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冬治の違和感
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ここ数日の冬治は苛立ちを募らせていた。原因は言わずもがな、聖に避けられているからだ。
事の起こりは数日前、頭に血が上って聖のファーストキスを無理矢理奪ってしまった日の帰り道にある。憤懣と後悔に苛まれながらも帰路についた冬治は、その道中に喧嘩に遭遇した。
不良に絡まれていた気弱そうな少年をもう一人の少年がかばってやっているという、漫画などで良く見かける展開だった。だが、いかんせんヒーロー役が頼りない。聖とそれほど変わらない背丈で、不良たちを威嚇していてもいまいち迫力がない。
対する不良の方は余裕の表情で、喧嘩が始まる前から結果は見えているようなものだった。
いつもなら穏便に解決するところなのだが、ちょうど気が立っていたところに進行方向を塞がれてしまった冬治は、不良たちを暴力で追っ払ってしまった。
これは単なるくだらないプライドなのだが、聖よりも弱い自分は嫌だった。
だから聖が格闘技を習うと言い出したころに、冬治もこっそり身体を鍛えはじめた。おかげで我ながら結構逞しい体つきになれたのだが、聖が思ったよりも筋肉がつかないと落胆するのを見て、言い出せなくなった。
だから負けるはずもなかったのだが、腹いせに暴力を振るってしまった事実はさらに冬治を追い詰めた。こんなこと口が裂けても聖には言いたくなかった。嘘は吐きたくないと思う一方で、聖に軽蔑されたくないと怯えてしまっている。
その日に厄介ごとに首を突っ込んでしまったからこそ、戌井に付きまとわれることになったので、聖にすべての事情を打ち明けるためにはどうしてもきっかけとなった出来事を話す必要があるのだが、踏ん切りがつかずにいる。
結果、聖との間に口数は減って日増しに気まずくなっている。朝の登校時間以外は戌井にしつこく迫られて、聖とゆっくり話す暇もない。
いっそのこと戌井をすげなく追っ払ってしまえばよいのだろう。だが、戌井の気持ちも分かってしまうからこそ、はっきりと拒絶することが出来ずにいた。
(誰だって、好きな子には格好良く見られたいものだよな)
戌井には恋する相手がいて、その人の為に男らしくなりたいのだそうだ。好いた相手によく見られたいと思う気持ちは痛い程分かる。何しろ冬治はその一心で、長らく偽りの自分を演じ続けていたのだから。
戌井が冬治のように嘘を吐きたいというなら止められたのだが、彼は正々堂々、自分を磨きたいというのだ。むしろその誠実さを冬治の方が見習いたいくらいだった。
戌井は強くなるため、冬治に師事されたいと望んでいる。そうはいっても冬治はあくまでも素人なのだから、それこそかつての聖のように格闘技でも習ってみてはどうかと勧めているが、今のところ戌井が折れてくれる気配はない。
聖は戌井に対して何かしら警戒心を抱いているらしく、彼が現れるとすぐに逃げてしまうのだが、その結果聖との時間が減り、冬治の中に着実に鬱憤が溜まっていく。
(でも、でも今日は……)
昼休みは気分が悪いからと保健室に行ってしまった聖だが、早退はしていないだろうから放課後は一緒に家路につくことが出来るだろう。そうでなくてはならない。何しろ冬治は、どうしても確かめたいことがあるのだ。
今朝、一緒に登校しているとき、聖の匂いがいつもと違う気がした。思わず尋ねてみると、いつものシャンプーが売ってなかったらしいと答えた。
シャンプーが違ったから匂いが違うのかと一時納得したのだが、時間が経つにつれ、本当にそうだろうかと疑問を抱き始めた。何しろ昼休み、保健室に向かうところを呼び止めた時に、さらに匂いが強くなっているように感じたのだ。
