4 / 624
第1章 少年立志編
第4話 旅は道連れ
しおりを挟む
「じゃあ行くよ」
「……」
旅立ちの朝、ステファノは軽く別れを告げた。
バンスは黙って弁当の包みを押し付けてきた。
「ありがとう。元気でね」
「――目が出ねえようなら帰ってこい。下働きで使ってやる」
「その時は頼むよ」
くるりと背を向けて、ステファノは歩き出した。その一歩が生まれ育った街との訣別だった。
呪タウンまでは馬車で1週間の道のりであった。ステファノにとって初めての長旅であり、馬車での旅もまた初めてだ。
町の中央広場で乗合馬車に乗り込む。他の客がキャビンに収まった後だ。ステファノの席は御者の横である。
「おう、あんちゃん。よろしくな」
御者のダールも店の顔馴染だ。ステファノが家を出ることも承知している。
「呪タウンまでよろしく」
ステファノはぺこりと頭を下げた。
旅の間、ダールの手伝いをする条件で運賃を半分に負けてもらった。馬の世話や馬車の手入れ、野営時の段取りなど、ダールも手伝いがあれば楽をできるのだ。
そんな事情でステファノの席は御者台なのだ。客扱いはしてもらえない。
御者台に上ると、ステファノは背負っていた背嚢を尻に敷いた。
「旅は初めてじゃねえのか?」
ダールが目を細める。
「馬車の旅は初めてだよ」
「それにしちゃ慣れたもんじゃねえか」
馬車は揺れる。30分も乗っていれば尻が悲鳴を上げるのだ。そのことに備えて、ステファノは背嚢の上に座ったのだ。
「荷馬車なら何回か乗せてもらったよ」
荷運びの手伝いをする代わりに、荷馬車に乗せて貰ったことがある。
「旅の練習になるかと思ってさ」
「また用意の良いこった」
ダールは半分呆れたようだ。
「家出の練習をする奴がいるとは恐れ入ったぜ」
「家は出るけど、家出じゃないよ」
背嚢の具合を確かめながらステファノは返事をした。
この街を捨てた訳ではないのだ。
「そうかい。とにかく長旅だ。よろしく頼むぜ」
「うん――いや、はい。手伝うことがあれば言ってください」
「おう、良い心掛けだ。遠慮はしねえぜ」
「出発しやあす!」
ぴしりと馬に鞭を当てると、馬車は音を立てて走り出した。
「今日は晴れが続きそうだ」
「よくわかりますね」
「ふん。山を見てみろ。天辺にちょこっと雲が掛かっちゃいるが、ここ1時間動いてねえ。こういう日は天気が崩れねえんだ」
「なるほど」
この辺りはステファノの生まれ故郷である。当然天気の読み方もある程度承知していたが、街から街を動き回っているダールは違った知識を持っているかもしれない。
いや、必ず持っている。
だからステファノは尋ねる手間を惜しまない。知恵という武器を磨くために。
自分にはこれしかないのだと。
「俺は馬と街道の様子から目が離せねえ。お客さんの様子見はあんちゃんに任せるぜ」
前方を見ながらダールが声を掛けてきた。
街道とはいっても土を固め、石を退けただけのものだ。下手な所を走れば、車輪が嵌ってしまったり、車軸を傷めてしまう。御者には細心の注意が必要なのだ。
「わかった。具合が悪くなる人がいないかどうか、気を配るよ」
尻の痛みと共に乗り物酔いも厄介だ。旅では体調を壊しやすいので、病人が出ることもある。
「察しが良くて何よりだ。気が付くことがあったら何でも言え」
「はい」
助手席に座りながらステファノは四方に気を配る。客席から聞こえてくる音はもちろんだが、前方の様子からも目を離さない。
ダールが窪みや石をどう避けているか、手綱をどう扱っているか。馬の足音、呼吸のリズム――。
「ダールさん。ちょっと良いですか」
「何だ?」
前方を見つめたままダールが聞き返す。
「馬の様子が変じゃありません?」
「何だと?」
身を乗り出すようにして、ダールは馬の様子を伺った。
「何もねえぞ。元気なもんだ。呼吸も乱れてねえ」
ダールの声は不審気だ。
「停めてください!」
「どうどう!」
ステファノの気迫に圧されて、思わず理由も聞かずにダールは馬車を停めた。
「お客さん、すいやせん! ちょっと馬の様子を見やす」
キャビンの仕切りを開け、客席に声を掛けると、ダールは御者台を降りた。
「何だってんだ全く」
ボヤきながらも馬の様子を見に行く。もしものことがあっては許されないのだ。
「ほうほうほう――。よしよし。おい、あんちゃん。馬の目の色もおかしくねえし、足も気にしてねえ。一体何が変だって――」
型通りに馬の体を調べていたダールが1頭の馬の足元に屈み込んだ。
「……」
