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波乱の予感
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翌日も冬治はこれまで通り四方木家の門前で聖を待ってくれていた。肩を並べて歩き慣れた道程を行く。
冬治への返事を保留にしているまま守ってもらうのはずるい気がして、これからは一人で行こうかと提案してみたのだが、冬治に却下された。
「好きな子を守りたいって気持ちはずっと嘘じゃなかったよ。これからも守らせて」
なんて、少し照れくさそうな笑顔で言われてしまっては断ることも出来なかった。
いつものように風上を歩いてくれたり、曲がり角で人にぶつかりそうになった時には手を引いて助けてくれたり、冬治の紳士っぷりはこれまでと変わらない気がする。
もう身体に染みついてしまって無意識に行動してしまうのか、やはり冬治の生来の優しさなのか。
今日の聖は、本来の冬治を見極めようとするあまり注意力散漫で、赤信号を渡りそうになったり、階段を踏み外しそうになったりと面倒をかけ通しだったにも関わらず、かすり傷ひとつ無く学校に辿りつくことが出来た。これはひとえに冬治の手助けがあったからこそだ。
「毎日のこととはいえ、昼休みまで離れ離れになるの凄く寂しい。来年は一緒のクラスになれればいいね」
ずっと頼りがいがあると思えば突然、しょげた顔で甘えてくるので、そのギャップにくらくらする。
「ら、来年は受験でそれどころじゃねえだろ」
「それでも一応、楽しいことがないわけじゃないでしょ? 受験シーズンが終わったら、卒業旅行もあるんだし」
「卒業旅行か……」
昔はよく家族旅行にも行っていたが、聖がオメガだと判明してからはめっきり行けなくなった。宿泊先で発情期が来てしまうと困るから、最初の発情期が来て周期が安定するまではお預けになっているのだ。
卒業旅行といえば高校生活最後の思い出だから、出来ればそれまでには旅行解禁になっていたいところだ。そのためにも一日でも早く発情期が来てくれればよいのだが、未だ微熱が出ることすらない。毎日平熱の健康体だ。
(たしかに冬治と一緒なら楽しいだろうな)
なんとなくだが、来年も愛や珠樹とは同じクラスにまとめられる気がする。気が置けない友人たちや冬治との旅行はきっと最高の思い出になるはずだ。是が非でも参加したい。
かくなる上は神頼みでもなんでもしようと決意する。ちょうど近々年が変わり、初詣という絶好のチャンスがやってくる。本当は神様に頼みごとはしないものらしいが、偶然神様の機嫌が良くてきまぐれで叶えてくれる可能性だってある。希望的観測だが、縋ってみたかった。
「あのっ……!」
下駄箱で靴を履き替えていると急に背後から声を掛けられ、聖は思惟を止めた。
振り返るとすぐ後ろに何とも愛らしい顔立ちの男子が立っている。
栗色のくせっ毛を無造作にあそばせ、くりくりした黒目がちの目が印象的だ。聖とさして背丈が変わらない低身長で、小型犬のポメラニアンを連想させた。
首元はマフラーで隠れているが、この愛嬌のある可愛らしい目鼻立ち、小柄な容姿、オメガに間違いないだろう。そのオメガが、黒曜石みたいな黒目をキラキラ輝かせて冬治を見上げていた。
どうやら声をかけられたのは冬治の方らしい。
「あ、俺?」
冬治は案外自分の事には疎く、聖よりも少し遅れて彼の目的が自分だという事に気付いた。聖などは冬治を見上げる彼の頬が赤く染まっていることに目敏く気付き、なんだか嫌な予感がしているというのに。
「昨日は助けてくださってありがとうございました」
彼はよく通る声ではきはきと礼を述べると、ぺこりと頭をさげた。顔を上げた時に見せた満面の笑みが何とも可愛らしい。
心が洗われるような純真無垢な笑顔なのに、なぜだか聖の心はどんよりと曇る。
自分はこんなふうに見る者の心を癒す笑顔は浮かべられない。そんな劣等感が生まれて衝撃を受けた。競うものじゃないっていうのに。
「昨日……?」
それに冬治がぴんときていないことに、安堵してしまう自分が嫌だった。
どんな出来事があったかは知らないが、覚えられていないというのは悲しいことだ。ましてこんなふうに熱視線を向ける相手の印象に残っていなかったら傷ついたことだろう。
それを分かっていながらほっとする自分は、なんて冷たい人間なのだろうとショックを受ける。
「と、冬治。俺、先に行ってるな」
これ以上この場に留まるべきでない。聖は自分の心にどんどん悪意が満ちていくのを感じて戦慄した。だから言うだけ言って、逃げるようにその場から立ち去る。
「えっ、ひーちゃん!」
呼び止める冬治の声に振り向く勇気もだせず、早足で階段を上る。駆け込む勢いで教室に入って荒々しく自席に着いたところで、やっと心のどろどろが浄化されたように思えた。
ほっと肩を撫で下ろし、椅子の背もたれに寄りかかる。朝っぱらから苛々したせいで、どっと疲れた。
「どしたの? おばけでもいた?」
落ち着きがない聖の行動を目撃していた愛がただでさえ大きな目を見開いている。
「いや、そうじゃねえけど。……ていうか最近早いな」
前は聖よりも遅く登校してくることが多かったのに、近頃はいつも教室に着いた時には愛がいる。
「んふふ。来年には戻るかもね~」
なんだか嬉しそうな愛の様子から察しがついた。たぶん、小宅に合わせて早起きになったのだ。学年が違う愛は、クラスが違う聖と冬治以上に会える機会が少ない。小宅が卒業してしまったらますます機会が減ってしまうだろうし、今のうちに出来るだけ一緒に居られる時間を作っておきたいのだろう。
