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第16話 勇者召喚
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女神イルミナを祀る聖廟に籠り、その祭壇の前にミレイユは額づく。
「時の女神イルミナ様、邪なる物から国と民をお守りください。人々に救いをもたらす勇者をお招きください」
王家の繁栄でも自らの安寧でもなく、ミレイユはひたすら国と民の平和のために祈った。すべての護りを失った今こそ、どうか勇者をもたらしたまえと。
どーんと遠い地響きが聞こえるのは、魔犬が城門を破ろうと体をぶつけている音であろう。兵たちの叫び声も聞こえるが、怯えと混乱しかそこには無かった。
「イルミナ様! 光を、お示しください!」
ミレイユは巫女装束のベルトに留められた短剣を抜き、祭壇に捧げた。
「勇者召喚の呼び水となるため、この命お捧げ致します。どうか救いの光をお与えください」
ミレイユの背後には20人の「時の僕」たちが跪き、祈りを捧げていた。
城門からの地響きに、門扉が砕け散る音が加わった。遮るものが無くなった空間に、魔犬の咆哮が響き渡る。
「GwaooOOOOHn!」
ミレイユは唇をかみしめると、祭壇から短剣を取り上げた。震える両手に握り締め、高く宙にかざす。
「どうか光を!」
そのとき女神像が眩く光り輝き、脳裏に言葉が走った。
「人に幸あれ。地上に平和あれ」
聖廟をくまなく覆う真白き光を浴びながら、ミレイユは「時」が満ちたことを知った。今こそ――。
「光の扉よ、開きたまえ。勇者よ、民を救いたまえ!」
すべての迷いと恐れを捨て去り、ミレイユは己の胸に短剣を突き立てた。
噴き出す鮮血のベール越しにミレイユは見た。女神像の前に光る円が現れ、2人の青年が落ちてくる姿を。
見慣れぬグレーの服にぴったりと身を包まれた青年たちは、空中で身を捻り聖廟の床に降り立った。
(これが「勇者」であろうか。そうですね? イルミナ様……)
薄れゆく意識の中、勇者召喚の成功を願いながらミレイユは床に倒れ込んだ。しかし、体を打つはずの衝撃はいつまでたっても襲ってこなかった。
目を開けると、青年の1人が自分を胸に抱いていた。
(え? どうやって祭壇を越えて、一瞬でここまで……?)
「医者はいませんか! すぐに治療を!」
青年はミレイユのために叫んでいた。世界が滅ぼされようとしている時に、見知らぬ1人の女のために。
(ああ。女神様、感謝いたします。ロマーニは勇者を得ました……)
ミレイユの瞼が閉じられ、涙が頬を伝った。
「いけない!」
ミレイユを腕に抱いた青年……WO-9はベルトの救急パックからシリンダーを取り出した。ミレイユの首に押し当てると、冷たい何かが頸動脈に流れ込む。
混濁しかけていた意識が明瞭になり、ミレイユは目を開けた。反対に体の感覚は鈍くなり、胸の痛みが消えて行く。
「痛み止めを打ちました。動かないで」
「姫様!」
転げるように走り寄ったメリーアンが傍らにいた。
「メリーアン……。そんな顔をしないで。わたくしは役目を全うしました。後はイルミナ様のもとへまいるのみ……」
「姫様……」
「そいつぁ随分諦めの良い話だなあ?」
もう一人の勇者が祭壇に寄り掛かりながら、皮肉な笑みを浮かべていた。
「人をはるばる呼び付けておいて、自分が『一抜け』ってことは無いだろうぜ?」
人種が違うのだろうか? もう1人とは肌の色、髪や目の色が違う青年は冷めた目でミレイユを見下ろしていた。
「わ、わたくしは……」
言い返そうとするミレイユを黒髪の青年が遮った。
「喋らないで。肺に血が流れ込むよ。今治療中だから」
(馬鹿な! 短剣は心臓を貫いた。もはや助かる道など……! わたくしはなぜまだ生きている?)
