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忍び寄る闇
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「シア?」
ユリウスは抱き締めてくれていた手を外して、顔を見ようとしたのか少し離れた。
でも、私はユリウスの顔が見れなかった。
ある考えを思いつき、その考えが頭の中を支配している。
私は逃げてはいけなかったのか。
私はユリウスを利用した?
足下が氷上でヒビが入った様な気がした。
薄い氷の下は底無しの氷水なんだと今更気がついた。
私は下を向いて一歩下がる。
「ご……ごめんなさい、ユリウス」
うわ言のように、それだけを言って、だめだと私はまた一歩下がる。
きゅるる
ユリウスから、求愛のような鳴き声が聞こえた。
瞳孔が縦長に伸び、竜化しかけている美しいキラキラとした青い瞳には、純粋な悲哀が充ちている。
思わず胸を後ろからど突かれた様な衝撃が走る。
その表情は…離れないでと考えているに違いないと、気がしたのは私の勝手な思い込みか。
私は内心で自嘲し、薄笑った。
ふとその時昔エナが甘えるような口調がうまく、私が褒められる時に限って邪魔するので悩んでいた小さい時を思い出した。
人の心は簡単には分からない。
…だから言葉に出して伝える。前進か後進なのかはその後考えれば良いと。
悩んでいた私にそう教えてくれた父さんはそう言って、元々病弱だから時々元気なくてごめんねと言っていた、申し訳なそうにするお母さんの世話をしていた。
そうしてから母さんは窓を見ながらどこか遠くを眺めていた。
「シア、どうした?」
「ちがうの、ユリウスを」
その光景を思い出していたが、ユリウスの焦った声を聞いて心の奥底から声が聞こえた気がした。
私は無意識のうちに利用したのか。
目の前の純粋に私を好きだと言ってくれた青年を利用したのか。
裕福そうな服装のユリウス。
私を愛してくれるから。
ちがう…
ちがうの。私は……ただ。
「一目会いたくて…」
あの瞳をもう見れなくて下を向いた。
無意識に背後へと下がってしまい、こつんこつんと小さく鳴り響いた靴の音で、ようやく気がついた。
コツン。
その時足に当たったナニカに気がついた。
「シア、なにか勘違いしてないか!」
「私は…ユリウスを利用したんじゃないの。本当に…一目会いたくて。」
顔を見れない。
邪な気持ちの私を嫌ってしまっただろうか。
もし…私を嫌った目や表情、言葉をしていたらと怖くて、大好きだったユリウスの青い瞳さえ見れない。
前進か後進か。
利用しようとしたんじゃない。
宙ぶらりんの私は何をしたら彼に愛していたからこそ、竜王国ここに来たと。
彼がたとえ平民であっても、必要としているのだと。
わかってもらえるだろうか。
開いてる窓からぞくぞくするような寒気が流れてきて嫌な予感が高まる。
震えた私は身じろぎして揺れた足元の方でパカっと何かが開いた音がしてびっくりした。
「え?」
ゾッする様な血の臭いと黒赤い煙が下から巻き上がる。
黒赤い煙を吸ってしまい、神力と魔力を抑えていたバランスを崩れていく。
モクモクとそれは部屋中に広がり、ユリウスは絡みつくそれに抗う様に腕を振り、もがき耐えている。
完全解放になってしまった瞬間、ゾワゾワした声が背後からした。
「《隕九▽縺代◆》」
ソレを聞いてから、黒赤いソレは私を背後から抱きしめる様に包まれ、真っ黒くなり砂の様に纏わりつく。
正体がわかったコイツはアレだ。
全ての元凶。
でもコレは本体ではない、瘴気で構成された怨霊。
私はギリッと、全てを奴に仕組まれた事に今更気がついて、奥歯を噛み締めた後、問うた。
「ヴァルターか?」
それは一瞬のはずなのに、スローモーションの様にゆっくりに感じる。
ザワリとソレは末恐ろしい声で言った。
「《今頃気がついたか、クラウディア》」
既に遅いと嘲笑い、楽しそうに言った。
私は無意識のうちにユリウスの方へと手を伸ばしそうになった。
だめだ、ユリウスは王族だし、さっきも利用したとユリウスが警告していた。
迷惑はかけられない。
ユリウスに危険な目にあって欲しくないという願いと助けてという相反した思いに心が引きちぎれそうだ。
それでも…再びユリウスに会えて、ユリウスにほんの少しの期間だけど愛してくれたから、それを冥途の土産にしよう。
「俺を…見て手を!シア!」
視界ほぼ全てが真っ黒の瘴気に包まれる最中、彼が瘴気に蝕まれて苦しそうにしながら手を伸ばしてくれた。
ユリウスの手が後少しで手が届きそう。
それだけはとても嬉しかった、例えもうこの時点で私は奴の術にかかってしまって移動するしかない事状態でも。
揺れる瘴気の中で、微かにユリウスの焦った顔が見えた。
