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第3話 サポーター誕生
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(やっべー。やっちまったよ、これ。どうしよう……)
一様に顔色の悪い生徒たちの中で、一段と青ざめた顔があった。額には汗が浮き、膝が震えている。
(俺だよなあ。聖剣腐らせちまったの。だって、見張りもいないんだもの。聖剣だぜ? これが抜けたら勇者誕生だあって思うじゃない?)
クラスの中でも目立たない、モブ扱いの筆頭田村勇気であった。
(それにしても吉野パねえな。身代わりになるか、普通? どんだけ男気あんだよ。俺にそれだけの男気があれば、「実は僕です!」って名乗り出るんだろうが……。無理無理! 一人で国外追放なんかされたら、三日で野垂れ死ぬわ)
悪いとは思いつつ、吉野の行動に救われた思いの田村であった。
実はクラスの半数が田村と同様、夜中に聖剣を抜いていた。全員内心はドキドキだったのだ。
宰相に解散を命じられた一同は、ぞろぞろとまた居室へと移動する。
「――あなたね?」
斜め前を歩いていた春香が、唇を動かさず田村に囁いた。不意を突かれた田村は、ごまかす事もできない。
「……うん」
「もう終わったことだし、吉野君の意思だから誰にも言わない。ただ、これだけは覚えておいて」
囁き声だというのに、春香の言葉には命がけの迫力があった。
「吉野君は勇者を辞めないわ。きっといつか魔王を倒す。そのとき彼を助けるのは、あなたとわたしよ」
「えっ? 俺?」
「逃がさないわ。あなたがしたことを私は許さない。わたしと一緒に訓練を受けてもらう」
これは決定事項、という春香の言い方であった。
クラスで一番の美少女である春香と行動を共にできると言えば大多数の男子は舞い上がるであろうが、田村には重い現実であった。何しろ、勇者=吉野を追放させた元凶という秘密を掴まれているのだ。
「俺なんかで務まるだろうか?」
せめてもの抵抗に田村は実力不足を訴えてみた。
「勇者になれなんて言わない。勇者パーティの一員として働ける力を身につけて」
「何をさせる気だ?」
田村のステータスにはチートもなければ、飛び抜けた特長もなかった。しいて言えば、生命力や耐性が平均より上であるくらいか。つまり打たれ強い。魔法は水と土の属性を持っていたが、魔力は並以下で戦いの役には立たないと言われた。
それに対して春香のステータスは攻撃魔法に偏っていた。火と雷に適性があり、魔力も膨大。遠距離戦ではエースになれる逸材であった。
「言っとくが運動はからっきしだぞ」
自分で情けなくなるが、これは言い訳ではなく事実だ。瞬発力、持続力ともに「中の下」。それが田村という男だった。
「あなたにエースになれとは言わない。なってもらいたいのはサポーターよ」
「サポーター?」
「そう。吉野君やわたしが攻撃に専念できるように支援してほしいの」
昨日一日で分かったことだが、この世界には回復魔法もアイテムボックスもない。戦いは「削り合い」なのだ。
「田村君の役目の一つはポーター。アイテムボックスがないので、これ以上ないくらい重要な役割よ。消耗品やポーションが切れたら、パーティは全滅すると思って」
軍事作戦の要諦は兵站線の維持である。物資が切れれば戦えない。過去の戦争において数えきれない死体がその事実を証明してきた。
「あなた学科の成績は良いじゃない。薬師の勉強をして回復ポーションの作り方を覚えて。武器や防具のメンテナンスもお願い」
「それでサポーターか」
裏方であるが、軍として考えれば極めて重要な機能である。
「それとね――」
「まだやることがあるのか?」
「あるわ。食料よ」
