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はじめての発情期

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 聖は動けるうちにシャワーを済ませることにした。冬の浴室は冷え切っているというのにシャワーでも全く苦ではないのは、既に市販の薬の効果が切れ始めているからなのだろう。
 市販の薬が効きにくい体質なのか、それともアルファの冬治としばらく一緒にいたから薬では抑えきれなかったのか。
 何しろはじめての経験なので、一概にこうとは断定できない。これから何度か経験していくうちに、自分の身体を分かっていくのだろう。
 シャワーを浴びてスッキリしたら、道すがらにキッチンに立ち寄って水分補給と、一応ペットボトル飲料を持って自室に戻った。すでに身体は高熱が出たように怠くなっていて、階段の一段一段が普段よりも高く感じる。
 重い足取りでようやく自室に戻り処方されたばかりの薬を飲んでから、ベッドに倒れ込んだ。

「はあ……」

 自分の吐く吐息すら熱い気がする。掛け布団の上から寝転んでしまって上掛けがない状態だが、全く問題ない程火照っていた。シャワーを浴びた直後だというのに汗が滲むほどで、身体の内側が妙にもぞもぞして落ち着かない。
 体温が上がってどうしても喉が渇くからか、戻って来たばかりだというのに尿意を催している。ただ、今すぐトイレに駆け込みたいほどかというとそうでもない。このスッキリしない奇妙な感覚はなんなのだろうか。
 そして誰かとくっつきたいと思うほど寒くないはずなのに、猛烈に人肌が恋しかった。聖はほとんど無意識に起き上がり、ふらつきながらチェストを漁った。
 以前、雨の日に冬治が着ていた服を手に、再びベッドに戻る。洗濯してしまったので当然洗剤の匂いがするばかりなのだが、思いきり吸い込むとかろうじて冬治の匂いを感じた。

「んん……」

 鼻に押し当てるようにして匂っていると、胸の内に巣食う孤独感が霧散していく。目を閉じて、実際に冬治がこの場に居るのだと思い込むことで、さらに心が満たされた。

「はあ、……ん」

 息を荒らげながらうつ伏せになり、下半身の前側をベッドに擦りつけてしまう。背筋を粟立てる特有の感覚に溺れながら身悶えると、両足の付け根が潤んでいることに気付いた。

(あ……)

 それは生まれてはじめての感覚だった。オメガ以外の男子は濡れるはずのない場所が湿っている。改めて大人の身体になったのだと実感し、感激するよりも先に動揺した。
 何しろそこに触れたくて仕方がないのだ。いままで潜り込んだことのない奥地が物足りなさに疼いていて、本能的に慰めてやらなければならないと感じた。
 だがそこは聖にとっても未知の場所。触れるのには相当の覚悟と度胸が必要だった。それに、そちらがわで自分を慰めることに抵抗もある。抗えない強烈な欲求に聖は怯え、それでも抗いきれず、恐る恐る手を伸ばした。

 
 夕刻になり帰宅した母が聖の異変に気付いて部屋に入ってきた。そのころ聖は抑制剤が効いてきて、夢うつつの状態だった。

「聖。冬治君から連絡来たよ。発情期来たんだってな。すぐ帰ってきてやれなくてごめんな」

 ベッドの脇に膝立ちになり、聖の髪を優しく撫でる。高校生にもなって情けない話だが、母が帰って来た安心感に涙が滲んだ。不安だった。自分が自分でなくなってしまうようで怖かった。でももう大丈夫だ。
 感情の乱れは薬では完全に抑えられないようで、ぽろぽろ零れる涙を母が拭ってくれる。

「気持ち悪くはない? そうか。ならよかった。怠いだろ。今日はご飯ここに持ってきてやろうな。発情期の間は食欲が減退するものだけど、ちょっとは食べないとだからな。フルーツとかプリンとかもいろいろ買ってきたから」

 母はまるで子供時代に風邪を引いた時のように優しくて、聖はつい甘えて不安を漏らしてしまう。

「俺、毎回こんなだったらどうしよう……」

 発情期の度に幼児退行したかのように感情的になるようでは、日常生活に支障をきたす。それに何度も自分を慰めても、ちっとも満足できなかった。

「大丈夫。お母さんも最初はそうだったから。やっぱり体質が変わると精神的にも不安定になっちゃうものなんだよ」
 
 母は聖の腕に散々握り締めてぐしゃぐしゃになった冬治のシャツが巻き付けられているのを見て目を細める。

「それに聖には冬治君がいるだろ? 今回だって冬治君が守ってくれたから、無事に家まで帰ってこられたんだ。だからそんなに不安がることないよ」

「うん。沢山迷惑かけた……」

 今日はどれほど悔いても足りないほど大失態の一日になった。後日何度も思い出しては聖を責めたてるだろう。
 本当に、冬治にとって散々な一日にさせてしまった。今日はろくに会話も出来なかったから、後で改めてきちんと謝りたい。
 本当に迷惑ばかりかける自分が嫌になる。オメガという自覚が足らず、発情期が来たことにも気付けないで冬治を苦しめた。こんな自分はやはり冬治の相手として相応しくない。

「こら」

 マイナス思考に拍車がかかり、どんどん自分を追い詰めてしまう。すると母が急に鼻をつまんできた。

「迷惑かけたじゃなくて、助けてもらっただろ? そう思ってくれた方が冬治君も嬉しいと思うけどな?」

 卑屈になりすぎる聖を励ますように母は言う。確かにこうして悪い方に考えてしまうのは聖自身悪い癖だと思っているのだ。でも、可愛げもなければ面倒もかけてしまう聖などより、冬治にはふさわしい人がすでにいる。

(結局、踊り場で抱き合ってたのは何だったんだろう。もしも二人が恋人同士なら、俺は二人の邪魔をしちゃったんじゃ……)

 冬治から友人たちの話は聞いたが、戌井がどうしたのかは聞けなかった。でも聖が冬治を独占してしまったということは戌井は一人で家路についたのかもしれない。聖が二人を引き裂いてしまったのだ。
 この間まで冬治の幸せを誰より願っていたはずなのに、いざ幸せを手にしたらぶちこわしてしまうなんて。これじゃあまるで疫病神だ。本当に、最低だと思った。
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