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結婚の約束
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「冬治、それ……」
震える指先で金属の腕輪で拘束された両手首を指し示す。冬治は見やすいよう胸のあたりまで両手を上げて自信満々に頷いてみせた。
「うん。奥の手。こうすれば何があっても手出しできないから」
ちなみに鍵は母が持っているらしい。なるほど、それで母は大笑いしていたのだ。でも同時に冬治の覚悟を見抜いたに違いない。両手が動かしにくい冬治に代わって扉を閉めた母は既に階段を下りていったようだから。
「で、でも、それじゃ悪い事したみたいじゃねえか。いくらなんでも、そこまでしなくていいんじゃ……」
「そうだけど、本当に悪い事するよりはいいでしょ?」
聖が説得しようとしても冬治は聞く耳を持ってくれない。そもそも手錠なんてどうやって入手したのだろう。パーティーグッズを売っているような店とかだろうか。
(ていうか……なんか)
冬治の突拍子もない発想に度肝を抜く一方で、聖の中に信じられない変化が生じた。満足に身動きが取れない冬治を見て、胸の奥から悪戯してみたいという悪魔のような発想がこみあげてきたのだ。率直な言い方をしてしまえばムラムラしてきた。
自分の中に潜んでいた恐ろしい一面に危機感を覚えた聖は、急いで机を漁った。不思議そうに見守っている冬治の視線を背中に感じながら、多分パーカーかジャージの付属品だったはずの紐を手に取った。
「冬治、これで俺のことも縛ってくれ」
「えっ、だ、ダメだよ。ひーちゃんはそんなことしなくていいんだよ?」
「あ、あのなぁ」
自分の意志とはいえ、今まさに手錠を掛けている奴が「そんなこと」とはどういう言い草だと問い詰めたくなる。でも押し問答になるのは目に見えているので、戦法を変えてみることにした。
「……は、発情するのが、アルファだけだと思うなよ」
言ってしまえば発情していると報せているようなもので、顔から火が出そうなほど恥ずかしいのだが、もう一つの、今まさに自分の中に見出した新たな一面を白状するよりはまだ傷が浅い。
「ひ、ひーちゃん」
冬治が頬を染め、難しい顔でしばらく考え込む。ややして、腹を括ったのか聖をじっと見つめてきた。
「わかった。でも、ちゃんとハンカチで包んでからにしよう。直接縛るより痕が残りにくいから」
聖は冬治の指示に従って、まずはタオル地のハンカチで両手首を包んだ。はしっこを小指で挟んでどうにか固定した上から冬治が紐を巻き付ける。
「ちゃんときつく縛ってくれよ? 自力でほどけちゃう程度じゃ意味ないんだからな」
「……。大丈夫、わかってるよ」
でも今、冬治の身体が図星を突かれたようにびくっとしたのを、聖は見逃さなかった。
「出来たよ。痛くない? きつくない?」
入念に確認され、大丈夫だと苦笑する。
こうして二人とも拘束される身となったわけだが、改めて見ると何ともシュールな光景だ。ここが事件現場か留置所だったならさぞ物騒な空気なのだろうが、個人の部屋なのでギャグにしか見えない。
でもこれこそ冬治の……いや、二人の覚悟の形だ。
ふと聖が顔を上げると、冬治と視線が絡み合った。微笑みあい、冬治が額をくっつけてくる。こつん、と軽い衝撃が伝わる。さすがにこんなに近くで見つめあうのは照れくさい。そっと目を閉じると、唇に柔らかい感触が押し当てられた。
軽く触れただけで離れていこうとする唇を追いかけて、今度は聖の方から口づける。冬治の真似をして、ちょんと押し付けて離すと、冬治は真っ赤な顔で目を剥いていた。
「ひーちゃんからしてくれた……」
感激した様子で呟いている。
