愛が重いなんて聞いてない

音羽 藍

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紅蓮の烈火の章

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緩やかに水の底へ落ちていく。

ゆらりとまるで水の中で煌めくベールをしたクリスタルを触る。

触れたいという気持ちと触れては行けない様な気持ちだったが、身体は自動的に動いて触る。

それは少し前に見たリディアの追憶だと気がついた。

鏡に映るしなやかな肢体、銀髪の麗しの女性。
彼女いえ……私は扉を開けて、静かに下の階へおりていく。

《…………言える訳がないだろ!》

手に握りしめた御守りを抱えてそろりと声のした方へ歩いていく。

《未だ側室マリリンとは抱いていないと言っていたけれど本当?》

リディアは独り言を言いながら声のした方へ顔を覗かせた。

ちゅっ

ピンク色の髪に緑色の瞳の蠱惑的な笑みを浮かべ、彼とキスをしたのだろう。

こちらからは金髪の男の背中なのでわからない。

あぁ

あんなに親密そうにしている。

彼が陛下なのだろうか。
リディアの胸が痛い程その背中の人を求めている。

リディア(私)は?

リディア(私)のいる意味は?

「…………」

側室マリリンは見上げ、彼を抱きしめた。

マリリンと彼になにかを囁きそして、私を見つめ、口の端は一瞬悪魔の様に笑う。
横の窓を見れば大きな赤月が不気味に上がっている。

「……私は……マリリンが好きだ。リディアよりも……これで満足か。」
「ねぇベッドにいきましょ。それにわかったでしょ?リディア」

彼女は口が裂けたと思う程歪んだ笑顔を見せた。

ことり。

その音でその時、リディアが考えていた事が手に取る様に思い出してきた。

持っていた御守りはとてもいらなく感じた。

これを彼に作っていた理由も、リディア(私)が彼に向けていた純粋に一緒にいてほしかった気持ちも。

あの時、クラウディアの添い遂げる事が出来なかった約束も。

御守りが落ちて軽い物音が響いた。

涙はまるで止まる事を知らない。

振り返って驚いた表情をした歳をとったユリウスに似ている人は彼がリディアの番なのだろう。

あぁ、リディアの追憶と共に考えている心さえも手に取る様にわかってくる。
私とリディアのこの記憶は同化していく。
まるで忘れるなと言っているように。

私の頬からは大粒の雫を垂らし、それでも私は微笑んだ。

彼が好きなのは誰だ?
無理をさせていたのでは?

少しの希望は言える訳がないという言葉だけ。
どちらともとれる。

私を愛していないけど、番だから言えなかった。

それとも……
彼は側室マリリンに弱味を握られて唆されたのか?
淡い気持ちも今日でお終いだ。

「そ、そうよね。わかっていたわ。ごめんなさい。」
「ち、ちがうっ」


私は振り返り、上の階へ駆け上がる。
私はお人形ではない

嘘をつくなら初めから……
私を選んで欲しくなかった。

あの時私は彼が番だとわかっても、なかった事にしようとした。
それで良かったのに。
私は騎士で身分が低い。

《マリリンは元老院の貴族の娘で由緒ある家系だものわかっていたわ……》

後ろ盾ある子とない子の差は大きい。

心は冬の朝の様に深々と冷えている。
パリパリと歩く事に冷気が広がっていく。

なのに、私はなかった事にしようとしたのに、それを彼はわかっているのに、私を選んだ。

ドアも全て凍らしていく。

暫く一人になりたい。

ほら、あの人は追ってこない。

私は薄ら笑い、手紙を最後に書く事にした。

私の中にある小さな幸せと決別する為に。

今世は叶えられなかった。

ごめんね、私。

今度は浮気しない人が良いな……
せめて、欲は言わないから。
私だけを愛してくれる人を。

涙は止まらない。

ぼたっぼたっと溢れていく。



今までありがとう。

さようなら。
いつかまた────
輪廻の先で会える事をお祈りします。

また貴方とはダメになるなんて、それが運命なのかもしれませんね。

いやこの部分は確定ではない。
でも……
嬉しそうに笑ったり、優しく撫でてくれる姿がジークフリートやあの人に重なって見えて、また貴方との所からインクをぐちゃと消しておく。

