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弁当と卵焼き

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 お昼休みになると当然のように冬治が教室まで迎えに来て、聖もまた当たり前のように教室の入り口で待っている冬治のもとに向かう。そして何の疑問も抱かず一緒に昼休みを過ごすのがいつもの流れだった。
 教室を出る際の友人たちのひやかしは、虫かのごとく片手を振って追っ払ってやるのも日常だ。
 昼時の学生食堂はカウンター付近のみ混雑しているが、基本的に食事の場所は限定されていないので、テーブルの方は人がまばらだ。入り口付近のパンを購入する生徒は買うだけ買って去っていく者が多く、食券で注文したもののみ食堂での食事が義務付けられている。
 冬治はいつも食券派だ。というか、嘉瀬家は夫婦で会社を経営しているために多忙の身なので、お弁当を作る余裕はないようだ。
 弁当箱って後片付けも結構面倒なので、気持ちはわかる気がした。そういうわけで聖と冬治はいつも食堂での昼食になる。
 冬治いわく、食堂の食事はどれもなかなか美味しいらしい。いつも少し分けてもらうのだが、たしかに思わず唸る逸品ばかりだった。
 今日は窓際の席に二人並んで座り、冬治はトレーに乗ったオムハヤシ。聖はその隣で自作の弁当を広げる。
 正直、プロクオリティと並べたくはない出来だが、プロとアマくらいの歴然の差があれば開き直ることも出来た。そもそもプロ相手に勝負を挑もうとすること自体烏滸がましいのだ。だから見劣っていても恥ずかしくない。

「今日もひーちゃんの手作り?」

 出来れば見ないふりをしてほしいのだが、冬治は聖が蓋を開くなり興味を示してくる。これも毎日のことなのだが、納得いく出来ではないので、今すぐ蓋を閉じて隠したい衝動にかられた。

「まあ、な。たいしたもんじゃねぇけど」

 とはいえ、実際に実行に移すと感じが悪いので、手にしたままだった蓋は裏返して弁当箱の脇に置いておく。

「卵焼き、一つちょうだい」

「またかよ。いつもと変わんねえぞ」

 この催促もいつものことだ。それこそ焦げたり、殻がはいってじゃりじゃりしているころから、食べさせてとしつこく強請られては押し切られてきた。
 今はもう、そこまで酷い失敗はしなくなったが、それでもやっぱり相当の勇気が必要だった。
 何しろ卵料理は冬治の好物なのだ。

「それがいいんだよ。ひーちゃんの作る卵焼き、甘くておいしいから」

「そりゃ……」
 
 卵焼きには、毎度砂糖と牛乳を入れている。別に聖自身は、甘かろうとしょっぱかろうとどちらでも構わない。そこまでこだわりはない。だからこれは、間違いなく冬治の好みに合わせていた。
 だがそれを素直に打ち明けるのは照れくさくて、滑らせかけた本音を呑み込む。

「ひーちゃん、お願い」

 紅潮した頬を見られたくなくて俯いていると、迷っていると勘違いされたのかもしれない。無駄に甘い低音で再び催促される。聖は今日も今日とて敗北し、卵焼きを一つ冬治の口元に突き付けた。

「ありがとう。ひーちゃん」

 勝利の余韻に浸っているのか、やたら嬉しそうに相好を崩して、卵焼きを頬張る。
 高校全体からカップル認定されている二人の、周りを憚らないいちゃつきっぷりに周囲が気を使って目をそらしていることにも気付けないほどそわそわして、聖は冬治の感想を待った。
 たっぷり味わってから嚥下して、冬治は一つ頷く。

「うん。とっても美味しい」

 率直な感想にほっとして、緩んだ表情をすぐさま引き締めた。

「ま、たかが卵焼きだけどな」

 こういうところがほんとに可愛くない、と自分に嫌気がさす。

「たかが、だけどされど、でしょ? はい、おかえし」

 冬治がオムハヤシをひと匙スプーンにすくって、聖の口元に近づけた。美味しいことは既に分かっているそれを口にする。濃厚なソースが、ぱりっと焼いた薄焼き卵とご飯に絡んで、やはり文句なしに美味しい。たまにこりっとするのはマッシュルームだ。この歯ごたえがくせになる。

「ん。美味い」

 聖も時間をたっぷりかけて味わい、飲み下す。

「だよね。ここのメニューで一番好きなんだ」

「確かによく頼んでるよな」

 そんなに好きならいつか作ってやる。自信満々に言い切ってやれるほど料理上手だったらいいのにな、とないものねだりをする。でも、だからこそ、じっくりと味わうのだ。完璧に再現は出来なくても、近づけることはできるだろうから。
 冬治は実家が忙しいので、高校生になった今でもうちで一緒に夕食を食べることがある。だからいつか振舞ってやれたらいいなとおもう。その時にはもう、単なる幼馴染に戻っているかもしれないが。

「そういえば、ひーちゃん。もうすぐ誕生日だね」

「ん? ああ、そうだな」

「じゃあ、今週末一緒に出掛けようよ」

 誕生日を迎えるのは聖なのに、なぜか冬治の方がわくわくしている。でも、聖も自分の誕生日よりも冬治の誕生日の方が張り切るのでお互い様なのかもしれない。

「……いいけど」

 気恥ずかしさでいつもより声を低くして応じると、冬治は嬉々として日付や待ち合わせ時間を確認しはじめた。待ち合わせと言っても、毎回冬治が家まで迎えに来てくれるのだが。
 時には聖の方から迎えに行くと申し出ても、どうせ駅への道すがらだからと言われてしまうと確かにその通りだと納得してしまう。だから結局今回も、待ち合わせ場所が変更されることはなかった。
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