飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

文字の大きさ
上 下
2 / 671
第1章 少年立志編

第2話 ステファノ、決意する。

しおりを挟む
「親父、話がある」

 ステファノが切り出したのは、17の誕生日をひと月後に控えた朝だった。
 
「何だ? 改まって」

 バンスはタバコの煙を吐き出した。

「俺はこの街を出ていく」
 
 カンっと甲高い音をさせて、バンスはパイプを灰皿に叩きつけた。火皿に新しい葉を詰めながらステファノをじろりと見る。

「出てってどうする?」
 
 パイプに火を付ける手を止めてステファノの目を見る。
 
「魔術師になる」
「何だと?」
「他の街で働きながら魔術を勉強する」
「何言ってやがる」

 バンスは鼻で笑った。
 
「飯屋のせがれが魔術師になれる訳があるめえ」

 普通に考えれば、バンスの言う通りだ。そんなことはこの2年間、嫌という程考え抜いた。

「俺は飯屋に向いてない」

 ステファノは臆せず言った。

「商売は向き不向きでやるもんじゃねえ」
「そうかもしれないが、俺には無理だ。体は弱いし、力もない。そもそも――」
「そもそも何だ? 飯屋は嫌いだってか?」

 バンスの顔が赤黒くなった。
 
「そんなんじゃない。そもそも俺は手先が不器用なんだ。努力じゃ治らなかった」

 ふっと、バンスの肩から力が抜けた。

「やりもしねえでわかるもんか」
「やってみたさ! 8つの歳から店の手伝いを始めてこの歳まで、仕事で手を抜いた覚えはないよ」
 
 言い返されてバンスは目を泳がせる。嘘ではない。ステファノの働きぶりは誰にも文句が付けられないものだった。
 
「それでも上達しなかった」
「うちのメニューなら粗方あらかた作れるだろうが」

 目を逸らしながらバンスが言う。

「作るだけならね。でも親父のような味にはできない」
「当りめえだ! 俺が何年料理人をやってると――」
 
 怒鳴り始めたバンスをステファノは静かに遮る。
 
「そうじゃない! そうじゃないんだ。俺が何年修行しようと、一人前の料理人にはなれないんだ。それがわかっちまったんだ」
 
 誰でもが同じことをできる訳ではない。当たり前のことであるが、人は案外それに気づかない。親子ともなれば、親の仕事は子供もできるものと思い込みがちだ。
 幸か不幸か、ステファノには先を読む目があった。15の歳に、料理人としての自分の限界が読みきれてしまったのだ。

 鼻息を荒くしていたバンスが、タバコの煙をふうっと長く吐き出した。
 
「そんでもって、どうするつもりだ」
「魔術都市に行く」
まじタウンにか?」
「当面生きていけるだけの金は貯めた。魔術師のところで下働きでも何でもしながら、術の勉強をするよ」
「そんなことで魔術を覚えられんのか?」
 
 バンスの声が心配の色を帯びた。きついことを言っても、やっぱり親なのだ。
 
「確信はない。でも、分の悪い賭けじゃないはずだ」

 ステファノはきっぱりと言い切った。
 
 飯屋で働いていれば色んなたぐいの人間と出会う。家を出ようと決意してから、ステファノは自分にしかできない仕事を探すために、人の話に耳を傾けてきた。
 商人もいた。職人もいた。たまには役人や騎士とも話をした。学者に話を聞くのは特に為になった。

 ステファノは物覚えが良いと、よく言われた。記憶力が良いのだ。体を使うことはさっぱりだったが、知識を覚えて理屈を当てはめることには適性があった。
 
 身を立てるなら、体ではなく頭を使う仕事だと思った。
 そうかと言って商人は無理だ。商いには相当の元手が要る。そのことも理屈でわかった。元手が貯まる頃には人生の大半が過ぎているだろう。

 行商を始めるのにどれだけの元手が必要であるかを聞いて、ステファノは絶望した。
 
 役人や学者になどなれるはずがない。正しい学問など学んだことがないし、必要なコネがない。学者か貴族の家に生まれていれば、自分に一番向いている道だったのになあと嘆いてみても仕方がなかった。
 
「それで魔術師か?」
 
 なまじ息子のことが良くわかっているだけに、バンスは強く否定することができなかった。
 
 魔術の道ならば元手も要らず、家柄にも縛られない。

 職人の世界でもそうだが、一人前になるということは親方や先輩から技を盗む・・・・ということだ。
 目が良いステファノならば、秘密に包まれた魔術であってもあるいは盗めるかもしれない。
 
 消去法であらゆる可能性を消し込んでいった結果、ステファノが望む未来を勝ち取るために残った手段が魔術師になることだった。
しおりを挟む
Amebloにて研究成果報告中。小説情報のほか、「超時空電脳生活」「超時空日常生活」「超時空電影生活」などお題は様々。https://ameblo.jp/hyper-space-lab
感想 4

あなたにおすすめの小説

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

裏切られ追放という名の処刑宣告を受けた俺が、人族を助けるために勇者になるはずないだろ

井藤 美樹
ファンタジー
 初代勇者が建国したエルヴァン聖王国で双子の王子が生まれた。  一人には勇者の証が。  もう片方には証がなかった。  人々は勇者の誕生を心から喜ぶ。人と魔族との争いが漸く終結すると――。  しかし、勇者の証を持つ王子は魔力がなかった。それに比べ、持たない王子は莫大な魔力を有していた。  それが判明したのは五歳の誕生日。  証を奪って生まれてきた大罪人として、王子は右手を斬り落とされ魔獣が棲む森へと捨てられた。  これは、俺と仲間の復讐の物語だ――

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

処理中です...