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成長途中のお姫様

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 オメガは皆お姫様で、アルファは皆王子様。
 幼い四方木 聖よもぎ ひじり少年はそう信じて疑わなかった。
 しかし現実は残酷だ。オメガの中にはお姫様には程遠い、がさつで粗野で不器用な者がいるのだから。
 そう。たとえば聖のような。

「うーん」

 早朝のキッチン。粗熱を取ったから揚げを一つつまんで、聖は唸った。
 さくさくの衣、歯を立てればしみ出す肉汁、舌を押し返すような絶妙な弾力、形だけなら申し分ない。だが、やはり味が違う。母直伝の漬けダレに一晩漬けておいたにも関わらず、今一つ物足りない気がした。

「まあ、及第点ってところか」

 本当は納得いくまで作りなおしたいところだが、あいにくと時間と材料がなかった。だから、今日の所は妥協して、三つ並んだ弁当箱に詰めていく。
 聖が家族の弁当を作るようになって早三年。最初の頃に比べたら見られる見た目になったが、まだまだだ。
 目指すは幼いころに母が作ってくれた弁当。お弁当ありの行事が楽しみで仕方なくなるあのクオリティだ。蓋を開けた瞬間、よだれが口の中にあふれるような、食欲をわき立たせる逸品を作れるようになるのが目標だった。

「おはよう。聖」

 弁当を作り終え、洗い物も片付けたところで母が起きてきた。

「おはよ」

 母を見ていると、いつも聖は自分の五年後を先取りした気分になる。
 三十代前半とは思えない童顔は、猫のような釣り目ときっかり中央で分かれた富士額が印象的で、身体は頼りないほど痩せ型だが、見た目にそぐわず案外力持ちだ。
 本当に聖にそっくり……いや、聖が似ているのか。
 唯一違うところがあるとすれば、髪質だ。母は羨ましい程毛先が落ち着いているが、聖は父親の遺伝でくせっ毛なのである。

「わ、今日も美味しそうに出来たじゃん」

 母はキッチンカウンターに並ぶ弁当に目をやるなり、嬉しそうに声を弾ませた。その母が作る弁当よりはるかに見た目も味も劣るというのに、やはり我が子の作る食事は特別なのだろうか。

「まあまあだと思う。から揚げも、やっぱなんか違うし」

 もごもごと言い訳がましく口にして、そんな自分を可愛げがないと嫌悪する。褒め言葉くらい素直に受け取ればいいものをと思いながら、エプロンを外した。中学の家庭科で作ったエプロンははじめてのわりに結構頑丈にできて、未だに重宝している。クリーム色の無地で、胸ポケットに目玉焼きとフライパンの絵がちょこんと置かれたシンプルなデザインも気に入っていた。

「そう? いつも美味しいけどなあ。お母さんは聖の作るから揚げの方が好き。あ、エプロン、洗うからちょうだい」

「うん。よろしくおねがいします」

「朝食の支度しちゃうから、着替えておいで」

「わかった」

 外したばかりのエプロンを母に託し、聖は着替えのために一度部屋に戻った。
 捲っていたシャツの袖を戻して袖のボタンを留め、ブレザーを羽織る。それからチェストの抽斗ひきだしを引っ張って、チョーカーを取り出した。
 オメガにとって守るべき首を保護してくれる貞操帯ていそうたい。だが一方で、オメガであると知らしめる名札のようなものでもある。
 だから抵抗を覚えるオメガも多いのだが、聖はチョーカーをオシャレの一部ととらえていた。
 聖自身がオメガとして生まれたことを嘆いていないのもあるが、大切な幼馴染がくれた贈り物だからというのが一番の理由だ。誕生日とクリスマスには必ずチョーカーをプレゼントしてくれるため、既に聖は六本ものチョーカーを持っている。
 今日はクロスのついた一本にしよう。その日の気分によって選ぶこの時間、聖はいつも口元がほころんでいた。
 着替えを終えて再びダイニングに戻るころにはトーストの良い香りが漂っていて、聖の腹が空腹を訴えてきた。味見はしたものの、食べ盛りにはそんなものじゃ足りない。それに早起きした分、お腹はぺこぺこだった。

「おはよう。聖」

「おはよう。父さん」
  
 ここと決まっているわけではないのだが、父はいつも同じ席に着いている。聖はその向かいの席だ。でもすぐには着席せず、母を手伝って盛り付けが終わった皿やらポットやらを食卓に運んでいく。
 三人そろったところで「いただきます」と同時に手を合わせた。
 父、母、子、三人ともが男。大多数を占めるというベータならば珍しい家族の形だが、アルファとオメガならば話は別だ。聖はオメガである母から生まれた。父ともちゃんと血がつながっている。
 だけれど趣味趣向は様々だ。その証拠に卵の焼き方ひとつとっても違う。母は甘めのスクランブルエッグ派で、父は硬めの目玉焼き、聖は反対に黄身がとろりとしているくらいが好みだ。
 飲み物だって母はコーヒー、父は紅茶、聖は牛乳だ。でも毎朝一緒に食事をする。掃き出し窓から差し込む朝日が和やかな朝の風景を暖かく照らしている。

(やっぱ、いいよなあ……)

 幸福が満ち溢れ自然と笑みがこぼれる空間は、聖が憧れてやまない理想の世界だ。
 愛する伴侶と、その伴侶との間に出来た愛しい子供と、同じ食卓を囲う。食事が終われば支度をして、それぞれに家を出る。パート勤務なので遅めに家を出る母は、まだエプロン姿のまま父のネクタイを整えた。そしてさりげなく口づけを交わす。
 そんな仲睦まじい姿をちらりと盗み見て、聖はただただ憧れる。自分もいつかは、と妄想を膨らませる。
 だが、空想の中で両親に重ね合わせた相手役に幼馴染の姿が浮かぶと、途端に現実に引き戻された。
 良い意味でも悪い意味でも純真無垢だった子供時代は、厚かましくも毎度相手役に選んでいた幼馴染は、今や遠い存在になってしまった。聖のような半端なオメガには到底手が届かない高みへと昇ってしまった。
 だからもう聖は幼馴染とは結ばれない。それほど身の程知らずにはなれなかった。
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