不思議と引き寄せられる甘い香り。あれはもしや……、聖の発するフェロモンなのではないだろうか。保健室で休む理由も熱っぽいからだと聞いて、ますます疑念は強まった。
もしも聖に発情期が来たのだとしたら、一刻も早く会わなくてはならない。だから冬治は放課後を迎えるなり教室を飛び出した。まずは隣の聖の教室に向かい、聖がまだ保健室から戻っていないと知る。
焦燥に駆られていた冬治の頭に聖の鞄を持っていくという発想は生まれず、自分の鞄だけを手に保健室へ急いだ。
焦ってはいるものの、保健室ならばまだ安全だという気のゆるみもあった。何しろ保健室には抑制剤がある。
それでも早足で階段を下りていく。
「あっ、冬治先輩!」
階上から戌井の声に呼ばれたが、今は構っている余裕はなかった。しかし、彼が急ぐあまり階段を踏み外したなら話は別だ。悲鳴に驚いて振り向いた冬治の胸によろけた戌井が体当たりしてくる。幸い踏み外したのは二段ほどで、戌井の身体が小さいこともあって冬治まで転倒する羽目にはならなかった。
「気を付けて」
「えへへ。すみません」
ため息を吐きながらも先輩として注意してやり、戌井が離れていこうとしたところで階段を上ってくる足音に気付いた。どこか重たい足取りで階段を上って来たのは聖だった。
やっぱり匂いがする。そして、腕の中で何かを感じ取ったらしい戌井がびくりと肩を震わせるのが伝わって来た。戌井も勘付いたという事はやはり、聖はフェロモンを放出しているのだ。
聖はなぜか冬治の姿を見て驚愕に目を見開いている。その目から一筋の涙が伝って、冬治は衝撃を受けた。
「ひ、ひーちゃん……?」
最初ははじめての発情期に怯えているのかと思った。だが違う。涙を流しながらも冬治を睨みつけると、もと来た道を駆け下りてしまう。
「ま、待って! 待つんだ! 聖!」
冬治の制止の声も聞かず、聖は全速力で走っていってしまった。
事の起こりは数日前、頭に血が上って聖のファーストキスを無理矢理奪ってしまった日の帰り道にある。憤懣と後悔に苛まれながらも帰路についた冬治は、その道中に喧嘩に遭遇した。
不良に絡まれていた気弱そうな少年をもう一人の少年がかばってやっているという、漫画などで良く見かける展開だった。だが、いかんせんヒーロー役が頼りない。聖とそれほど変わらない背丈で、不良たちを威嚇していてもいまいち迫力がない。
対する不良の方は余裕の表情で、喧嘩が始まる前から結果は見えているようなものだった。
いつもなら穏便に解決するところなのだが、ちょうど気が立っていたところに進行方向を塞がれてしまった冬治は、不良たちを暴力で追っ払ってしまった。
これは単なるくだらないプライドなのだが、聖よりも弱い自分は嫌だった。
だから聖が格闘技を習うと言い出したころに、冬治もこっそり身体を鍛えはじめた。おかげで我ながら結構逞しい体つきになれたのだが、聖が思ったよりも筋肉がつかないと落胆するのを見て、言い出せなくなった。
だから負けるはずもなかったのだが、腹いせに暴力を振るってしまった事実はさらに冬治を追い詰めた。こんなこと口が裂けても聖には言いたくなかった。嘘は吐きたくないと思う一方で、聖に軽蔑されたくないと怯えてしまっている。
その日に厄介ごとに首を突っ込んでしまったからこそ、戌井に付きまとわれることになったので、聖にすべての事情を打ち明けるためにはどうしてもきっかけとなった出来事を話す必要があるのだが、踏ん切りがつかずにいる。
結果、聖との間に口数は減って日増しに気まずくなっている。朝の登校時間以外は戌井にしつこく迫られて、聖とゆっくり話す暇もない。
