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誕生日の贈り物

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 冬治の不機嫌はつかの間の事で、ショッピングモールにたどり着くころには本来の温和な雰囲気に戻っていた。聖はばれないようにこっそりと肩を撫で下ろす。
 別に聖自身は冬治に対して委縮してしまうというわけではない。ただ、やはり冬治はアルファな上に顔立ちも整っているから、へそを曲げたりすると、無意識に周囲に威圧感を与えてしまうのだ。
 顔も名前も知らない赤の他人とはいえ、本当は温厚で平和主義の冬治を誤解してほしくはなかった。冬治にはいつも、聖にとっての理想の王子様でいてほしい。聖だけでなく周りにも、そう正しく認識してほしい。
 その証拠に機嫌が直っただけで行き交う人の目を引く。オメガだけでなくベータすらも、冬治に秋波を送っていた。

(うんうん。分かる。分かるぞ。格好いいもんなぁ)

 自分の隣に向けられる羨望、あるいは恋情の視線を感知して、聖はまるで自分が冬治を育てたかのように誇らしい気持ちになる。

「ひーちゃん、どこ見る? 服屋さん? それとも雑貨屋さんとか本屋さんがいいかな。CDショップもいいよね」

 当の本人は周りの視線を独り占めしているなどとは気付きもせず、子供の様に浮き浮きしている。

「今日はひーちゃんが主役だし、ひーちゃんの行きたいところに行こう。どこがいい?」

 気分が上がっている理由が聖の誕生日プレゼントを買うためだと思うと、むず痒いような照れくさいような気持ちになる。高揚感までうつったようで聖もそわそわむずむずしてきたのだが、だからこそ気持ちばかり急いてしまって、目的を一つに絞ることができなかった。

「時間はたくさんあるし、一軒一軒回ってみようか」

 すると冬治が助け舟を出してくれて、ひとまず一番近くの服屋に入ることになった。
 若者向けから中高年向けまで幅広い年代の衣服を取りそろえたセレクトショップで、値段も様々だが、学生でも手に取りやすいリーズナブルな商品も取り扱っている。服に合わせた小物も豊富で、見ているだけでも楽しい。
 冬治は聖に似合いそうな服を次から次へと持ってきては着てほしいと頼んでくる。
 聖はしばらくの間きせかえ人形にされた。あれも似合う、あっちも良さそうだよと少々強引なオススメがとまらない。
 今も数着着て、全て元の場所に戻してきてもらったところだ。
 盛り上がっているところに水を差すようで悪いが、ちょっとでも気に入った素振りを見せると二着でも三着でも平気で買ってくれようとするのだ。
 アマチュアモデル、いや、マネキンは若干疲れを感じながらやれやれと苦笑いした。
 休憩がてら近くのガラスケースに目を向ける。

(へえ……指輪か)

 お洒落なピアスやチョーカーがずらりと並ぶ隣に、銀色の指輪があった。特に飾りがついているわけではないシンプルなデザインで、シックな印象を受ける。こういうデザインは冬治によく似合う。急いで値段を確認すると、聖にも手が届きそうな値段だった。

「ひーちゃん、何見てるの?」

 しょぼんとしながら服を戻してきた冬治が、いつの間にか隣に並んでいた。

「やっぱりチョーカーがいい?」

 確かにチョーカーもあるが、聖が見ていたのは別の商品だ。

「ん? いや、そうじゃなくてさ。これ」

 頭を振って目についた指輪を指差し、「冬治に似合いそうだと思って」と思った事を素直に伝える。

「そうかな。似合うかな」

 聖は力強く頷く。

「もしよかったら、今度の誕生日に買ってやるよ」

「ほんとに?」

「おう」
 
 冬治ははにかんで笑ったあと、隣の指輪を指示した。シルバーの指輪の横に同じデザインのゴールドの指輪が並んでいるのだ。

「こっちの色違いのはひーちゃんに似合いそう」

「そうか?」

「うん。絶対似合う」

 言われてみれば普段の買い物でも、ごてごてしていないシンプルなデザインを選んでいる気がする。でもそれは趣味というわけではなくて、あんまり派手な装いは品がない気がしてしまうのだ。
 とっくの昔に諦めたはずのお姫様願望が深層心理に残っていて、気付かぬうちに清潔感を優先してしまうのだろう。
 だったらもっとフリルとかリボンがたっぷりの、レディースで言うところのガーリー系やゴシック系に興味が湧きそうなものだ。分かっている。
 正直、ちらとでも見ていないかと言えば嘘になる。さすがに表に着ていく度胸はないが、ルームウエアとかパジャマだったら……とパソコンの前でうんうん悩んだ経験は一度や二度じゃない。結局いつも一歩踏み出せずにブラウザを閉じてしまうが。

「どうせなら一緒に買って、贈りあいしたいね」

「え……っ」

 冬治がとんでもない事を言い出すので、聖は思わず大きな声を出してしまった。周りを気にして、誰にも睨まれていない事を確認し、冬治を見上げた。睨んだと言ってもいい。

「な、何言ってんだよ。指輪を贈りあうなんて……そんな、……そんなの」

 勢いよく放ったはずの声が尻すぼみになっていく。声量は小さくなるのに、頬の熱はみるみる上昇していた。
 お揃いのデザインを送りあうなんて、なんだかまるで恋人同士みたいじゃないだろうか。だって、お揃いで身に着けることになるわけなのだし。

「ダメかな。サイズも金色の方が一回り小さくてちょうどよさそうだし、この機を逃したら売れちゃうかもしれないよ?」

「う……」

 確かに、二か月後の冬治の誕生日まで残っている確証はない。その時にガッカリするくらいなら、今、この恥ずかしさに打ち勝って購入すべきなのだろうか。もちろん、聖も財布は持ってきている。買おうと思えば、今でも買えてしまうのだ。

「ひーちゃん、俺、次の誕生日、この指輪じゃないとイヤだな。ねえ、買ってくれない?」

 もしも財布の中が寒々しかったら、今は金がないでしのげるというのに出来ない。それに、冬治がここまで気に入ってくれたのに、勧めた聖が渋るのはどうなのだ、とも思う。

「……わ、分かった。買う。買ってやる」

「ありがとう、ひーちゃん」

 結局今回も聖が折れる形になり、お揃いの指輪をそれぞれ購入することになった。
 
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