「食料ぐらい、国から出してもらえるだろう?」
「素材をそのまま食べるつもりならね? あなたには料理を覚えてもらう」
「お前がやったらいいじゃないか、料理くらい」
春香のこめかみにピシッと音を立てて血管が走った。
「料理くらいですって? 私には無理よ」
才色兼備の春香であったが、元来ざっくりとした性格で繊細な調理には向いていなかった。トライしたこともあるが、黒い塊とか茶色のねばねばしか作れない。
「あとは裁縫ね」
「俺はおふくろか?」
「旅をすれば服も傷むわ。裸で戦う訳に行かないでしょう?」
現実は過酷だ。魔王を倒す前に、日々を生きていかねばならない。
「とっても大切なのがお金の管理よ」
「俺をお嫁さんにする気か!」
「自慢じゃないけど、わたしは浪費家よ」
家が豊かな春香は小遣いというものを知らない。あれが欲しいと言えば買ってもらえるからだ。それに対して、田村は倹約家だ。なぜそうなったかは悲しくて言えない。
「最後に一番大切なことを言っておくわ」
これ以上何があるというのか? ごくりと唾を呑んで、田村は身構えた。
「分かったでしょうけど、わたしはかなり腹黒いの。でもそれを知っているのはあなただけ。吉野君にばらしたら絶対に許さない――殺すわ。一番苦しい死に方で」
「絶対言いません!」
田村は思った。こいつ、魔王より怖いんじゃないかと。
セイタロウ、ハルカ、そしてユウキの三人組は後年苦難の末、魔王討伐に成功する。三人は伝説の勇者パーティとして語り継がれることになった。魔王討伐の日々の想い出を後年尋ねらると、ユウキはいつもこう答えたらしい。
「戦いはそんなに辛くなかったけれど、いつもドキドキしていたなあ。――ある意味、よく生き残れたもんだ」
セイタロウとハルカはめでたく結ばれ、ギルドの講師として多くの冒険者を育成した。
ユウキは冒険者を引退した後家政科専門学校を開校し、名門としてたくさんの貴族子女教育に貢献したそうである。校訓は「他人の秘密に関わるな」であった……。
(おわり)
一様に顔色の悪い生徒たちの中で、一段と青ざめた顔があった。額には汗が浮き、膝が震えている。
(俺だよなあ。聖剣腐らせちまったの。だって、見張りもいないんだもの。聖剣だぜ? これが抜けたら勇者誕生だあって思うじゃない?)
クラスの中でも目立たない、モブ扱いの筆頭田村勇気であった。
(それにしても吉野パねえな。身代わりになるか、普通? どんだけ男気あんだよ。俺にそれだけの男気があれば、「実は僕です!」って名乗り出るんだろうが……。無理無理! 一人で国外追放なんかされたら、三日で野垂れ死ぬわ)
悪いとは思いつつ、吉野の行動に救われた思いの田村であった。
実はクラスの半数が田村と同様、夜中に聖剣を抜いていた。全員内心はドキドキだったのだ。
宰相に解散を命じられた一同は、ぞろぞろとまた居室へと移動する。
「――あなたね?」
斜め前を歩いていた春香が、唇を動かさず田村に囁いた。不意を突かれた田村は、ごまかす事もできない。
「……うん」
「もう終わったことだし、吉野君の意思だから誰にも言わない。ただ、これだけは覚えておいて」
囁き声だというのに、春香の言葉には命がけの迫力があった。
「吉野君は勇者を辞めないわ。きっといつか魔王を倒す。そのとき彼を助けるのは、あなたとわたしよ」
「えっ? 俺?」
「逃がさないわ。あなたがしたことを私は許さない。わたしと一緒に訓練を受けてもらう」
これは決定事項、という春香の言い方であった。
クラスで一番の美少女である春香と行動を共にできると言えば大多数の男子は舞い上がるであろうが、田村には重い現実であった。何しろ、勇者=吉野を追放させた元凶という秘密を掴まれているのだ。
「俺なんかで務まるだろうか?」
せめてもの抵抗に田村は実力不足を訴えてみた。