いっそのこと戌井をすげなく追っ払ってしまえばよいのだろう。だが、戌井の気持ちも分かってしまうからこそ、はっきりと拒絶することが出来ずにいた。
(誰だって、好きな子には格好良く見られたいものだよな)
戌井には恋する相手がいて、その人の為に男らしくなりたいのだそうだ。好いた相手によく見られたいと思う気持ちは痛い程分かる。何しろ冬治はその一心で、長らく偽りの自分を演じ続けていたのだから。
戌井が冬治のように嘘を吐きたいというなら止められたのだが、彼は正々堂々、自分を磨きたいというのだ。むしろその誠実さを冬治の方が見習いたいくらいだった。
戌井は強くなるため、冬治に師事されたいと望んでいる。そうはいっても冬治はあくまでも素人なのだから、それこそかつての聖のように格闘技でも習ってみてはどうかと勧めているが、今のところ戌井が折れてくれる気配はない。
聖は戌井に対して何かしら警戒心を抱いているらしく、彼が現れるとすぐに逃げてしまうのだが、その結果聖との時間が減り、冬治の中に着実に鬱憤が溜まっていく。
(でも、でも今日は……)
昼休みは気分が悪いからと保健室に行ってしまった聖だが、早退はしていないだろうから放課後は一緒に家路につくことが出来るだろう。そうでなくてはならない。何しろ冬治は、どうしても確かめたいことがあるのだ。
今朝、一緒に登校しているとき、聖の匂いがいつもと違う気がした。思わず尋ねてみると、いつものシャンプーが売ってなかったらしいと答えた。
シャンプーが違ったから匂いが違うのかと一時納得したのだが、時間が経つにつれ、本当にそうだろうかと疑問を抱き始めた。何しろ昼休み、保健室に向かうところを呼び止めた時に、さらに匂いが強くなっているように感じたのだ。
不思議と引き寄せられる甘い香り。あれはもしや……、聖の発するフェロモンなのではないだろうか。保健室で休む理由も熱っぽいからだと聞いて、ますます疑念は強まった。
もしも聖に発情期が来たのだとしたら、一刻も早く会わなくてはならない。だから冬治は放課後を迎えるなり教室を飛び出した。まずは隣の聖の教室に向かい、聖がまだ保健室から戻っていないと知る。
焦燥に駆られていた冬治の頭に聖の鞄を持っていくという発想は生まれず、自分の鞄だけを手に保健室へ急いだ。
焦ってはいるものの、保健室ならばまだ安全だという気のゆるみもあった。何しろ保健室には抑制剤がある。
それでも早足で階段を下りていく。
「あっ、冬治先輩!」
階上から戌井の声に呼ばれたが、今は構っている余裕はなかった。しかし、彼が急ぐあまり階段を踏み外したなら話は別だ。悲鳴に驚いて振り向いた冬治の胸によろけた戌井が体当たりしてくる。幸い踏み外したのは二段ほどで、戌井の身体が小さいこともあって冬治まで転倒する羽目にはならなかった。
「気を付けて」
「えへへ。すみません」
ため息を吐きながらも先輩として注意してやり、戌井が離れていこうとしたところで階段を上ってくる足音に気付いた。どこか重たい足取りで階段を上って来たのは聖だった。
やっぱり匂いがする。そして、腕の中で何かを感じ取ったらしい戌井がびくりと肩を震わせるのが伝わって来た。戌井も勘付いたという事はやはり、聖はフェロモンを放出しているのだ。
聖はなぜか冬治の姿を見て驚愕に目を見開いている。その目から一筋の涙が伝って、冬治は衝撃を受けた。
「ひ、ひーちゃん……?」
最初ははじめての発情期に怯えているのかと思った。だが違う。涙を流しながらも冬治を睨みつけると、もと来た道を駆け下りてしまう。
「ま、待って! 待つんだ! 聖!」
冬治の制止の声も聞かず、聖は全速力で走っていってしまった。
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