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おまけのあれこれ

千影と律

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 寿幸と一美、そして思いがけず再会した妹、千秋が帰っていった。彼らの姿が見えなくなるまで手を振って、千影は律とともに家の中に戻った。

「お前、妹そっくりだったな」

 千影の肩を止まり木代わりにしている朱雀が毛繕いをはじめた。

「違うって、ちぃが俺に似てるんだよ。俺のが先に生まれてんだから」

「外見だけでなく芯の強いところも似ている。見知らぬ土地で不安だったろうに、気丈に振舞っていた」

 千影の腕に抱かれた白虎が感心したように言う。

「それほどちい坊のことが気がかりだったんじゃろう。お互い元気な姿が見られてよかったのう。ちい坊」

 玄武は律の頭の上がお気に入りで、今もそこでのんびり頭を上下させている。

「うん。……まさか、会いに来てくれるなんて思わなかった」

 千影は白虎を片手に抱きなおし、ジーンズのポケットからスマートフォンを取り出した。

 連絡手段は必要だからと、中学校に上がったお祝いに律と一緒に買ってもらったスマートフォン。

 継承の儀を迎えても解約されることなく大事に保管してもらえていたことが、千影は嬉しかった。

 そのおかげで、これからは千秋とも気軽に連絡が取れるようになった。

(それにやっと、寿理じゅりさんの伝言も渡すことが出来た)

 心の中で出会い、千影が道を間違えそうになったところを止めてくれた彼女の名は寿理というらしい。寿幸の先代の継承者だった。

 彼女から受け取った伝言を今日ようやく寿幸に渡せて、肩の荷も下りた。

(でもやっぱり一美さんはすごいな……)

 あの時の一美のさりげない気遣いに、千影は尊敬の念を抱いた。

 多分、寿幸は涙ぐむのを悟られたくなかったのだろう。

 急に窓の外に目を遣った寿幸を一瞥いちべつした一美は、それには気づかないふりをしてさりげなく新しい話題に切り替え、場を繋いだ。

 ああいうさりげない手助けが出来る一美は、優れた助手だと思う。千影も将来的には一美のように、打てば響き、一を聞いて十を知るような大人になりたい。

(そしたら堂々と律の隣にいられるもんな)

 頑張ろう、とひそかに意気込んでいると、隣から優しい声にいつものあだ名で呼ばれた。顔を向けると、律と目が合う。

「なに?」

「ううん。ちいちゃんがいるなって思って」

「なんだそれ」

 当たり前のことを特別であるかのように言うので、千影は笑ってしまった。でも本当は、律がどういう気持ちで言ったのか、ちゃんと理解している。

 だから、千影はスマートフォンをポケットに戻してから、その手を伸ばした。手のひらをくっつけ指を絡めあって、互いの体温を確かめ合うように繋ぐ。

「ちゃんとここにいるよ。これからもずっと」

「うん。そうだよね」

 しばらく揉むように手を動かしていた律が、にわかに声を低くした。

「ねえ、ちいちゃん。抱きしめていい?」

「え……?」

 ぽっと顔が熱くなった。律の声が急に甘ったるくなったせいだ。朱雀たちが敏感に気配を感じ取って姿を消す。その気遣いのせいで、千影はますます照れくさくなった。

 律は普段、人前で彼らが話し出したときには気にするくせに、こういう時には見て見ぬふりだ。というかもう、見えていないのかもしれない。

 だって、律の瞳はずっと千影だけを映しているから。

「もー、こんな明るいうちから、恥ずかしいだろ」

 もごもご不満は漏らしながらも、千影はおずおず手を伸ばした。文句は言うが、嫌なわけじゃない。そんな子供っぽいワガママに、律はどうしてか幸せそうに目を細める。

 そして受け入れ態勢を整えている千影をすっぽり抱き込んだ。

 子供の頃は大して変わらなかった身長が、どうしてこんなに開いてしまったのか。謎である。ほとんど同じ環境で暮らしていたはずなのに。

「今日ね、神代さんたちがうちに来て、千秋ちゃんも一緒にみんなでお喋りして、改めてちいちゃんが戻って来たんだなって実感したんだ」

 腕の力が強くなってちょっと苦しかったが、心地の良い圧迫感だった。

「うん。ちゃんと帰ってきたよ。ここに居る」

 だから安心してほしい。願いを込めて、千影は律の背中をぎゅっと抱き返した。

「ちいちゃん」

 しばらく抱擁を交わしていると、ふいに声をかけられた。離れるタイミングにはちょうどよかった。

 何しろ、季節のせいもあって互いの身体がちょっぴり汗ばんできたことに気付いてしまったから。

 友達同士ならなんて事ないのだろうけど律は千影の想い人だ。発汗した分、千影の大好きな匂いがより強くなって、奇妙な高ぶりに襲われてしまう。

「律……、あっ、」

 身体に顕著な変化が現れる前で良かった。ほっとしたのもつかの間、律の両手が千影の頬を包み込んだ。

 これから何が起こるか理解して、千影はますます体温が上がってしまう。

「だ、ダメだって……」

 だがこういう時の律は普段の控えめさが嘘のように強引で、千影はどうすることも出来なくなる。

「ん……、」

 唇が重なる。何度も何度も角度を変えて唇が触れ合う。

 最初は戯れのような口づけだったのに、そのうち唇を唇で挟まれたり、舌先で唇の隙間をなぞられたりと、情熱的なものに変わっていって、千影は慌てた。

「ふぁ……ま、待てったら。ダメだよ。こんな明るいうちから……」

 千影のささやかな抵抗に、律は普段は見せない意地悪そうな笑顔を浮かべた。

「でも、ちいちゃん。ここ、辛そうだよ」

「うわっ……」

 再び抱きしめられ、特に腰を強く引き寄せられる。律の方からもわざと押し付けるようにされた。

 互いの変化を知らせあうような行為に身体がますます熱くなる。

「律……ってば、ダメ。擦るなよ……」

「可愛いね。ちいちゃん」

 芯を持った箇所が触れ合うと、まるで硬度を競うようになって、極度の羞恥に涙がにじむ。律はうっとりしながらつぶやくと、睨む千影の目じりに唇を寄せた。

「神代さんから頂いたお土産をお供えするにも、このままじゃ外にも出られないし。ね?」

「ん……、もー、しょうがないなあ」

 わざと吐息たっぷりにささやかれ、千影は呆気なく負けを認めた。それにこのままでは人前に出られないという意見には一理ある。

「じゃ、触りっこするだけだからな」

 でも、とりあえず釘は刺しておく。夏は特に陽が落ちるのが遅いのだから、時間には特に気を付けておかなくちゃいけない。でないともっと恥ずかしい思いを羽目になる。

「うん。分かってる」

 なのに、律に即答されるとちょっぴり残念に思えてしまう千影である。
 
 律に手を引かれて千影は歩き出す。少し前を歩く律の背中が嬉しそうで、千影も自然と破顔した。



おわり


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