「勇者になれなんて言わない。勇者パーティの一員として働ける力を身につけて」
「何をさせる気だ?」
田村のステータスにはチートもなければ、飛び抜けた特長もなかった。しいて言えば、生命力や耐性が平均より上であるくらいか。つまり打たれ強い。魔法は水と土の属性を持っていたが、魔力は並以下で戦いの役には立たないと言われた。
それに対して春香のステータスは攻撃魔法に偏っていた。火と雷に適性があり、魔力も膨大。遠距離戦ではエースになれる逸材であった。
「言っとくが運動はからっきしだぞ」
自分で情けなくなるが、これは言い訳ではなく事実だ。瞬発力、持続力ともに「中の下」。それが田村という男だった。
「あなたにエースになれとは言わない。なってもらいたいのはサポーターよ」
「サポーター?」
「そう。吉野君やわたしが攻撃に専念できるように支援してほしいの」
昨日一日で分かったことだが、この世界には回復魔法もアイテムボックスもない。戦いは「削り合い」なのだ。
「田村君の役目の一つはポーター。アイテムボックスがないので、これ以上ないくらい重要な役割よ。消耗品やポーションが切れたら、パーティは全滅すると思って」
軍事作戦の要諦は兵站線の維持である。物資が切れれば戦えない。過去の戦争において数えきれない死体がその事実を証明してきた。
「あなた学科の成績は良いじゃない。薬師の勉強をして回復ポーションの作り方を覚えて。武器や防具のメンテナンスもお願い」
「それでサポーターか」
裏方であるが、軍として考えれば極めて重要な機能である。
「それとね――」
「まだやることがあるのか?」
「あるわ。食料よ」
「食料ぐらい、国から出してもらえるだろう?」
「素材をそのまま食べるつもりならね? あなたには料理を覚えてもらう」
「お前がやったらいいじゃないか、料理くらい」
春香のこめかみにピシッと音を立てて血管が走った。
「料理くらいですって? 私には無理よ」
才色兼備の春香であったが、元来ざっくりとした性格で繊細な調理には向いていなかった。トライしたこともあるが、黒い塊とか茶色のねばねばしか作れない。
「あとは裁縫ね」
「俺はおふくろか?」
「旅をすれば服も傷むわ。裸で戦う訳に行かないでしょう?」
現実は過酷だ。魔王を倒す前に、日々を生きていかねばならない。
「とっても大切なのがお金の管理よ」
「俺をお嫁さんにする気か!」
「自慢じゃないけど、わたしは浪費家よ」
家が豊かな春香は小遣いというものを知らない。あれが欲しいと言えば買ってもらえるからだ。それに対して、田村は倹約家だ。なぜそうなったかは悲しくて言えない。
「最後に一番大切なことを言っておくわ」
これ以上何があるというのか? ごくりと唾を呑んで、田村は身構えた。
「分かったでしょうけど、わたしはかなり腹黒いの。でもそれを知っているのはあなただけ。吉野君にばらしたら絶対に許さない――殺すわ。一番苦しい死に方で」
「絶対言いません!」
田村は思った。こいつ、魔王より怖いんじゃないかと。
セイタロウ、ハルカ、そしてユウキの三人組は後年苦難の末、魔王討伐に成功する。三人は伝説の勇者パーティとして語り継がれることになった。魔王討伐の日々の想い出を後年尋ねらると、ユウキはいつもこう答えたらしい。
「戦いはそんなに辛くなかったけれど、いつもドキドキしていたなあ。――ある意味、よく生き残れたもんだ」
セイタロウとハルカはめでたく結ばれ、ギルドの講師として多くの冒険者を育成した。
ユウキは冒険者を引退した後家政科専門学校を開校し、名門としてたくさんの貴族子女教育に貢献したそうである。校訓は「他人の秘密に関わるな」であった……。
(おわり)
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