17 / 44
落とし物は。
しおりを挟む
昨日の雨を境に、ぐっと気温が低くなった。連日の小春日和が嘘のように、冷えた風が吹き渡る。朝晩などは特に冷え込み、布団から出るのが辛い季節の到来を感じた。テレビコマーシャルでは、クリスマスケーキやお節料理の予約をしきりに促している。
とはいっても、四方木家には縁のない話だ。
何しろ母親は料理教室の先生なので、季節のイベントの料理だってぱぱっと作ってしまう。
聖にとっては母お手製の料理こそ子供のころから食べ慣れた味なので、今更外で買いたいとは思わなかった。今年も母は、クリスマスにきのこのポットパイを作ってくれるだろうか。
さくさくのパイ生地をクリーミーなソースに浸して食べる。ターキーよりも、オードブルよりも楽しみな一品だ。来年の今ごろはそれどころじゃないだろうから、今年のうちにめいっぱい楽しんでおきたい。
夕食の間中乾燥しておいた制服は無事渇き、聖も冬治も、今朝はちゃんと制服で登校することができた。いつも通り教室前で別れ、授業がはじまる。
昼休みになればまた冬治と二人、腹ごしらえの為に食堂へ向かう。その道すがらに一度職員室に立ち寄った。冬治が一クラス分の提出物を担当教師に渡している間、聖は職員室の前の廊下で待っている。
「ん?」
ふいに、手持無沙汰にスマートフォンを弄っていた聖の足元に何かが転がって来た。不思議な形のそれを拾い上げ、周囲を見回す。運のいいことに、近くを歩く人影はひとつだけだった。聖が拾い上げた黒い物体は、彼の落とし物に違いない。
「あの、落としましたよ」
聖は早足で落とし主を追いかけた。ただでさえ背が高い上にせかせかとせっかちな歩き方をする人だから、普通の速度じゃ追いつけない気がしたのだ。しかも、聖の声が聞こえていないのか、どんどん歩いて行ってしまう。仕方なく、聖は声を張り上げた。
「あの、落とし物ですよ! って、うわっ」
やっと呼ばれていることに気付いたらしい。彼はぴたりと、本当に唐突に立ち止まった。そんな止まり方をしたら、よろけてしまいそうなものだが、体幹は安定している。
大変だったのはむしろ聖の方だった。もはや駆け足になっていたせいでブレーキが利かず、背中に突進してしまう。
跳ね返ったのもまた、聖の方だった。ひょろりと痩せているように見えたが、聖が跳ね返ってよろめくくらいにぶつかってもびくともしていない。
「ご、ごめんなさい」
微妙に納得がいかないような気もするが、ぶつかってしまった事には違いないので、聖は謝罪した。固い背中にぶつけた鼻がひりひりと痛い。
「いえ。こちらこそ考え事をしていました。すみません」
彼はあまり感情のこもっていない声でぼそぼそと話すと、長い前髪の内側にちらりと見えている眼鏡の位置を整える。
わざとなのか寒いのか、伸びきってヨレヨレになったカーディガンに指のほとんどが隠れてしまっている。髪型も櫛すら通していないのかボサボサで、なんというか全体的にもっさりした雰囲気だ。微妙に猫背なのも気になる。
「え」
あらゆる意味で印象的な外見を見つめていると、彼はすっと手を差し出してきた。行動の意味が分からず、無言で差し出された手のひらの凝視してしまう。
「落とし物を拾ってくれたと聞きましたが」
「あ、ああ。そうだった」
初対面だから致し方ないが、会話のテンポがつかみにくい。
だが、そういえば、落とし物を渡す為に呼び止めたのだと思い出し、手にしていたそれを差し出す。その時偶然、それが不思議な形をしている理由が判明した。
聖が最初に見た黒い面は裏側だったのだ。表に絵柄があり、その輪郭に沿って切り取られていたから変わった形をしていたのだ。
(そういえば、中学の時にアニメ好きな子がこういうの鞄とか筆箱につけてたっけ)
そうだ。らばすと、とか言うストラップだ。
(それにしても、この子)
足首まで広がる、たっぷりのフリルで飾られたドレス……いや、ローブだろうか。髪型は黒に紫のメッシュが入っていて、目はくりくりと大きく愛らしい。頭に大きなリボンがお洒落なとんがり帽子をかぶったその子は、片目を閉じて愛嬌たっぷりのウインクをしていた。
「メグにそっくり……うわわっ、」
思ったことが口を衝いて出てしまう。すると、なぜか彼は突然、勢いよく聖の両肩を掴んできた。行動の逐一がスイッチを切り替えたみたいに突然だから、慣れない聖はいちいち驚かされる。
「君はっ、君は、橋詰 愛を知っているのか!」
「え……え、っと」
「教えてくれ! 重要な事なんだ!」
機械音声のように抑揚も少なかった声にも気圧されるような熱がこもり、聖はその勢いに呑まれてどうしたらよいのか分からなくなってしまう。
それに愛の場合、これまでの恋愛遍歴から鑑みて、どこかの誰かに恨みや未練を抱かれていても不思議ではない。だから、正直に話してよいものかどうかも悩みどころだ。
「ひーちゃん!」
絶妙なタイミングで冬治が助けに来てくれる。本当に奇跡のようななタイミングで現れる幼馴染は、その恵まれた容姿も相まって、ヒロインのピンチに表れる王子様のようだ。もちろん聖はヒロインではないが、この際、そこはどうだっていい。
とはいっても、四方木家には縁のない話だ。
何しろ母親は料理教室の先生なので、季節のイベントの料理だってぱぱっと作ってしまう。
聖にとっては母お手製の料理こそ子供のころから食べ慣れた味なので、今更外で買いたいとは思わなかった。今年も母は、クリスマスにきのこのポットパイを作ってくれるだろうか。
さくさくのパイ生地をクリーミーなソースに浸して食べる。ターキーよりも、オードブルよりも楽しみな一品だ。来年の今ごろはそれどころじゃないだろうから、今年のうちにめいっぱい楽しんでおきたい。
夕食の間中乾燥しておいた制服は無事渇き、聖も冬治も、今朝はちゃんと制服で登校することができた。いつも通り教室前で別れ、授業がはじまる。
昼休みになればまた冬治と二人、腹ごしらえの為に食堂へ向かう。その道すがらに一度職員室に立ち寄った。冬治が一クラス分の提出物を担当教師に渡している間、聖は職員室の前の廊下で待っている。
「ん?」
ふいに、手持無沙汰にスマートフォンを弄っていた聖の足元に何かが転がって来た。不思議な形のそれを拾い上げ、周囲を見回す。運のいいことに、近くを歩く人影はひとつだけだった。聖が拾い上げた黒い物体は、彼の落とし物に違いない。
「あの、落としましたよ」
聖は早足で落とし主を追いかけた。ただでさえ背が高い上にせかせかとせっかちな歩き方をする人だから、普通の速度じゃ追いつけない気がしたのだ。しかも、聖の声が聞こえていないのか、どんどん歩いて行ってしまう。仕方なく、聖は声を張り上げた。
「あの、落とし物ですよ! って、うわっ」
やっと呼ばれていることに気付いたらしい。彼はぴたりと、本当に唐突に立ち止まった。そんな止まり方をしたら、よろけてしまいそうなものだが、体幹は安定している。
大変だったのはむしろ聖の方だった。もはや駆け足になっていたせいでブレーキが利かず、背中に突進してしまう。
跳ね返ったのもまた、聖の方だった。ひょろりと痩せているように見えたが、聖が跳ね返ってよろめくくらいにぶつかってもびくともしていない。
「ご、ごめんなさい」
微妙に納得がいかないような気もするが、ぶつかってしまった事には違いないので、聖は謝罪した。固い背中にぶつけた鼻がひりひりと痛い。
「いえ。こちらこそ考え事をしていました。すみません」
彼はあまり感情のこもっていない声でぼそぼそと話すと、長い前髪の内側にちらりと見えている眼鏡の位置を整える。
わざとなのか寒いのか、伸びきってヨレヨレになったカーディガンに指のほとんどが隠れてしまっている。髪型も櫛すら通していないのかボサボサで、なんというか全体的にもっさりした雰囲気だ。微妙に猫背なのも気になる。
「え」
あらゆる意味で印象的な外見を見つめていると、彼はすっと手を差し出してきた。行動の意味が分からず、無言で差し出された手のひらの凝視してしまう。
「落とし物を拾ってくれたと聞きましたが」
「あ、ああ。そうだった」
初対面だから致し方ないが、会話のテンポがつかみにくい。
だが、そういえば、落とし物を渡す為に呼び止めたのだと思い出し、手にしていたそれを差し出す。その時偶然、それが不思議な形をしている理由が判明した。
聖が最初に見た黒い面は裏側だったのだ。表に絵柄があり、その輪郭に沿って切り取られていたから変わった形をしていたのだ。
(そういえば、中学の時にアニメ好きな子がこういうの鞄とか筆箱につけてたっけ)
そうだ。らばすと、とか言うストラップだ。
(それにしても、この子)
足首まで広がる、たっぷりのフリルで飾られたドレス……いや、ローブだろうか。髪型は黒に紫のメッシュが入っていて、目はくりくりと大きく愛らしい。頭に大きなリボンがお洒落なとんがり帽子をかぶったその子は、片目を閉じて愛嬌たっぷりのウインクをしていた。
「メグにそっくり……うわわっ、」
思ったことが口を衝いて出てしまう。すると、なぜか彼は突然、勢いよく聖の両肩を掴んできた。行動の逐一がスイッチを切り替えたみたいに突然だから、慣れない聖はいちいち驚かされる。
「君はっ、君は、橋詰 愛を知っているのか!」
「え……え、っと」
「教えてくれ! 重要な事なんだ!」
機械音声のように抑揚も少なかった声にも気圧されるような熱がこもり、聖はその勢いに呑まれてどうしたらよいのか分からなくなってしまう。
それに愛の場合、これまでの恋愛遍歴から鑑みて、どこかの誰かに恨みや未練を抱かれていても不思議ではない。だから、正直に話してよいものかどうかも悩みどころだ。
「ひーちゃん!」
絶妙なタイミングで冬治が助けに来てくれる。本当に奇跡のようななタイミングで現れる幼馴染は、その恵まれた容姿も相まって、ヒロインのピンチに表れる王子様のようだ。もちろん聖はヒロインではないが、この際、そこはどうだっていい。
32
お気に入りに追加
207
あなたにおすすめの小説
祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
騎士団で一目惚れをした話
菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公
憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。
今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~
松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。
ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。
恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。
伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。
ベータですが、運命の番だと迫られています
モト
BL
ベータの三栗七生は、ひょんなことから弁護士の八乙女梓に“運命の番”認定を受ける。
運命の番だと言われても三栗はベータで、八乙女はアルファ。
執着されまくる話。アルファの運命の番は果たしてベータなのか?
ベータがオメガになることはありません。
“運命の番”は、別名“魂の番”と呼ばれています。独自設定あり
※ムーンライトノベルズでも投稿しております
花婿候補は冴えないαでした
一
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。
本番なしなのもたまにはと思って書いてみました!
※pixivに同様の作品を掲載しています
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる