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第1章 少年立志編
第2話 ステファノ、決意する。
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「親父、話がある」
ステファノが切り出したのは、17の誕生日をひと月後に控えた朝だった。
「何だ? 改まって」
バンスはタバコの煙を吐き出した。
「俺はこの街を出ていく」
カンっと甲高い音をさせて、バンスはパイプを灰皿に叩きつけた。火皿に新しい葉を詰めながらステファノをじろりと見る。
「出てってどうする?」
パイプに火を付ける手を止めてステファノの目を見る。
「魔術師になる」
「何だと?」
「他の街で働きながら魔術を勉強する」
「何言ってやがる」
バンスは鼻で笑った。
「飯屋のせがれが魔術師になれる訳があるめえ」
普通に考えれば、バンスの言う通りだ。そんなことはこの2年間、嫌という程考え抜いた。
「俺は飯屋に向いてない」
ステファノは臆せず言った。
「商売は向き不向きでやるもんじゃねえ」
「そうかもしれないが、俺には無理だ。体は弱いし、力もない。そもそも――」
「そもそも何だ? 飯屋は嫌いだってか?」
バンスの顔が赤黒くなった。
「そんなんじゃない。そもそも俺は手先が不器用なんだ。努力じゃ治らなかった」
ふっと、バンスの肩から力が抜けた。
「やりもしねえでわかるもんか」
「やってみたさ! 8つの歳から店の手伝いを始めてこの歳まで、仕事で手を抜いた覚えはないよ」
言い返されてバンスは目を泳がせる。嘘ではない。ステファノの働きぶりは誰にも文句が付けられないものだった。
「それでも上達しなかった」
「うちのメニューなら粗方作れるだろうが」
目を逸らしながらバンスが言う。
「作るだけならね。でも親父のような味にはできない」
「当りめえだ! 俺が何年料理人をやってると――」
怒鳴り始めたバンスをステファノは静かに遮る。
「そうじゃない! そうじゃないんだ。俺が何年修行しようと、一人前の料理人にはなれないんだ。それがわかっちまったんだ」
誰でもが同じことをできる訳ではない。当たり前のことであるが、人は案外それに気づかない。親子ともなれば、親の仕事は子供もできるものと思い込みがちだ。
幸か不幸か、ステファノには先を読む目があった。15の歳に、料理人としての自分の限界が読みきれてしまったのだ。
鼻息を荒くしていたバンスが、タバコの煙をふうっと長く吐き出した。
「そんでもって、どうするつもりだ」
「魔術都市に行く」
「呪タウンにか?」
「当面生きていけるだけの金は貯めた。魔術師のところで下働きでも何でもしながら、術の勉強をするよ」
「そんなことで魔術を覚えられんのか?」
バンスの声が心配の色を帯びた。きついことを言っても、やっぱり親なのだ。
「確信はない。でも、分の悪い賭けじゃないはずだ」
ステファノはきっぱりと言い切った。
飯屋で働いていれば色んなたぐいの人間と出会う。家を出ようと決意してから、ステファノは自分にしかできない仕事を探すために、人の話に耳を傾けてきた。
商人もいた。職人もいた。たまには役人や騎士とも話をした。学者に話を聞くのは特に為になった。
ステファノは物覚えが良いと、よく言われた。記憶力が良いのだ。体を使うことはさっぱりだったが、知識を覚えて理屈を当てはめることには適性があった。
身を立てるなら、体ではなく頭を使う仕事だと思った。
そうかと言って商人は無理だ。商いには相当の元手が要る。そのことも理屈でわかった。元手が貯まる頃には人生の大半が過ぎているだろう。
行商を始めるのにどれだけの元手が必要であるかを聞いて、ステファノは絶望した。
役人や学者になどなれるはずがない。正しい学問など学んだことがないし、必要なコネがない。学者か貴族の家に生まれていれば、自分に一番向いている道だったのになあと嘆いてみても仕方がなかった。
「それで魔術師か?」
なまじ息子のことが良くわかっているだけに、バンスは強く否定することができなかった。
魔術の道ならば元手も要らず、家柄にも縛られない。
職人の世界でもそうだが、一人前になるということは親方や先輩から技を盗むということだ。
目が良いステファノならば、秘密に包まれた魔術であってもあるいは盗めるかもしれない。
消去法であらゆる可能性を消し込んでいった結果、ステファノが望む未来を勝ち取るために残った手段が魔術師になることだった。
ステファノが切り出したのは、17の誕生日をひと月後に控えた朝だった。