旅立ちの朝、ステファノは軽く別れを告げた。
バンスは黙って弁当の包みを押し付けてきた。
「ありがとう。元気でね」
「――目が出ねえようなら帰ってこい。下働きで使ってやる」
「その時は頼むよ」
くるりと背を向けて、ステファノは歩き出した。その一歩が生まれ育った街との訣別だった。
呪タウンまでは馬車で1週間の道のりであった。ステファノにとって初めての長旅であり、馬車での旅もまた初めてだ。
町の中央広場で乗合馬車に乗り込む。他の客がキャビンに収まった後だ。ステファノの席は御者の横である。
「おう、あんちゃん。よろしくな」
御者のダールも店の顔馴染だ。ステファノが家を出ることも承知している。
「呪タウンまでよろしく」
ステファノはぺこりと頭を下げた。
旅の間、ダールの手伝いをする条件で運賃を半分に負けてもらった。馬の世話や馬車の手入れ、野営時の段取りなど、ダールも手伝いがあれば楽をできるのだ。
そんな事情でステファノの席は御者台なのだ。客扱いはしてもらえない。
御者台に上ると、ステファノは背負っていた背嚢を尻に敷いた。
「旅は初めてじゃねえのか?」
ダールが目を細める。
「馬車の旅は初めてだよ」
「それにしちゃ慣れたもんじゃねえか」
馬車は揺れる。30分も乗っていれば尻が悲鳴を上げるのだ。そのことに備えて、ステファノは背嚢の上に座ったのだ。
「荷馬車なら何回か乗せてもらったよ」
荷運びの手伝いをする代わりに、荷馬車に乗せて貰ったことがある。
「旅の練習になるかと思ってさ」
「また用意の良いこった」
ダールは半分呆れたようだ。
「家出の練習をする奴がいるとは恐れ入ったぜ」
「家は出るけど、家出じゃないよ」
背嚢の具合を確かめながらステファノは返事をした。
この街を捨てた訳ではないのだ。
「そうかい。とにかく長旅だ。よろしく頼むぜ」
「うん――いや、はい。手伝うことがあれば言ってください」
「おう、良い心掛けだ。遠慮はしねえぜ」
「出発しやあす!」
ぴしりと馬に鞭を当てると、馬車は音を立てて走り出した。
「今日は晴れが続きそうだ」
「よくわかりますね」
「ふん。山を見てみろ。天辺にちょこっと雲が掛かっちゃいるが、ここ1時間動いてねえ。こういう日は天気が崩れねえんだ」
「なるほど」
この辺りはステファノの生まれ故郷である。当然天気の読み方もある程度承知していたが、街から街を動き回っているダールは違った知識を持っているかもしれない。
いや、必ず持っている。
だからステファノは尋ねる手間を惜しまない。知恵という武器を磨くために。
自分にはこれしかないのだと。
「俺は馬と街道の様子から目が離せねえ。お客さんの様子見はあんちゃんに任せるぜ」
前方を見ながらダールが声を掛けてきた。
街道とはいっても土を固め、石を退けただけのものだ。下手な所を走れば、車輪が嵌ってしまったり、車軸を傷めてしまう。御者には細心の注意が必要なのだ。
「わかった。具合が悪くなる人がいないかどうか、気を配るよ」
尻の痛みと共に乗り物酔いも厄介だ。旅では体調を壊しやすいので、病人が出ることもある。
「察しが良くて何よりだ。気が付くことがあったら何でも言え」
「はい」
助手席に座りながらステファノは四方に気を配る。客席から聞こえてくる音はもちろんだが、前方の様子からも目を離さない。
ダールが窪みや石をどう避けているか、手綱をどう扱っているか。馬の足音、呼吸のリズム――。
「ダールさん。ちょっと良いですか」
「何だ?」
前方を見つめたままダールが聞き返す。
「馬の様子が変じゃありません?」
「何だと?」
身を乗り出すようにして、ダールは馬の様子を伺った。
「何もねえぞ。元気なもんだ。呼吸も乱れてねえ」
ダールの声は不審気だ。
「停めてください!」
「どうどう!」
ステファノの気迫に圧されて、思わず理由も聞かずにダールは馬車を停めた。
「お客さん、すいやせん! ちょっと馬の様子を見やす」
キャビンの仕切りを開け、客席に声を掛けると、ダールは御者台を降りた。
「何だってんだ全く」
ボヤきながらも馬の様子を見に行く。もしものことがあっては許されないのだ。
「ほうほうほう――。よしよし。おい、あんちゃん。馬の目の色もおかしくねえし、足も気にしてねえ。一体何が変だって――」
型通りに馬の体を調べていたダールが1頭の馬の足元に屈み込んだ。
1
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる