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嫉妬とキス

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 すべてのルートをクリアした興奮冷めやらず、誰かに聞いてほしくてしょうがなかったのだ。
 だから聖は、嬉々としてゲームの内容を語った。
 全員一通りシナリオには目を通したものの、やはり一番心に響いたのは、幼馴染のキャラクターとの恋模様だった。
 距離が近いからこそ主人公は特に幼馴染に対して気兼ねなく、他二人に比べ序盤から親しい間柄なのだが、強固な信頼関係で結ばれているからこそ恋愛感情に昇華させるのが難しく、また主人公もやけに鈍感なために、距離が近いわりになかなか進展しない。
 どうやら幼馴染の方は最初から主人公に対して好意を抱いているらしく、鈍い主人公に対して根気強くアピールし、ようやく主人公も幼馴染を意識しはじめるのだ。

「それからはもう付き合ってないのが不思議なくらいでさぁ。また、その幼馴染の子がさ、押して押して押しまくれって感じで迫ってくるんだよ。それが格好良くてさ」

 まさか自分がここまでゲームにのめり込む日が来るとは想像すらしていなかった。しかし、考えてみれば幼いころから、恋愛に重きを置いた少女向けの漫画を好んで読んでいたのだ。熱中するのは必然だったのかもしれない。

「ふぅん、そう」

 うっとりとしながらゲームに登場する幼馴染キャラクターの魅力を熱弁していた聖は、冬治の拗ねた様な声で我に返った。
 珍しい態度の幼馴染に聖は面食らって、じっと見つめる。
 冬治は机に頬杖をついて眉根を寄せ、不機嫌なのが丸わかりの仏頂面だった。こんな子供みたいな仕草は子供時代ですら見たことがない。

「あ、っと……悪い。俺ばっかり話して」

 興味のない話を延々と聞かされるのはさぞ苦痛だったことだろう。自分の気持ちを押し付けてしまったと聖は反省した。本当はまだまだ語り足りないのだが、この辺りで打ち止めにすることにした。
 何か別の話題を、冬治も楽しめる話をと懸命に頭を働かせる。

「ひーちゃんは、強引なほうがいいの?」

 不機嫌なままの冬治が、いつになくぶっきらぼうな語調で聞いてきた。聖の答えを待たず、もともと並んで座っていた身体をぐっと接近させてくる。

「や、別に俺は……」

 確かにそのキャラクターはときめくような場面を沢山提供してくれたが、別に聖自身の好みというわけではない。正直にそう答えたかったのだが、冬治がほとんど覆いかぶさるようにして近づいてくるので、喋る余裕を失った。

「水臭いなひーちゃん。それならそうと早く言ってくれればいいのに。俺、ちゃんとひーちゃんの要望にならいつでも応えてあげられるよ?」

 だから別に聖の好みというわけではないのだ。早く誤解を解きたい。解かないといけないと思うのだが、食い入るように見つめてくる冬治の眼差しが怖くて、声が出なかった。
 倒れないよう支えた手がテーブルの脚にぶつかる。ただそれだけのことにひどく驚いて、思わず視線が吸い寄せられる。しかし頬に触れた冬治の手によって強引に戻された。まるでよそ見をするのを許さないというように。

「こういう場面では、どうしてほしい? それともいちいち聞かないで、俺のペースで進めていいのかな?」

「と、冬治……?」

 冬治の行動の意図が読めない。だが、聖に対して酷く腹を立てていることは明白だった。
 聖は恐る恐る冬治の名前を呼んだ。冗談だよと、いつもの柔和な微笑で笑ってほしかった。冬治の優しさに甘えようとした。
 だが冬治は震える聖の声を無視して、さらに顔を近づけてくる。心の奥底まで見透かそうとする眼差しから、聖はもう逃れることが出来ない。

「ひーちゃんはさ、ゲームの主人公の事を鈍感だって言うけど、ひーちゃんだって同じだよ」

 冬治がまた、聖の知らない表情を見せた。冬治はこんな皮肉な笑い方をする男じゃない。

「よく俺の前で、他の男の事なんて褒め称えられるよね。それともわざと俺のこと煽ってるの?」

 怒気を孕んだ口調で冬治が聖を詰る。その内容に、聖は目を丸くした。冬治はゲームのキャラクターに対して対抗心を燃やしているのだ。

「な、何言ってんだよ、冬治。ゲームの話だろ?」

「いくら架空のキャラクターでも、それでもひーちゃんは、ドキドキしたんでしょ? 俺以外に心を奪われたんでしょ?」

 確かに胸が高鳴る場面は多々あった。それが趣旨なのだから、聖の楽しみ方は間違えていないはずだ。しかしあくまでも作り話の世界での恋愛ごっこのようなものだ。現実の恋愛で一喜一憂するのとは似て非なる物ではないかと思われる。
 聖は未だ恋愛をしたことがないので、あくまでも推測でしかないのだが。

「酷いよ、ひーちゃん。もっと早く言ってよ。ひーちゃんが王子様が好きっていうから、今までずっと、俺なりにひーちゃんの理想を演じてきたのに」

「……え?」

 今にも鼻先が触れてしまいそうなくらいそばに居るのに、冬治の独白はあまりにも小さく掠れていて、聞き取ることが出来なかった。

「安心して、ひーちゃん。ひーちゃんが強引なのが好きって言うなら俺、これからはもう遠慮しないから」

「と、冬治……」

 額同士がこつんとぶつかって、聖はびくりと肩を跳ねさせてしまった。

「ひーちゃんの理想の俺でいるから、たとえ作り物だったとしても、他の男に目移りなんかするなよ」

 冬治が少しだけ顔を傾けながら、聖の頬に触れた手を後頭部まで滑らせて逃げ場を奪った。

「と、冬治……駄目、だ。まっ……」

 冬治を思い留まらせようとする聖の言葉は冬治の唇によって阻まれた。
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