歴史酒場謎語りーー合掌造りの里五箇山と硝石

藍染 迅

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仕切り直して一杯目 硝石の作り方。

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「さて、お楽しみのレシピ大公開のお時間だ!」
 居酒屋の席に着くなり、須佐は芝居めいた口調で話し出した。
 とりあえずの生ビールは既に発注済みだった。
「ヤバい料理だがな」
「そもそも硝石とは化学式でいえばKNO3。硝酸カリウムを主成分とするものだ」

 植物の葉にはカリウムが含まれる。地面に落ちると腐葉土となり、土壌に吸収される。
 ここに獣が尿や糞をすれば、アンモニアが沁み込む。土壌中にはアンモニアを亜硝酸や硝酸に分解するバクテリアが生息している。作られた硝酸がカリウムと結びついて硝酸カリウムができる。

「それじゃあ日本中の森で硝石が採れるんじゃないのか?」
「そうはいかないらしい。硝酸カリウムは水に溶けやすいので、雨が降ったら地中深く沁み込んで行ってしまう」
「そうか。アンモニアだって水に良く溶けるな。雨の多い日本ではすぐ流されちまう」
「雨が掛からない場所でなければ硝石は採れないだろうね」
「大木の根元とかなら採れるんじゃないか?」
「自然環境の下ではなかなか条件が揃わない。硝化バクテリアが働くにはアンモニアの他に酸素が供給されなければならない。ところが大気中のように酸素供給が多すぎても死んでしまう。そうすると土壌の表面近くでしか活動できないことになる」
「扱いが厄介なんだな」
「アクアリウム愛好家の間では硝化バクテリアをろ過材に定着させて、『硝化サイクル』を確立することがきれいな水槽内環境を作る基本になっているんだと」
「水中でも手間が掛かるんだな」
「水温五度から四十五度、アルカリ性の環境を好むそうだ」
「冬の自然環境では全滅だな」
「地上の環境に話を戻そうか。硝化バクテリアには適度な水分と酸素が必要なのだが、過度の酸素は厳禁だし、水分が多ければアンモニアが流されてしまう」
「アンモニアを留めてくれる環境が無ければ、硝化バクテリアは生きていけないな」
「それを踏まえて、工業化以前の硝石製造方法には三種類の方式があった」
 元技術系らしく、須佐が滔々と説明を続ける。
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