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葉薊【ハアザミ】

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僕の幼馴染は変わっている。

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 僕の幼馴染は変わっている。

 無類の研究好きで、休日になると庭の物置を改造して作った研究室に閉じこもり、日夜怪しい実験に没入している。

 学校では品行方正なインテリ眼鏡男子なのに、休日になるととたんにだらしなくなり、着古したシャツの上によれよれの白衣、瓶底眼鏡、髪の毛もぼさぼさという、ある意味変わり者の博士(自称)にふさわしい見た目になる。

 土日はメッセージアプリの返信すらほとんど寄こさないその幼馴染に誘われ、僕は今日こうして遊びに来たわけなのだが……。


「飲み物を持ってくるからてきとうに寛いでいてくれ」


 てっきり物置……じゃなくて研究室に通されるかと思ったら、案内されたのは幼馴染の部屋だった。

 研究室は酷い有様だが、こちらは相変わらずモデルハウスばりに整頓されている。本棚の中身は、一般受けは難しいだろう小難しい論文や図鑑ばかりだが。


(それに今日は白衣じゃなかったな)


 たまに生存確認にいくと必ず身に着けている白衣姿ではなく、よれてもいない、なんなら新品同様のパーカーとスラックス姿だった。髪型も綺麗に梳ってあって学校で見る姿とそう変わらない。

 いったいどんな心境の変化があったのだろう。緊張しながら幼馴染が戻ってくるのを待った。


「待たせた」


 お茶請けとジュースの入ったグラスを手に、幼馴染が戻ってくる。
 盆にのせたそれらをてきぱきとテーブルの上に並べていくのをちらちら盗み見ながら、僕は意を決して聞いてみた。


「どうしたの、タマ」


 断っておくが猫を呼んだわけじゃない。僕の幼馴染は珠緒たまおといって、僕は幼少期からタマというアダナで呼んでいるのだ。

 そのタマが小首をかしげ、僕の質問を穴を指摘する。


「どうしたのとは、具体的に何に対しての疑問だ? 普段返信すらロクに返さないくせに、家に誘ったことか? それとも、この服装のことか?」


「えっと、どっちも」


 足りない部分を補ってもらってから再び疑問を投げかけると、タマはお盆を脇に置いてから説明してくれた。


「まず、いきなり呼びだしたことに関してだが、ボクは実を言うとここのところキミに関する研究を行っていて、昨日ようやく結論が出たので、満を持してキミを我が家に招いたのだ」


 僕に関する研究とはいったい……。ちょっと怖い響きに息を呑む。

 だが、一方で、休日には実験に夢中になってしまうと思っていたタマが、以外にも僕のことを考えてくれていたことを知り、ひそかに胸が躍る。

 何を隠そう僕はタマが好きだ。

 休日は室内にこもりきりだからか、日焼けとは無縁の白い肌も、ビタミンD不足で伸び悩んでいる背丈も、知的そうな見た目なのにどこか抜けているところも全部全部、可愛いと思っている。


「それと、もう一つの質問だが、これも一つ目の答えと関連している。言うならば、最低限の礼儀というやつだな」


「タマが礼儀を気にするなんて……!」


「ボクだってやればできる」


 それは知っている。でなければ平日も休日と同じような格好で、気にせず登校しているはずだ。

 そうではなく、水臭いじゃないかとショックだったのだ。

 僕とタマの間に、今更礼儀なんて必要はないはずだ。なんだか距離が離れてしまったようで、有頂天から一転地の底に転がり落ちた気分だ。


「では、さっそく本題に入ろう」


 ショックを受けていると、タマがもそもそと動き始めた。
 
 四つん這いになって僕の方に近づいてくる。

 その手には、五円玉が握られていた。しかも穴に糸が通されていて……。あれ、これって、もしかして。


「今からお前に催眠術をかける」


「ど、どうして?」


 真剣な表情でどんどん近づいてくるタマを見つめつつ問うと、ふいにその白い頬が桜色に染まった。

 こんなかわいい顔を至近距離で見せられて我慢しろとか、神様、これは試練かなにかですか。


「ボクはどうやら、キミに恋をしているらしい」


「……え?」


 白昼夢でも見ているのか、あるいは聞き間違いか。今、タマは何と言った?