「ブラザー、お人好しにもほどがあるって知ってるか? 取って置きの奥の手をいきなり赤の他人に使うかね、普通?」
「すまない。考える前に体が動いていたんだ」
「考えずにやっちまうところがお前サンらしいがね」
「まったくだわね。あきれたものだわ」
「えっ?」
ミレイユは自分の口から出た言葉に驚いた。喋るつもりなど無かったのに、言葉が勝手に口を突いて出たのだ。
「大丈夫、落ち着いてちょうだい。あなたは正常だから」
(まただ。まるで誰かが勝手にわたくしの口を使っているような……)
「アンジェリカか? 早いな。もうその子の体を乗っ取ったのか?」
「人聞きの悪いことを言わないで。機能の一部をちょっと使わせてもらっただけよ」
「待った! このお嬢さんが混乱する。興奮されると傷に良くないだろう?」
「そうだな。お前から説明してやるのが良さそうだぜ、スバル」
スバルと呼ばれた青年は腕の中のミレイユと目を合わせた。
「驚いたろうが、聞いてくれ。さっき打った鎮痛剤には特殊な成分が含まれている。『ナノマシン』……と言ってもわからないか? 目に見えないほど小さな機械が君の体を修復しているんだ」
「ナノ……マシン?」
「その機械にAI……えーと、『知能』が備わっていてね?」
(この人は何を言っているの? 世界を救いに来た勇者が、何を慌てているの?)
「どうやら君の体を使って、そのAIが喋っているようなんだ。あの、ごめんね」
「ぷっ」
ミレイユはスバルのおどおどした物言いがおかしくなり、思わず吹き出してしまった。
「笑われてるぜ、ヒーローさんよ? 締まらねえなあ」
WO-2は肩を震わせて笑った。
「そういうわけで申し訳ないけど、口をお借りするわ。血管と筋組織の修復はおおよそ終わったので、ゆっくりナイフを抜いてちょうだい。傷口を広げないでね」
「了解。……っと。これで良いかい?」
からんと乾いた音を立てて、心臓を貫いていた短剣が床に捨てられた。
「OKよ。じゃあ名残惜しいでしょうけど、お姫様をそちらのご婦人に渡して」
「ああ。静かに受け取ってください」
「姫様!」
ミレイユはスバルの腕からメリーアンの腕の中に移された。
「血を大量に失っているので絶対安静よ。動かさないようにして頂戴」
「もちろんです、ミレイユ様」
「今のは、わたくしじゃないわ、メリーアン!」
ズーン……!
「おっと、お客さんらしいぜ、スバル」
「この音だと、建物に入り込んだみたいだね」
「勇者様! 魔犬は火を吐く恐ろしい魔物でございます!」
ミレイユを抱いたメリーアンが、2人に警告を与えた。
「ああ、そういう奴なんですね」
「まいったな。俺は愛犬家なんだぜ?」
ブラストは頭を掻いた。
「勇者様、お待ちを! 兵を、近衛兵を集めますので!」
歩きかけていたWO-9はメリーアンの声に振り向いて答えた。
「大丈夫です。ボクたちはこれが専門なので」
「そういうこと。じゃあ、ちょっくら野犬駆除に行って来るぜ。……ああ、1つだけ」
WO-2は足を停めて言った。
「俺たちは勇者じゃない」
「えっ! 何ですって?」
「俺たちは、愛と平和の戦士『ワールド・オーダー』だ!」
驚いたミレイユが口を利けずにいる間に、2人のサイボーグは聖廟から消えていた。
「ワールド・オーダー……。一体あの2人は何者なんでしょう?」
「勇者様ですわ」
「ミレイユ様……」
メリーアンの腕の中、心臓の音を聞きながらミレイユは合掌し、目を閉じた。
「時の女神イルミナ様に祈りを。勇者の降臨に感謝いたします。それも2人……」
声もなく成り行きを見守っていた「時の僕」一同が一斉に跪いた。
◆◆◆
「あれはやりすぎだよ、ブラスト」
「馬鹿、ヒーローはあれくらい目立たないとダメだろう?」
「『愛と平和の戦士』ってやつ、毎回恥ずかしいよ」
王宮を駆け抜けながら、2人は言葉を交わしていた。高速機動装置を使わなくても、すぐにエントランスに差し掛かる。
無人のホールに首を突っ込んだ魔犬が、体を捩って壁を壊そうとしているところだった。
「ふーん? これが『魔犬』ねえ……」
「これ以上建物を壊されないように、外で戦った方が良さそうだね?」
「まあな。おいおい、お前みたいな大型犬はよぉ……」
ブラストは魔犬目掛けて走り出した。
「お外で遊ぶもんだろうがぁ!」
思い切り床石を蹴ったブラストの体は、砲弾のようなスピードで魔犬の鼻先に突き刺さった。
「ブラスト・キーック!」
体重差をものともせず、魔犬は前庭に吹き飛ばされた。反動を利用して、WO-2はふわりと地面に降り立つ。
「時の女神イルミナ様、邪なる物から国と民をお守りください。人々に救いをもたらす勇者をお招きください」
王家の繁栄でも自らの安寧でもなく、ミレイユはひたすら国と民の平和のために祈った。すべての護りを失った今こそ、どうか勇者をもたらしたまえと。
どーんと遠い地響きが聞こえるのは、魔犬が城門を破ろうと体をぶつけている音であろう。兵たちの叫び声も聞こえるが、怯えと混乱しかそこには無かった。
「イルミナ様! 光を、お示しください!」
ミレイユは巫女装束のベルトに留められた短剣を抜き、祭壇に捧げた。
「勇者召喚の呼び水となるため、この命お捧げ致します。どうか救いの光をお与えください」
ミレイユの背後には20人の「時の僕」たちが跪き、祈りを捧げていた。
城門からの地響きに、門扉が砕け散る音が加わった。遮るものが無くなった空間に、魔犬の咆哮が響き渡る。
「GwaooOOOOHn!」
ミレイユは唇をかみしめると、祭壇から短剣を取り上げた。震える両手に握り締め、高く宙にかざす。
「どうか光を!」
そのとき女神像が眩く光り輝き、脳裏に言葉が走った。
「人に幸あれ。地上に平和あれ」
聖廟をくまなく覆う真白き光を浴びながら、ミレイユは「時」が満ちたことを知った。今こそ――。
「光の扉よ、開きたまえ。勇者よ、民を救いたまえ!」
すべての迷いと恐れを捨て去り、ミレイユは己の胸に短剣を突き立てた。
噴き出す鮮血のベール越しにミレイユは見た。女神像の前に光る円が現れ、2人の青年が落ちてくる姿を。
見慣れぬグレーの服にぴったりと身を包まれた青年たちは、空中で身を捻り聖廟の床に降り立った。
(これが「勇者」であろうか。そうですね? イルミナ様……)
薄れゆく意識の中、勇者召喚の成功を願いながらミレイユは床に倒れ込んだ。しかし、体を打つはずの衝撃はいつまでたっても襲ってこなかった。
目を開けると、青年の1人が自分を胸に抱いていた。
(え? どうやって祭壇を越えて、一瞬でここまで……?)
「医者はいませんか! すぐに治療を!」
青年はミレイユのために叫んでいた。世界が滅ぼされようとしている時に、見知らぬ1人の女のために。
(ああ。女神様、感謝いたします。ロマーニは勇者を得ました……)
ミレイユの瞼が閉じられ、涙が頬を伝った。
「いけない!」
ミレイユを腕に抱いた青年……WO-9はベルトの救急パックからシリンダーを取り出した。ミレイユの首に押し当てると、冷たい何かが頸動脈に流れ込む。
混濁しかけていた意識が明瞭になり、ミレイユは目を開けた。反対に体の感覚は鈍くなり、胸の痛みが消えて行く。
「痛み止めを打ちました。動かないで」
「姫様!」
転げるように走り寄ったメリーアンが傍らにいた。
「メリーアン……。そんな顔をしないで。わたくしは役目を全うしました。後はイルミナ様のもとへまいるのみ……」
「姫様……」
「そいつぁ随分諦めの良い話だなあ?」
もう一人の勇者が祭壇に寄り掛かりながら、皮肉な笑みを浮かべていた。
「人をはるばる呼び付けておいて、自分が『一抜け』ってことは無いだろうぜ?」
人種が違うのだろうか? もう1人とは肌の色、髪や目の色が違う青年は冷めた目でミレイユを見下ろしていた。
「わ、わたくしは……」
言い返そうとするミレイユを黒髪の青年が遮った。
「喋らないで。肺に血が流れ込むよ。今治療中だから」
(馬鹿な! 短剣は心臓を貫いた。もはや助かる道など……! わたくしはなぜまだ生きている?)