「何だ? 改まって」
バンスはタバコの煙を吐き出した。
「俺はこの街を出ていく」
カンっと甲高い音をさせて、バンスはパイプを灰皿に叩きつけた。火皿に新しい葉を詰めながらステファノをじろりと見る。
「出てってどうする?」
パイプに火を付ける手を止めてステファノの目を見る。
「魔術師になる」
「何だと?」
「他の街で働きながら魔術を勉強する」
「何言ってやがる」
バンスは鼻で笑った。
「飯屋のせがれが魔術師になれる訳があるめえ」
普通に考えれば、バンスの言う通りだ。そんなことはこの2年間、嫌という程考え抜いた。
「俺は飯屋に向いてない」
ステファノは臆せず言った。
「商売は向き不向きでやるもんじゃねえ」
「そうかもしれないが、俺には無理だ。体は弱いし、力もない。そもそも――」
「そもそも何だ? 飯屋は嫌いだってか?」
バンスの顔が赤黒くなった。
「そんなんじゃない。そもそも俺は手先が不器用なんだ。努力じゃ治らなかった」
ふっと、バンスの肩から力が抜けた。
「やりもしねえでわかるもんか」
「やってみたさ! 8つの歳から店の手伝いを始めてこの歳まで、仕事で手を抜いた覚えはないよ」
言い返されてバンスは目を泳がせる。嘘ではない。ステファノの働きぶりは誰にも文句が付けられないものだった。
「それでも上達しなかった」
「うちのメニューなら粗方作れるだろうが」
目を逸らしながらバンスが言う。
「作るだけならね。でも親父のような味にはできない」
「当りめえだ! 俺が何年料理人をやってると――」
怒鳴り始めたバンスをステファノは静かに遮る。
「そうじゃない! そうじゃないんだ。俺が何年修行しようと、一人前の料理人にはなれないんだ。それがわかっちまったんだ」
誰でもが同じことをできる訳ではない。当たり前のことであるが、人は案外それに気づかない。親子ともなれば、親の仕事は子供もできるものと思い込みがちだ。
幸か不幸か、ステファノには先を読む目があった。15の歳に、料理人としての自分の限界が読みきれてしまったのだ。
鼻息を荒くしていたバンスが、タバコの煙をふうっと長く吐き出した。
「そんでもって、どうするつもりだ」
「魔術都市に行く」
「呪タウンにか?」
「当面生きていけるだけの金は貯めた。魔術師のところで下働きでも何でもしながら、術の勉強をするよ」
「そんなことで魔術を覚えられんのか?」
バンスの声が心配の色を帯びた。きついことを言っても、やっぱり親なのだ。
「確信はない。でも、分の悪い賭けじゃないはずだ」
ステファノはきっぱりと言い切った。
飯屋で働いていれば色んなたぐいの人間と出会う。家を出ようと決意してから、ステファノは自分にしかできない仕事を探すために、人の話に耳を傾けてきた。
商人もいた。職人もいた。たまには役人や騎士とも話をした。学者に話を聞くのは特に為になった。
ステファノは物覚えが良いと、よく言われた。記憶力が良いのだ。体を使うことはさっぱりだったが、知識を覚えて理屈を当てはめることには適性があった。
身を立てるなら、体ではなく頭を使う仕事だと思った。
そうかと言って商人は無理だ。商いには相当の元手が要る。そのことも理屈でわかった。元手が貯まる頃には人生の大半が過ぎているだろう。
行商を始めるのにどれだけの元手が必要であるかを聞いて、ステファノは絶望した。
役人や学者になどなれるはずがない。正しい学問など学んだことがないし、必要なコネがない。学者か貴族の家に生まれていれば、自分に一番向いている道だったのになあと嘆いてみても仕方がなかった。
「それで魔術師か?」
なまじ息子のことが良くわかっているだけに、バンスは強く否定することができなかった。
魔術の道ならば元手も要らず、家柄にも縛られない。
職人の世界でもそうだが、一人前になるということは親方や先輩から技を盗むということだ。
目が良いステファノならば、秘密に包まれた魔術であってもあるいは盗めるかもしれない。
消去法であらゆる可能性を消し込んでいった結果、ステファノが望む未来を勝ち取るために残った手段が魔術師になることだった。
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Amebloにて研究成果報告中。小説情報のほか、「超時空電脳生活」「超時空日常生活」「超時空電影生活」などお題は様々。https://ameblo.jp/hyper-space-lab
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