たかだかキスのひとつでそんなに喜んでくれるなら、これからいくらでもしてあげたいと思う。だけどどうだろうか。今は発情期で気分が高まっているからその分大胆になっているだけで、平時ではなかなか勇気が出ないかもしれない。
「ひーちゃ……聖」
わざわざ言い直して呼ばれる。聖は冬治の真剣な表情に息を呑んだ。
決意のこもったまなざしを見れば、これからとても重要な事を言おうとしているのが手に取るようにわかり、自ずと聖も背筋が伸びる。
それでも冬治の方が背が高いので、聖は上目遣いで見上げることになる。冬治は熱を孕んだ双眸で聖を見下ろし、そして震える唇を開いた。
「大人になったら俺と結婚してください」
何を言われるか、大体想像がついていたはずなのに、聖は一瞬呼吸が出来なくなった。心臓がぎゅっと引き絞られて、燃えるように顔が熱くなる。聖の中を駆け巡ったあげくに行き場を無くした幸福感が、涙となってあふれる。両手が縛られているので、拭うことが出来ない。
「もう婚約はしてるけど、聖が発情期を迎えたら、ちゃんと自分の口で言いたかったんだ」
頬に涙を伝わせながら呆ける聖の視線を受け、冬治がはにかんで笑う。照れくさそうな顔はちょっぴり幼く見えて、なんだか懐かしい気持ちになった。ずっと一緒にいたはずなのに変な話だが。
たぶん、聖の心に変化が生まれたからなのだろう。聖は今、理想の王子さまではない冬治からの告白を受け、自分なんてと卑屈になることなく素直に嬉しいと思うことが出来ている。
こんなに近くに居たのにずっと遠かった冬治が、今たしかに目の前にいるのだと実感して喜びを感じている。
聖は冬治の気持ちにどうこたえようか迷った挙句、冬治に背中を向けた。視線を少しだけ下に下げて、なるべくうなじが露出するようにする。
「……噛んで、冬治」
「ひーちゃん」
冬治の声が震えている。聖は勇気を振り絞って、大事な一言を言葉にした。シンプルで、でもきっと何よりも聖の今の願いが伝わるはずの言葉を。
「冬治の番になりたい。……して」
震える指先で金属の腕輪で拘束された両手首を指し示す。冬治は見やすいよう胸のあたりまで両手を上げて自信満々に頷いてみせた。
「うん。奥の手。こうすれば何があっても手出しできないから」
ちなみに鍵は母が持っているらしい。なるほど、それで母は大笑いしていたのだ。でも同時に冬治の覚悟を見抜いたに違いない。両手が動かしにくい冬治に代わって扉を閉めた母は既に階段を下りていったようだから。
「で、でも、それじゃ悪い事したみたいじゃねえか。いくらなんでも、そこまでしなくていいんじゃ……」
「そうだけど、本当に悪い事するよりはいいでしょ?」
聖が説得しようとしても冬治は聞く耳を持ってくれない。そもそも手錠なんてどうやって入手したのだろう。パーティーグッズを売っているような店とかだろうか。
(ていうか……なんか)
冬治の突拍子もない発想に度肝を抜く一方で、聖の中に信じられない変化が生じた。満足に身動きが取れない冬治を見て、胸の奥から悪戯してみたいという悪魔のような発想がこみあげてきたのだ。率直な言い方をしてしまえばムラムラしてきた。
自分の中に潜んでいた恐ろしい一面に危機感を覚えた聖は、急いで机を漁った。不思議そうに見守っている冬治の視線を背中に感じながら、多分パーカーかジャージの付属品だったはずの紐を手に取った。
「冬治、これで俺のことも縛ってくれ」
「えっ、だ、ダメだよ。ひーちゃんはそんなことしなくていいんだよ?」
「あ、あのなぁ」
自分の意志とはいえ、今まさに手錠を掛けている奴が「そんなこと」とはどういう言い草だと問い詰めたくなる。でも押し問答になるのは目に見えているので、戦法を変えてみることにした。
「……は、発情するのが、アルファだけだと思うなよ」
