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戦火迫る帝国

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「馬鹿なベルンハルトを許してくれとは言わない、だけど、俺を嫌わないでくれ。もう二度と同じ過ちはしないから。」

ランプの光を受けて、目の前のアメシストの様な美しい紫の瞳から大粒の涙を流していた。

愛おしいシア。
胸を突き動かす俺のただ一人の番。

シアの頬を舐めて、その滑らかな柔らかな頬に軽くキスをした後、俺はあの追憶の話をした。

――――――――――


「まだしてないとは聞いたけど、本当に私でいいの?」

リディアはふるふると手を震えさせながら、聞いてきた。
彼女を抱きしめたい、だけど元老院や貴族達の意見もあって、番であるリディアを抱く前に側室のマリリンを妊娠させろと言われてる。

……俺が数少ない金竜であり、王だからだ。
王族は金竜の王弟もいると言っているが、王は側室在るべきと多数の意見を断ち切れなかった。
なにかと理由をつけて、好きでもない側室を避けていたが元老院に王妃と結婚するならば、側室を孕ませてからだと言われてしまった。
今まだ側室を抱いてはいないが、荒れに荒れた議会の中で決定がされてしまった。


「すまない、リディア。心から…身体さえも君が好きだし、今すぐにでも君を求めているが……王だから……申し訳ない。」
「側室の話を聞いて…私耐えきれないかもしれないわ。だから…お願い。私が王妃じゃなくて良い。私と…別れて欲しいわ。傷物の私よりも…」

リディアは左頬に、俺の当時王だった父を狙った暗殺を庇った際に傷を受け、重傷で、しかも戦地だったことから傷跡が残ってしまった。

彼女は女性騎士で身分も低く、後ろ盾は側室マリリンよりも低い。

「そんな事を言わないでくれ。君を手放せない。会って幸せを知った番を諦めるなんてっ」

俺はギリギリと奥歯をかみしきる。
なんで、こんなにも我慢しなくてはいけないんだ。
彼女の匂いが抱けとそそのかす様に香り誘惑するのを耐えているのに。

「す、すまない。頭を冷やしてくる。私が心から愛しているのはリディアだよ。」

俺は抱きしめたらきっと、押し倒してしまうと思い屋上庭園から出て、下の階に行った。


今日は大赤月の日だ。
彼女には部屋に閉じ籠る様に言ったが、風の様に自由な彼女の事だ。抜け出しそうで怖い。


下の階に降りて、廊下を歩くと側室のマリリンがしなだれて私の手を握った。

「ベルンハルト陛下、今日は大赤月ですって。ねぇ、今日は私の部屋に来てくださらない?」
「すまない、今日は一人でいたい。」
「もう……あはっそうだった。あの女よりも私が好きだとおしゃってくださったら…お父様に打診しても良いですのよ。側室撤廃を………良いですの?ほらチャンスだと思いません?愛する妻が欲しいんではなくて?」
「…………そんな事を口が裂けても言えるはずがないだろっ」