「ブラザー、お人好しにもほどがあるって知ってるか? 取って置きの奥の手をいきなり赤の他人に使うかね、普通?」
「すまない。考える前に体が動いていたんだ」
「考えずにやっちまうところがお前サンらしいがね」
「まったくだわね。あきれたものだわ」
「えっ?」
ミレイユは自分の口から出た言葉に驚いた。喋るつもりなど無かったのに、言葉が勝手に口を突いて出たのだ。
「大丈夫、落ち着いてちょうだい。あなたは正常だから」
(まただ。まるで誰かが勝手にわたくしの口を使っているような……)
「アンジェリカか? 早いな。もうその子の体を乗っ取ったのか?」
「人聞きの悪いことを言わないで。機能の一部をちょっと使わせてもらっただけよ」
「待った! このお嬢さんが混乱する。興奮されると傷に良くないだろう?」
「そうだな。お前から説明してやるのが良さそうだぜ、スバル」
スバルと呼ばれた青年は腕の中のミレイユと目を合わせた。
「驚いたろうが、聞いてくれ。さっき打った鎮痛剤には特殊な成分が含まれている。『ナノマシン』……と言ってもわからないか? 目に見えないほど小さな機械が君の体を修復しているんだ」
「ナノ……マシン?」
「その機械にAI……えーと、『知能』が備わっていてね?」
(この人は何を言っているの? 世界を救いに来た勇者が、何を慌てているの?)
「どうやら君の体を使って、そのAIが喋っているようなんだ。あの、ごめんね」
「ぷっ」
ミレイユはスバルのおどおどした物言いがおかしくなり、思わず吹き出してしまった。
「笑われてるぜ、ヒーローさんよ? 締まらねえなあ」
WO-2は肩を震わせて笑った。
「そういうわけで申し訳ないけど、口をお借りするわ。血管と筋組織の修復はおおよそ終わったので、ゆっくりナイフを抜いてちょうだい。傷口を広げないでね」
「了解。……っと。これで良いかい?」
からんと乾いた音を立てて、心臓を貫いていた短剣が床に捨てられた。
「OKよ。じゃあ名残惜しいでしょうけど、お姫様をそちらのご婦人に渡して」
「ああ。静かに受け取ってください」
「姫様!」
ミレイユはスバルの腕からメリーアンの腕の中に移された。
「血を大量に失っているので絶対安静よ。動かさないようにして頂戴」
「もちろんです、ミレイユ様」
「今のは、わたくしじゃないわ、メリーアン!」
ズーン……!
「おっと、お客さんらしいぜ、スバル」
「この音だと、建物に入り込んだみたいだね」
「勇者様! 魔犬は火を吐く恐ろしい魔物でございます!」
ミレイユを抱いたメリーアンが、2人に警告を与えた。
「ああ、そういう奴なんですね」
「まいったな。俺は愛犬家なんだぜ?」
ブラストは頭を掻いた。
「勇者様、お待ちを! 兵を、近衛兵を集めますので!」
歩きかけていたWO-9はメリーアンの声に振り向いて答えた。
「大丈夫です。ボクたちはこれが専門なので」
「そういうこと。じゃあ、ちょっくら野犬駆除に行って来るぜ。……ああ、1つだけ」
WO-2は足を停めて言った。
「俺たちは勇者じゃない」
「えっ! 何ですって?」
「俺たちは、愛と平和の戦士『ワールド・オーダー』だ!」
驚いたミレイユが口を利けずにいる間に、2人のサイボーグは聖廟から消えていた。
「ワールド・オーダー……。一体あの2人は何者なんでしょう?」
「勇者様ですわ」
「ミレイユ様……」
メリーアンの腕の中、心臓の音を聞きながらミレイユは合掌し、目を閉じた。
「時の女神イルミナ様に祈りを。勇者の降臨に感謝いたします。それも2人……」
声もなく成り行きを見守っていた「時の僕」一同が一斉に跪いた。
◆◆◆
「あれはやりすぎだよ、ブラスト」
「馬鹿、ヒーローはあれくらい目立たないとダメだろう?」
「『愛と平和の戦士』ってやつ、毎回恥ずかしいよ」
王宮を駆け抜けながら、2人は言葉を交わしていた。高速機動装置を使わなくても、すぐにエントランスに差し掛かる。
無人のホールに首を突っ込んだ魔犬が、体を捩って壁を壊そうとしているところだった。
「ふーん? これが『魔犬』ねえ……」
「これ以上建物を壊されないように、外で戦った方が良さそうだね?」
「まあな。おいおい、お前みたいな大型犬はよぉ……」
ブラストは魔犬目掛けて走り出した。
「お外で遊ぶもんだろうがぁ!」
思い切り床石を蹴ったブラストの体は、砲弾のようなスピードで魔犬の鼻先に突き刺さった。
「ブラスト・キーック!」
体重差をものともせず、魔犬は前庭に吹き飛ばされた。反動を利用して、WO-2はふわりと地面に降り立つ。
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