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誕生日は煩悶ではじまる

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 正直、オメガだと判明して以降の誕生日は、ちょっとだけ憂鬱だった。誕生日を迎えた朝は、毎年ため息から始まる。
 ああ、今年も発情期が来ないまま年を取ってしまった。
 同学年の珠樹だって愛だってもう一人前のオメガだというのに、なぜ聖だけがいつまでも半人前のままなのか。
 これで三人の中で一番小柄だというなら発育の問題かもしれないと諦めがついた。
 しかし聖は愛より上、珠樹より下のちょうど真ん中だ。聖よりもさらに小柄な愛が三人の中で最もはやく発情期を迎えているのだから、背丈の所為には出来ない。
 ならば幼少期に肉体を苛めたのがよくなかったのかと思い至るがそれも違う。珠樹は普段はおっとりとしている平和主義だが、いじめられっ子だった弟妹の為に小学、中学時代はケンカに明け暮れていたらしい。
 兄が怖い人ならば、その弟妹にも報復を恐れて手が出せない。結果的に、珠樹の作戦は成功したのだ。
 だからたとえば腕相撲などで力比べをしてみると、全く歯が立たない。聖だって、幼少期はそれなりに鍛えていたにも関わらず、だ。つまり、子供のころの行いも関係ないのだ。
 では一体なぜなのか。こればかりは個人差があるので仕方ないというのが医師からもらった答えだった。発育も筋力も関係ない、もちろん精神面も影響しない。ただ、時期が来ていない。それだけ。
 その道の専門家がいうのだからその通りなのだろうと言い聞かせても、やっぱり不安なものは不安だった。こんな悩みは、既に定期的な発情期に悩まされている珠樹や愛には、むしろ羨ましがられてしまうのだけど。

(でも、いつまでも発情期がこないと、冬治の事もそれだけ縛り付けてしまうことになるし)

 頭を抱えつつも、来たら来たで別の問題が浮上する。

(来たとしても、冬治に噛ませるわけにはいかねえんだよな)

 冬治が聖の首を噛んで番契約が成立してしまったら、聖のフェロモンは冬治以外に効果を発揮しなくなる。だからこそ、双方の両親が聖と冬治を婚約させた。
 だが、実はこの契約は平等ではない。
 オメガにとって番契約は人生で一度きりの大切な儀式だが、アルファは番がいたとしても新たに別のオメガと契約を結ぶことが出来るのだ。捨てられた一人目のオメガは、辛い発情期を一人で乗り越えることが出来ず自尽してしまうとも聞く。
 だから簡単に願うべきでないと承知しているが、その上でもしも間違いが起こったら容赦なく捨ててほしいと願ってしまう。聖とて、冬治の足を引っ張りたくはないのだから。
 だが、冬治は聖を決して見捨てはしないだろう。どんな経緯があったとしても番にした以上は最後まで責任を取ると言い出しかねない。

(それじゃ困る。冬治には冬治にふさわしいオメガと結婚してもらわなきゃいけねえんだから)

 望まない番契約を避けるためには、聖が重々気を付けるしかない。気を付けると言っても、発情期が前触れなくやってくる以上、具体的にどういう対策を取ればよいのかは不明だ。
 だが先に一人前になったオメガの先輩二人いわく、前兆として微熱、身体の重ったるさ、腹……特に下腹部の違和感などがあるらしい。これらの症状をちょっとでも感じたら、何かしら理由をつけて自室に引きこもり、抑制剤を飲めばいい。
 市販の抑制剤は処方される薬に比べて効果が劣るらしいが、ないよりはマシだ。
 あとは手間をかけて申し訳ないが、母に車で病院に連れて行ってもらって、ちゃんと自分に合った薬をもらえば完璧だ。
 発情期の間は冷静でいられないと噂に聞くが、それでも成し遂げられるよう、何度も何度も頭の中でシミュレーションしておく。何度か繰り返していると、枕もとのスマートフォンが振動した。
 メッセージアプリに新着メッセージが入ったと通知が来ている。相手は確認せずとも予想がついた。

『おはよう、ひーちゃん。今日晴れてよかったね。後で直接言うけど、ひとまず誕生日おめでとう。予定通りの時間に迎えに行くから、待っててね』

 最後ににっこり笑顔の絵文字が入った、簡素ながら気遣いに満ちた文面に、ひとりでに唇が笑みを作る。心が一気に軽くなり、さっきまで煩悶していた悩みも不安も、どこかに吹っ飛んでしまうようだった。

『ありがとう。待ってる』

 短い返信をして、絵文字をつけようか散々迷った挙句、そのまま送信ボタンを押した。その所為でそっけない返事になってしまったが、本心では浮き立っている。
 跳ねるように飛び起きて寝台から下りる。
 一度洗面所に下りて顔を洗い、再び部屋に戻って昨日さんざん迷った挙句に選んだ一着を身に着けた。
 気を抜くと鼻息を歌ってしまいそうな自分を戒めて、あくまでも幼馴染と出掛ける体を装う。実際その通りだが。
 だが終始そわそわと時計ばかり気にしているので、両親には待ち遠しいのが丸わかりのようだった。しかし我が子の性格を熟知しているために見て見ぬふりをする。そんな両親の気遣いを知らぬは聖のみである。
 そして待ちわびた時間ぴったりにインターフォンが鳴って、冬治の到着を教えてくれる。

「んじゃ、行ってきます」

 いつも通りの口調で両親に告げてから、いつもよりも軽い足取りで玄関に向かうのだった。
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