いつかまた。
私は声に出ない声でそう言った。
今回は転生できたのだ。
今回は失敗しちゃったけど、また転生した先でいつか会えたら。
闇はユリウスを拒み、入り口を閉めた。
転移したと思うと、深い闇の奈落の底へ落とされた。
それでも…まだ。
ユリウスの焦った顔を思い出して、心に希望が少し沸いた。
まだ力はある。
上手く逃げてみせる。
それでもだめだったら転生に期待する。
ゴホッ
瘴気に咽せながら、神力と魔力のバランスや操作を崩されてるから余り上手く使えないけど。
「《顕現せよ、常闇を凍つかせ万年氷》」
ばくんっと瘴気で心臓が悲鳴をあげて、無理矢理ゴリ押しで動かした。
大丈夫、まだ生きてる。
私は攻撃力は特筆してないし、相性もいまいちなので、あいつを倒せないけど、逃げるのならまだできる。
「《クラウディア諦めろ、あの男は来ぬぞ…我が手に堕ちろ》」
ざわざわと下の方から闇にまた包み込まれそうになった瞬間、闇ごと氷付いていく。
「《リターン:天幻の間》」
そして、私は転移した。
―――――――――――――
ぱくぱくと愛するシアがなにかを言おうとしていたが声は聞こえない。
だけど、口を開けて喋った形からわかった。
いつかまた。
その言葉に俺はリディアを失ったあの日読んだ手紙と最後に見た微笑みを思い出した。
泣きながら微笑んだ彼女と重なって見えて、繰り返したくはないと心臓が早鐘を打ち、手が震えた。
しゅんと闇は途切れ、俺の目の前から愛するシアは消えてしまった。
俺は呆然と自分の手を眺めるとそこには俺の手が普通にあるだけ。
後少し。
伸ばした手の先は届かなかった。
なんでシアが奪われなくてはいけない。
あの不気味な奴とシアが交わしていた言葉。
まだ、道があるのか。
そう思っていたら彼女の魔力を何処にも感じなくってしまった。
――――――――
その日、黄昏が終わり夜の異常な程の冷気が竜王国の王都で漂っていた。
人々はなぜだが胸騒ぎをして、番のいる者は番を抱き締め、子供を護る様に匿う。
その瞬間、王都に絶望の咆哮が轟いた。
―――――――――
悲しみで咆哮を上げた後、俺は目線の片隅に映ったそれを見てまだ希望がある事に気がついて、竜化しかけて狂いかけていた精神が元に戻る。
まだ……彼女が生きている。
唯一腕輪だけが光り、ぐるぐると回転しながら道筋を指し示す。
簡易の言葉を贈る機能で、それは伝えられていた。
トテモキケンマダワタシヲヒツヨウシテクレルナラサイショニアッタバショキテ
ユリウスは抱き締めてくれていた手を外して、顔を見ようとしたのか少し離れた。
でも、私はユリウスの顔が見れなかった。
ある考えを思いつき、その考えが頭の中を支配している。
私は逃げてはいけなかったのか。
私はユリウスを利用した?
足下が氷上でヒビが入った様な気がした。
薄い氷の下は底無しの氷水なんだと今更気がついた。
私は下を向いて一歩下がる。
「ご……ごめんなさい、ユリウス」
うわ言のように、それだけを言って、だめだと私はまた一歩下がる。
きゅるる
ユリウスから、求愛のような鳴き声が聞こえた。
瞳孔が縦長に伸び、竜化しかけている美しいキラキラとした青い瞳には、純粋な悲哀が充ちている。
思わず胸を後ろからど突かれた様な衝撃が走る。
その表情は…離れないでと考えているに違いないと、気がしたのは私の勝手な思い込みか。
私は内心で自嘲し、薄笑った。
ふとその時昔エナが甘えるような口調がうまく、私が褒められる時に限って邪魔するので悩んでいた小さい時を思い出した。
人の心は簡単には分からない。
…だから言葉に出して伝える。前進か後進なのかはその後考えれば良いと。
悩んでいた私にそう教えてくれた父さんはそう言って、元々病弱だから時々元気なくてごめんねと言っていた、申し訳なそうにするお母さんの世話をしていた。
そうしてから母さんは窓を見ながらどこか遠くを眺めていた。
「シア、どうした?」
「ちがうの、ユリウスを」
その光景を思い出していたが、ユリウスの焦った声を聞いて心の奥底から声が聞こえた気がした。
私は無意識のうちに利用したのか。
目の前の純粋に私を好きだと言ってくれた青年を利用したのか。
裕福そうな服装のユリウス。
私を愛してくれるから。
ちがう…
ちがうの。私は……ただ。
「一目会いたくて…」
あの瞳をもう見れなくて下を向いた。
無意識に背後へと下がってしまい、こつんこつんと小さく鳴り響いた靴の音で、ようやく気がついた。
コツン。
その時足に当たったナニカに気がついた。
「シア、なにか勘違いしてないか!」
「私は…ユリウスを利用したんじゃないの。本当に…一目会いたくて。」
顔を見れない。
邪な気持ちの私を嫌ってしまっただろうか。
もし…私を嫌った目や表情、言葉をしていたらと怖くて、大好きだったユリウスの青い瞳さえ見れない。