ちゅっ

彼女は蠱惑的な笑みを浮かべ、俺の鼻に軽くキスをした。

気持ち悪い。

リディアとしたい。

「…………」
「ほら?」

私を抱きしめて来たマリリンは、ねっとりと見上げた。

その目に一瞬赤黒いなにかを見た気がしたが、目を瞬くとなにも普通の目があるだけだった。

マリリンは俺の耳元で催促をした。
横目で窓を見れば大赤月が不気味に夜空に上がっている。

愛するリディアの顔を思い出して、リディアの為ならと、俺は重い口を開けた。

「……私は……マリリンが好きだ。リディアよりも……これで満足か。」
「ねぇベッドにいきましょ。それにわかったでしょ?リディア」

彼女は口が裂けたと思う程歪んだ笑顔を見せた。

ことり。

なにか軽い物音が落ちた音がして、ハッとして振り向くと口をパクパクさせて、涙を溢したリディアがいた。
頬に雫を垂らし、微笑む彼女は美しく清廉なその姿に見惚れる。

「そ、そうよね。わかっていたわ。ごめんなさい。」
「ち、ちがうっ」

追いかけようとしたが、マリリンの手が俺の身体を掴み、追いかけられない。

早く行かなければ。

振り払って追いかけようとすると、マントを彼女に踏まれて倒れる。

「や、やめろ!」
「あら、あんな女放っておけばいいじゃない。今日は私と過ごしてくれるのでしょ?」

彼女の魔力がした方向へ駆けたい。

今彼女を手放したら………

二度と帰ってこない嫌な予感がする。
胸騒ぎが止まらない。

彼女がいた場所には剣帯につけるお守りの刺繍が落ちていた。

確か……
彼女が初めて会った時に言っていたのを思い出した。

「戦地や過酷な場所へ行く夫や家族、婚約者が安全と武勲を祈って贈るのが慣わしでいつか私も贈りたいと思える相手に出会いたいものです。」

そういって、自身の剣帯につけた小さなお守りを持ち、これは不器用ながら父が作ってくれましたと語る彼女に教えて貰った。

目の前にいるのが番だとわかってても…
それが王子だとわかったから彼女は諦めようとしていた。

赤黒いモヤが俺の身体に纏わりつく。

「マリリン、絶対お前を許さないっ」
「あら、撤廃はいいのかし」

腕を振り払い、あばずれを吹き飛ばした。

なにを俺は間違えた。

なにを優先するべきか。

彼女を追いかけ、残していったお守りを持ち走る。

彼女の残り香を追いかけて上の階に行くと、ドアは青い氷で塞がれている。

「リディア!あれは違うんだ!君が一番愛しているっ」

ガンガンとてを握りしめて叩いても反応すらない。

気配も感じられない。
嫌な予感と胸騒ぎは、終わらない。

半分竜化して足蹴りする。

ガチャン、バリバリ

凍りついたドアは壊れ部屋が半分ほど、まるで早い真冬の様に冷気が立ち込めていた。

奥へ歩いていく。

ぱりぱり

絨毯はまるで霜柱の様に凍りついている。

どこだ。

「リディア」

テーブルの上には書き殴った様な手紙が残り開け放たれた屋上庭園に続く扉が開いていた。

手紙を拾い見た。

今までありがとう。

さようなら。
いつかまた────
輪廻の先で会える事をお祈りします。

下にはインクをぐちゃと消し跡があるがなんとか読み取る。

また貴方とはダメになるなんて、それが運命なのかもしれませんね。

また。

その言葉に、私が口に手を当ててやはり彼女も記憶を持っていたと確信した。

泣いたのだろう、凍りついた涙の後。

思い出に残る節々に少し見せてくれるあいつやクラウディアの破片に私は喜びを隠せなかった。

私があの相手なんだと伝えようとするとマリリンが邪魔をする。


「リディアっ!!」

俺は追いかけて扉の方へ向かうと、屋上庭園の方は花や木がまるで時が止まった様に全てが凍りつき、端の方で崩れた残骸がある。

彼女が竜化して飛んだとわかった。


追いかけて私も竜化して追いかけよう。

竜化して、風魔法を無詠唱しながら併用して勢いよく空へ舞い上がる。

………彼女を追いかけて飛んでいるが気配はない。

いや近いのに遠く感じる。

なんなんだ。

残り香はすっぱりと断ち切られた様にない。

死んだ?

まだ儀式さえもしてないので死んだのかさえも、わからない。

きゅるるるー

求愛の声を上げて、各地を彷徨うが反応はない。

幾日が経っただろう。

俺は去ってしまった彼女を探せなくて、王城へと戻る。

絶望感が頭にしかなかった。

なにもかもが………

色褪せてみえる。

彼女が残したお守りと手紙が唯一とても大切でかけがえのないもので。


「王よ、今側室撤廃の決議をしました。」
「私は王位から降りる。ただ一人さえも守れなかった王など……誰も守れない。私はなにもしたくない。」


リディアの魔力の気配も近い様で遠い感覚に項垂れる。呆然としながら、弟のディートフリートに口伝や伝えるべき事を話す。

ため息しかない。

「無事にディートフリート様が王となられました。そういえば、先ほどリディア様の事でお伝えしたいとエトヴィン枢機卿の方がいらっしゃってます。」
「それは!?通してくれっ」

俺はわずかな可能性を求めて、国政や王族には余程のことがない限り尋ねて来ない珍しい来客に驚いた。

「失礼します、ベルンハルト殿。……すっかり痩せておられますな。」
「あぁ、気にするな。それよりリディアとの事だが。場所がわかったのか?」

俺は希望を求めて、目の前にいる厳しい枢機卿を見た。

「………先に酷ですし、申し上げましょう。再びお会いになるのは…不可能だと申し上げます。」
「な、なぜだ!」

まるで奈落に落とされた様な感覚。

「私は以前リディア様に助けていただいた縁がありまして…ある日教会で見習いと共に、早くリディア様が見つかる様に祈りを捧げてました。その時、その場にいた者全員がその風景を見ました。この世と思えない季節関係なく様々な花が咲き乱れ、夢のように美しい楽園の中で微睡むリディア様を見ました。その時全員の耳に囁く様に、男や女の声と重なって聞こえる不思議な歌声で彼女は命の灯火が消えるその時まで永遠の微睡みについたと。」

ことり。

俺の手からお守りが落ちた。

慌ててそれを取り、枢機卿は私共は国政には携われませんが、側室制度は今後絶対にあってはなりませんね、神々の楽園へ招かれてしまうでしょうと言い、去っていった。


私はそこから絶叫し、バルコニーを出て、竜化し聖地まで行ったのは覚えている。

返してくれ。

俺は聖地でそう叫んだのは覚えている。
それからは覚えていない。
なにもかも王だったのが……
いや、自分の甘さが原因していた。

何を一番にすべきか。

それを間違えていた。

昔、小さい頃に聞いた御伽話。
番を大切にしないと楽園の竜籠に番が連れて行かれる。

今は亡き父が語ったその言葉を今更思い出した。
そこからは俺は意識を無くした。


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