心に刻んだ。
 ステファノは後日、角指を手に入れた。今も右手の中指に嵌めている。何でもない真鍮の指輪に見えるが、クルミを割る時にも使えて意外と便利だった。

 見かけの割に腕力だけはそこそこあるステファノは、握力を鍛えることに腐心した。魔術師になる役には立たないだろうが、身を守れないことには魔術修行も始まらない。迂遠であろうとその時できることをやる。ステファノは手段を選ばなかった。

「その中級魔術師が束になっても、上級魔術師には敵わない訳ですな」

 ネルソンがおだてるように合いの手を入れた。

「まあの。魔力量が天と地だで、中級魔術などすべて吹き飛ばせるわい」

 術の発動速度、威力。魔術戦では中級魔術師は上級魔術師の敵ではなかった。

「そうは言っても、儂は力まかせに魔術を使っている訳ではないぞ?」

 上級の上級たる所以ゆえんは、魔術に愛されているところだとガル師は言った。

「ほれ。この通り意のままじゃ」

 ガル師は両手の指一本一本に小さな炎を灯して見せた。
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