前進か後進か。
利用しようとしたんじゃない。
宙ぶらりんの私は何をしたら彼に愛していたからこそ、竜王国ここに来たと。
彼がたとえ平民であっても、必要としているのだと。
わかってもらえるだろうか。
開いてる窓からぞくぞくするような寒気が流れてきて嫌な予感が高まる。
震えた私は身じろぎして揺れた足元の方でパカっと何かが開いた音がしてびっくりした。
「え?」
ゾッする様な血の臭いと黒赤い煙が下から巻き上がる。
黒赤い煙を吸ってしまい、神力と魔力を抑えていたバランスを崩れていく。
モクモクとそれは部屋中に広がり、ユリウスは絡みつくそれに抗う様に腕を振り、もがき耐えている。
完全解放になってしまった瞬間、ゾワゾワした声が背後からした。
「《隕九▽縺代◆》」
ソレを聞いてから、黒赤いソレは私を背後から抱きしめる様に包まれ、真っ黒くなり砂の様に纏わりつく。
正体がわかったコイツはアレだ。
全ての元凶。
でもコレは本体ではない、瘴気で構成された怨霊。
私はギリッと、全てを奴に仕組まれた事に今更気がついて、奥歯を噛み締めた後、問うた。
「ヴァルターか?」
それは一瞬のはずなのに、スローモーションの様にゆっくりに感じる。
ザワリとソレは末恐ろしい声で言った。
「《今頃気がついたか、クラウディア》」
既に遅いと嘲笑い、楽しそうに言った。
私は無意識のうちにユリウスの方へと手を伸ばしそうになった。
だめだ、ユリウスは王族だし、さっきも利用したとユリウスが警告していた。
迷惑はかけられない。
ユリウスに危険な目にあって欲しくないという願いと助けてという相反した思いに心が引きちぎれそうだ。
それでも…再びユリウスに会えて、ユリウスにほんの少しの期間だけど愛してくれたから、それを冥途の土産にしよう。
「俺を…見て手を!シア!」
視界ほぼ全てが真っ黒の瘴気に包まれる最中、彼が瘴気に蝕まれて苦しそうにしながら手を伸ばしてくれた。
ユリウスの手が後少しで手が届きそう。
それだけはとても嬉しかった、例えもうこの時点で私は奴の術にかかってしまって移動するしかない事状態でも。
揺れる瘴気の中で、微かにユリウスの焦った顔が見えた。
いつかまた。
私は声に出ない声でそう言った。
今回は転生できたのだ。
今回は失敗しちゃったけど、また転生した先でいつか会えたら。
闇はユリウスを拒み、入り口を閉めた。
転移したと思うと、深い闇の奈落の底へ落とされた。
それでも…まだ。
ユリウスの焦った顔を思い出して、心に希望が少し沸いた。
まだ力はある。
上手く逃げてみせる。
それでもだめだったら転生に期待する。
ゴホッ
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「《顕現せよ、常闇を凍つかせ万年氷》」
ばくんっと瘴気で心臓が悲鳴をあげて、無理矢理ゴリ押しで動かした。
大丈夫、まだ生きてる。
私は攻撃力は特筆してないし、相性もいまいちなので、あいつを倒せないけど、逃げるのならまだできる。
「《クラウディア諦めろ、あの男は来ぬぞ…我が手に堕ちろ》」
ざわざわと下の方から闇にまた包み込まれそうになった瞬間、闇ごと氷付いていく。
「《リターン:天幻の間》」
そして、私は転移した。
―――――――――――――
ぱくぱくと愛するシアがなにかを言おうとしていたが声は聞こえない。
だけど、口を開けて喋った形からわかった。
いつかまた。
その言葉に俺はリディアを失ったあの日読んだ手紙と最後に見た微笑みを思い出した。
泣きながら微笑んだ彼女と重なって見えて、繰り返したくはないと心臓が早鐘を打ち、手が震えた。
しゅんと闇は途切れ、俺の目の前から愛するシアは消えてしまった。
俺は呆然と自分の手を眺めるとそこには俺の手が普通にあるだけ。
後少し。
伸ばした手の先は届かなかった。
なんでシアが奪われなくてはいけない。
あの不気味な奴とシアが交わしていた言葉。
まだ、道があるのか。
そう思っていたら彼女の魔力を何処にも感じなくってしまった。
――――――――
その日、黄昏が終わり夜の異常な程の冷気が竜王国の王都で漂っていた。
人々はなぜだが胸騒ぎをして、番のいる者は番を抱き締め、子供を護る様に匿う。
その瞬間、王都に絶望の咆哮が轟いた。
―――――――――
悲しみで咆哮を上げた後、俺は目線の片隅に映ったそれを見てまだ希望がある事に気がついて、竜化しかけて狂いかけていた精神が元に戻る。
まだ……彼女が生きている。
唯一腕輪だけが光り、ぐるぐると回転しながら道筋を指し示す。
簡易の言葉を贈る機能で、それは伝えられていた。
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