言ってしまえば発情していると報せているようなもので、顔から火が出そうなほど恥ずかしいのだが、もう一つの、今まさに自分の中に見出した新たな一面を白状するよりはまだ傷が浅い。
「ひ、ひーちゃん」
冬治が頬を染め、難しい顔でしばらく考え込む。ややして、腹を括ったのか聖をじっと見つめてきた。
「わかった。でも、ちゃんとハンカチで包んでからにしよう。直接縛るより痕が残りにくいから」
聖は冬治の指示に従って、まずはタオル地のハンカチで両手首を包んだ。はしっこを小指で挟んでどうにか固定した上から冬治が紐を巻き付ける。
「ちゃんときつく縛ってくれよ? 自力でほどけちゃう程度じゃ意味ないんだからな」
「……。大丈夫、わかってるよ」
でも今、冬治の身体が図星を突かれたようにびくっとしたのを、聖は見逃さなかった。
「出来たよ。痛くない? きつくない?」
入念に確認され、大丈夫だと苦笑する。
こうして二人とも拘束される身となったわけだが、改めて見ると何ともシュールな光景だ。ここが事件現場か留置所だったならさぞ物騒な空気なのだろうが、個人の部屋なのでギャグにしか見えない。
でもこれこそ冬治の……いや、二人の覚悟の形だ。
ふと聖が顔を上げると、冬治と視線が絡み合った。微笑みあい、冬治が額をくっつけてくる。こつん、と軽い衝撃が伝わる。さすがにこんなに近くで見つめあうのは照れくさい。そっと目を閉じると、唇に柔らかい感触が押し当てられた。
軽く触れただけで離れていこうとする唇を追いかけて、今度は聖の方から口づける。冬治の真似をして、ちょんと押し付けて離すと、冬治は真っ赤な顔で目を剥いていた。
「ひーちゃんからしてくれた……」
感激した様子で呟いている。
たかだかキスのひとつでそんなに喜んでくれるなら、これからいくらでもしてあげたいと思う。だけどどうだろうか。今は発情期で気分が高まっているからその分大胆になっているだけで、平時ではなかなか勇気が出ないかもしれない。
「ひーちゃ……聖」
わざわざ言い直して呼ばれる。聖は冬治の真剣な表情に息を呑んだ。
決意のこもったまなざしを見れば、これからとても重要な事を言おうとしているのが手に取るようにわかり、自ずと聖も背筋が伸びる。
それでも冬治の方が背が高いので、聖は上目遣いで見上げることになる。冬治は熱を孕んだ双眸で聖を見下ろし、そして震える唇を開いた。
「大人になったら俺と結婚してください」
何を言われるか、大体想像がついていたはずなのに、聖は一瞬呼吸が出来なくなった。心臓がぎゅっと引き絞られて、燃えるように顔が熱くなる。聖の中を駆け巡ったあげくに行き場を無くした幸福感が、涙となってあふれる。両手が縛られているので、拭うことが出来ない。
「もう婚約はしてるけど、聖が発情期を迎えたら、ちゃんと自分の口で言いたかったんだ」
頬に涙を伝わせながら呆ける聖の視線を受け、冬治がはにかんで笑う。照れくさそうな顔はちょっぴり幼く見えて、なんだか懐かしい気持ちになった。ずっと一緒にいたはずなのに変な話だが。
たぶん、聖の心に変化が生まれたからなのだろう。聖は今、理想の王子さまではない冬治からの告白を受け、自分なんてと卑屈になることなく素直に嬉しいと思うことが出来ている。
こんなに近くに居たのにずっと遠かった冬治が、今たしかに目の前にいるのだと実感して喜びを感じている。
聖は冬治の気持ちにどうこたえようか迷った挙句、冬治に背中を向けた。視線を少しだけ下に下げて、なるべくうなじが露出するようにする。
「……噛んで、冬治」
「ひーちゃん」
冬治の声が震えている。聖は勇気を振り絞って、大事な一言を言葉にした。シンプルで、でもきっと何よりも聖の今の願いが伝わるはずの言葉を。
「冬治の番になりたい。……して」
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