少しじっくり見たら見えてしまうかもしれないけど、もう書き直す気力すら起きない。

バルコニーに向かい、屋上庭園へ向かう。


浮気は嫌いだ。

私のいる意味を無くす。
そして、私を否定する。

浮気するなら、私に愛しているなんて言わないで欲しい。
誰か他の人を愛する口と身体で触って欲しくない。
そして、私を手放してほしかった。

私は待ち続けて、あの人のその隣に他の人がいるなんて………



タエラレナイ



バリバリバリ


草木が凍りつき、倒れていく。


あぁ、この夜空を飛んだらどこまでも飛んでいけそうだ。


私は竜化して風の魔法と共に飛び立った。

羽ばたいて飛んでいくと夜空の向こう、聖地の方から不思議と懐かしい歌声が聞こえた。

それに誘われるまま、羽ばたく。

早くその方向へ行きたい。


ざわりと黒いなにかがいたが、更に強く魔力を使い羽ばたいて飛んで行ったら追いつけなかったようだ。

《おいで……可愛らしい我が子……おやすみなさい》

金と銀の美しい門が開き、私を迎えた。

一歩入ると門は閉まり、季節関係なく様々な花が咲き乱れ、夢のように美しい楽園がそこにあった。

全てに疲れた私はそこで眠りについた。

あぁ

もうなにもしたくない。



何重にも重なって聞こえた不思議な声。

グワっ

金色の竜の男性と銀髪の美しい女性は私を押し戻した。


――――――――――――


「正装か……」

寝ぼけながら、痛む身体で起きる。
ボソッと彼が扉を開けて不穏な事を考えながら食事を用意してくれたようでテーブルに食事を置いた。

「……おはよう。」

私は身体に神力を使いなんとか治しテーブルの方へ行こうとしたが彼に止められた。

「シア疲れてるだろ?運ぶから。」

ふと身体をみたら汗や色々な体液で汚れていた身体はすっかり綺麗になっていて新しい衣服と下着になっていた。

「お風呂入れてくれたの?ありがとうね。」
「あぁ、少し……ふふっ寝ていて意識ない君はまた別の色気があって良かったよ。」
「……なにもしてないよね?」
「……してないと思うか?」

質問に質問で返された。
抱っこされて、ソファーの所にユリウスが座り、案の定ユリウスの膝の上に座らされる。

「もう……」

膨れっ面をした私をユリウスは、なにか心配そうな表情をしたユリウスは頭に優しくキスをしてくれた。

「あのさ……少し数日仕事で出掛けてくるから家に居ないから。家に居てくれる?」
「仕事?」
「冒険者の方で……緊急通達が来た。とあるダンジョンから魔獣が出てきたと報告があって。最奥はまだ未到達らしいから一応高ランクの俺にも来ていた。」
「気をつけてね」
「もし不安なら、公爵家の方で過ごして貰っても構わない。どっちが良い?」
「ここで良いわ、厨房にいけば食事はあるのでしょ?」
「まだ停止の指示は出してないから大丈夫だが。独り身だから気をつけて。」
「もし、なにかあったら竜化するし、ホームに転移するから。心配しないでよ。あと古城探索もしなきゃだし。」

ユリウスは心配そうにじめっとした視線を投げかけてくるが、私は安心させる様にユリウスの頭を撫でる。
チラリと彼の疑う様な視線を向けられたが私は笑った。

「……わかった。本当に危なくなったら屋敷見捨てていいから。物は何度でも再建はできるけど、君だけは取り戻せないから。」

ユリウスにあーんされて食事を取り、別れが少し寂しさと居ないといういつもとは違う事にわくわくが混ざり複雑な内心だった。


――――――――――――

窓から中庭の彼が去って旅立った様子を眺めて終わって古城探索をした。

図書塔の中は色々な楽譜や本が紛れ込んでて紙にとりあえず片っ端から一覧をつけている。

楽譜と本を分けていく。

カリカリと羽ペンで書いていく。

インクをつけたそうと思ったが壺は空だった。
インクないと思ったのでとりあえずここまでにする事にした。

インクってどこだっけと思い出したが、とりあえず屋敷に戻る。

ユリウスの執務室のインクを借りるかと思ったが、一応王族だし、婚約しているが、見てはだめな書類があるかもしれないと考え悩む。

ふと窓を見ると昼間だと気がついて、厨房に行った。

小鍋から料理を皿によそい、厨房横の部屋のテーブルとソファーで食べてしまうかと思い、そのままスプーンを用意して食べた。

食べながら、考えると買ってくれば良っかと思いついた。

家に居てくれと言われたけど、離れてるし、わからないよね?と思いついた。

少し出かけるだけなら大丈夫だと。
逆鱗を隠す様にスカーフと秋なのでフードを被っていても不審がられないし、大丈夫だろう。

「うん、そうしよう。」

私はルンルンとして皿とスプーンを洗い片付けて、出かける準備をする事にした。


自室に戻り一息つく。

彼にそばに居て欲しいと言えなかった。
彼を必要としている人達がいるのに。
私のわがままで引き止めたくなかった。

なるべく彼に気が付かれない様に考えない様にしていた。
ユリウスは私の事に関しては本当に、直ぐ気がつく。

「嫌わないでか。」

鏡に映る首についた婚約者の証である装飾品が光った。

ユリウスはきっと。
浮気はしないはずだ。
私だけを愛してくれるはず。

もし怖いなら約束をしよう。
そしたら、きっと私……
リディアの心も納得してくれる気がした。

それにこのまま自室いて、考えていたら追憶に気持ちが惹きつけられて泣いてしまう気がして、落ち込んでしまいそうだ。

今はいないユリウスを想って。

いつかリディアの事を思い出せたら教えてくれと懇願してきた彼に話したら醜い自分がでてしまいそうで怖い。

私は首を振り出かける準備をした。
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