冬治への返事を保留にしているまま守ってもらうのはずるい気がして、これからは一人で行こうかと提案してみたのだが、冬治に却下された。
「好きな子を守りたいって気持ちはずっと嘘じゃなかったよ。これからも守らせて」
なんて、少し照れくさそうな笑顔で言われてしまっては断ることも出来なかった。
いつものように風上を歩いてくれたり、曲がり角で人にぶつかりそうになった時には手を引いて助けてくれたり、冬治の紳士っぷりはこれまでと変わらない気がする。
もう身体に染みついてしまって無意識に行動してしまうのか、やはり冬治の生来の優しさなのか。
今日の聖は、本来の冬治を見極めようとするあまり注意力散漫で、赤信号を渡りそうになったり、階段を踏み外しそうになったりと面倒をかけ通しだったにも関わらず、かすり傷ひとつ無く学校に辿りつくことが出来た。これはひとえに冬治の手助けがあったからこそだ。
「毎日のこととはいえ、昼休みまで離れ離れになるの凄く寂しい。来年は一緒のクラスになれればいいね」
ずっと頼りがいがあると思えば突然、しょげた顔で甘えてくるので、そのギャップにくらくらする。
「ら、来年は受験でそれどころじゃねえだろ」
「それでも一応、楽しいことがないわけじゃないでしょ? 受験シーズンが終わったら、卒業旅行もあるんだし」
「卒業旅行か……」
昔はよく家族旅行にも行っていたが、聖がオメガだと判明してからはめっきり行けなくなった。宿泊先で発情期が来てしまうと困るから、最初の発情期が来て周期が安定するまではお預けになっているのだ。
卒業旅行といえば高校生活最後の思い出だから、出来ればそれまでには旅行解禁になっていたいところだ。そのためにも一日でも早く発情期が来てくれればよいのだが、未だ微熱が出ることすらない。毎日平熱の健康体だ。
(たしかに冬治と一緒なら楽しいだろうな)
なんとなくだが、来年も愛や珠樹とは同じクラスにまとめられる気がする。気が置けない友人たちや冬治との旅行はきっと最高の思い出になるはずだ。是が非でも参加したい。
かくなる上は神頼みでもなんでもしようと決意する。ちょうど近々年が変わり、初詣という絶好のチャンスがやってくる。本当は神様に頼みごとはしないものらしいが、偶然神様の機嫌が良くてきまぐれで叶えてくれる可能性だってある。希望的観測だが、縋ってみたかった。
「あのっ……!」
下駄箱で靴を履き替えていると急に背後から声を掛けられ、聖は思惟を止めた。
振り返るとすぐ後ろに何とも愛らしい顔立ちの男子が立っている。
栗色のくせっ毛を無造作にあそばせ、くりくりした黒目がちの目が印象的だ。聖とさして背丈が変わらない低身長で、小型犬のポメラニアンを連想させた。
首元はマフラーで隠れているが、この愛嬌のある可愛らしい目鼻立ち、小柄な容姿、オメガに間違いないだろう。そのオメガが、黒曜石みたいな黒目をキラキラ輝かせて冬治を見上げていた。
どうやら声をかけられたのは冬治の方らしい。
「あ、俺?」
冬治は案外自分の事には疎く、聖よりも少し遅れて彼の目的が自分だという事に気付いた。聖などは冬治を見上げる彼の頬が赤く染まっていることに目敏く気付き、なんだか嫌な予感がしているというのに。
「昨日は助けてくださってありがとうございました」
彼はよく通る声ではきはきと礼を述べると、ぺこりと頭をさげた。顔を上げた時に見せた満面の笑みが何とも可愛らしい。
心が洗われるような純真無垢な笑顔なのに、なぜだか聖の心はどんよりと曇る。
自分はこんなふうに見る者の心を癒す笑顔は浮かべられない。そんな劣等感が生まれて衝撃を受けた。競うものじゃないっていうのに。
「昨日……?」
それに冬治がぴんときていないことに、安堵してしまう自分が嫌だった。
どんな出来事があったかは知らないが、覚えられていないというのは悲しいことだ。ましてこんなふうに熱視線を向ける相手の印象に残っていなかったら傷ついたことだろう。
それを分かっていながらほっとする自分は、なんて冷たい人間なのだろうとショックを受ける。
「と、冬治。俺、先に行ってるな」
これ以上この場に留まるべきでない。聖は自分の心にどんどん悪意が満ちていくのを感じて戦慄した。だから言うだけ言って、逃げるようにその場から立ち去る。
「えっ、ひーちゃん!」
呼び止める冬治の声に振り向く勇気もだせず、早足で階段を上る。駆け込む勢いで教室に入って荒々しく自席に着いたところで、やっと心のどろどろが浄化されたように思えた。
ほっと肩を撫で下ろし、椅子の背もたれに寄りかかる。朝っぱらから苛々したせいで、どっと疲れた。
「どしたの? おばけでもいた?」
落ち着きがない聖の行動を目撃していた愛がただでさえ大きな目を見開いている。
「いや、そうじゃねえけど。……ていうか最近早いな」
前は聖よりも遅く登校してくることが多かったのに、近頃はいつも教室に着いた時には愛がいる。
「んふふ。来年には戻るかもね~」
なんだか嬉しそうな愛の様子から察しがついた。たぶん、小宅に合わせて早起きになったのだ。学年が違う愛は、クラスが違う聖と冬治以上に会える機会が少ない。小宅が卒業してしまったらますます機会が減ってしまうだろうし、今のうちに出来るだけ一緒に居られる時間を作っておきたいのだろう。
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