 僕を好きだと、そう言わなかったか。

「メッセージも無視しているわけじゃない。ただ、キミからの連絡が来るとキミのことばかり考えてしまって、大好きな研究に集中できなくなる。これはボクにとって由々しき事態なのだ。だから休みの日はあえて電源を落として、携帯電話を見ないようにしている」


 あんまりにも可愛い告白に、夢でもいいかと思えてきた。

 研究という高い壁を越えて、タマの一番になるなど到底無理な話だと思っていたが、僕の勘違いだったというわけか。

 ところで。


「それと、催眠をかけるのとにいったい何の関係が?」


「だから一度でいいからボクを抱いてほしいのだ」


「だっ……」


「もちろん、同性からの告白など抵抗があるだろうとわかった上で頼んでいる。しかしながら、愛するキミに苦痛を強いるのは本意ではない。そこで、これが一役買ってくれるわけだ」


 最近ではバラエティですらお目にかからなくなった、ベタな催眠術の道具を見せつけて、タマは得意満面に笑みを作った。


「これでキミを一時ボクにめろめろにしてしまえば、ボクを抱くことに抵抗がなくなるだろう? さらに、催眠術を掛けられている間の記憶は消せるそうだから、忌まわしい記憶として残ることもないというカラクリだ」


 とても悲しいことを自信満々に言う。

 たまらず僕は聞いた。


「一度でいいの?」


「もちろんだ。ボクはそれを思い出として大切にとっておく。もしも記憶が残ってしまったら、それは申し訳ないが……。その時にはボクを殴っても構わないし、絶交なり罵倒なり、キミの好きなようにしてくれ」


 この子は、頭脳明晰で授業の成績もずば抜けて良いくせに、それこそ教科書に載らないような曖昧な心の機微に関しては、とてつもなく疎い。

 一度抱かれて満足だなんて、そんな思い出を大切にとっておけるはずがない。日が経つにつれ後悔と欲望に苛まれ、深く傷つくことになる。


「そう、分かったよ」


 だから、僕がわからせてあげなくちゃと思った。

 そもそもこっちの意志も確認せずに、僕の気持ちを決めつけているあたりも腹が立つ。

 僕だって、ずっと前からタマのことだけ考えて生きてきたのに、そのタマとの、大事な最初のエッチの記憶を消されてたまるものか。


「協力してくれるか。安心してくれ、きちんとゴムも用意して……、ん、んん?」


 御託を並べるその口を、無理やりふさいでしまう。


「んっ……ちょ、ちょっと待て。まだ催眠術をかけてな……あ、んんっ」


 性懲りもなく囀ろうとする唇を、先ほどよりも深くふさいで、生まれて初めて、タマのすべてを味わいつくした。


+++


「こんなはずじゃ……、ボクの完璧な計算がくるってしまった」


 ベッドの中で、全裸のタマがぶつぶつ言っている。消沈している姿に同情するが、今回は謝ってやる気はサラサラなかった。だって僕は悪くない。

 それにしてもタマの肌……名前の通り玉の肌だった。どこもかしこも滑らかでみずみずしく、思い出しただけでまた触れたくなる。


「どうしてだ。キミがけがれてしまったではないか」


 うつ伏せのまま涙目で睨まれたが、僕は涼しい顔でタマをさらに追い詰める。


「一日は研究とか実験に費やしてもいいけど、これからは休日のどっちかは僕のために開けておいてね」


「だから、なぜだ。男のボクに告白されて嫌悪感はわかないのか?」


「わかないよ。僕だって好きだし」


 瞬間、タマの目が驚いた猫みたいに真ん丸になった。


「い、ま、今なんて……?」


「ていうか、いくら幼馴染でも、好きでもない相手のために貴重な休日へずって生存確認なんかしないよ。そこで気付かないあたり、タマは鈍いんだよね」


「そ、それは、キミの面倒見の良い性格によるものだと……」


 普段は自信満々なタマがめずらしくへどもどしている。


「違うから。タマが好きだから会いに来てただけ。でもこれからはやめるね。研究の邪魔したら可哀そうだし、どっちかの日は僕のことだけ考えることになるから、我慢してあげる」


「む、ムリだ。前日だろうと翌日だろうと、キミのことで頭がいっぱいになってしまう」


 無自覚な殺し文句に、僕はわずかに留飲を下げた。


「なら、僕のことでいっぱいにしておけばいいんじゃない?」


「うぅ、しかしそれだと、研究に支障が……。どうすればいいんだ」


 頭を抱えて真剣に考え込んでしまうタマの髪を撫でて、「まあ、頑張って」と口先だけで応援する。

 内心では、今までタマの休日をひとりじめしていた「研究」に対して、勝ち誇った気分でいた。



終わり。
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