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第二話:隠し事
【20】
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「いや……、もうこれ以上、こんなくたびれたおじさんの為に、犠牲にならなくていいんだ。もちろん、突然追い出すつもりはない。しっかりと準備が整うまではここに居て構わないし、そのための資金も用意してある」
寿幸はその笑顔を真っ向から受け止めることが出来ず目を反らしながら返す。他にも必要なものがあれば、寿幸のできる限りで援助するつもりだった。
「僕が居ると迷惑ですか? 邪魔ですか?」
本来、安心させるはずの言葉が、一美の機嫌を悪くしていく。さっきまでの笑顔が嘘のような怒気を放ちながら、詰問された。
「そんなことは思ってない」
邪魔なものか。むしろ寿幸個人の希望を言うなら、このままずっとそばに居てほしい。
だが、そんな面の皮が厚いことを望めるはずがない。今まで縛り付けておきながら、自由になれる機会すらも奪うなんて。
「なら、ここに居ます」
迷いのない声できっぱりと宣言される。
「そもそも、寿幸さんは僕なしでは暮らしていかれないと思います。仕事は出来るかもしれませんけど、それ以外はからっきしダメじゃないですか。特に料理。毎食焦げの塊をおかずにするつもりですか? お客さんにお出しするお茶だって、僕の方がずっと上手にいれられます。そもそも食材を選ぶ時から料理は始まっているんですよ。寿幸さんに、良い食材を見抜くことができますか? 出来ないでしょう」
さらに、寿幸に口をはさむ隙を与えないように矢継ぎ早に痛いところを付いてきた。さっきお世辞も美味しいとは言えない茶を入れたばかりなのでなおさら反論できない。
「それに寿幸さん。前に僕に言ったじゃないですか。犠牲になるために生まれてきた命なんてない。自分自身の幸せを見つけてみせろって」
寿幸は一瞬、自分はそんなに偉そうなことを言ったのかと、驚愕してしまった。しかし、少しして遠い昔の出来事が脳内によみがえった。
そうだ。あれは、寿幸が、一美と初めて言葉を交わした日のことだ。
縁もゆかりもない他人を身代わりに据えるなんてとんでもないと、家族に楯突くも一蹴され、くさくさしながら濡れ縁に出た時、庭をうろついている一美を見つけた。
何をするわけでもなくそわそわ歩き回って、だけど、ちらちらと寿幸を気にしている。
さっきの言い争いが聞こえていたのだとすぐにわかった。
唐紙一枚の防音効果などたかが知れているし、寿幸も家族もどっちもみっともないくらいヒートアップして大声を出していた。聞きたくなくたって耳に入ってしまうだろう。
さすがに何かしらのフォローをしたほうがいいかと思い立ち、サンダルをつっかけて庭に出た。
「……僕が来たの、迷惑でした?」
寿幸が近づくなり、一美は消え入りそうな声で問うてきた。寿幸はくせのある髪を掻き回した後、隣にしゃがんで目線を合わせる。
「迷惑とは言ってない。俺は、見ず知らずの、それもお前みたいながきんちょを平気で身代わりにしようとする家族が許せなかっただけだ」
包み隠さず本音をこぼすと、一美は投げるでもつくでもなく毬を抱えていた腕に力を込めた。あとで聞いたら、もらったはいいが、派手な花柄があんまりにも綺麗なので汚したくなかったらしい。
「僕は、妖の器っていうのになるの、別に構わないです」
「ずいぶん軽々しく言うんだな。分かってんのか? この家のやつらですら必要最低限にしか近寄らない場所で一人ぼっちで寝起きすんだぞ? 周りは魔よけの木々で覆われてるから日差しだってろくに差し込まない。そもそも、子供だって抜け出せないくらい小さい窓しかないから、昼も夜も薄暗い」
子供にあたってどうすると自分自身にあきれながらも、脅すようなことを言ってしまう。一美はぐっと身構えたが、唇を噛んで堪えた後、それでも構わないとかたくなな態度を取った。
「僕、施設でもずっと一人だったから、同じことです。ずっとこの力のせいで周りから不気味がられてたんだから。でも、そんな僕でも、出来ることがあるんだってわかって嬉しかった。僕は多分、このために生まれたんです」
胸を張って言うので、寿幸は無意識に、おでこを指先で弾いていた。いわゆるデコピンというやつだ。
「痛っ、な、何するんですか」
涙目になりながら睨んでくる姿はやっぱりまだまだ子供だ。寿幸はため息をついてから立ち上がった。
「たかだか十年そこらしか生きてない分際で、人生知り尽くしたような顔をするな。お前が見てるもんなんて、まだほんの一部だぞ」
それから小指を立てて一美の前に突き付けた。
「誰かの犠牲になるために生まれてきた命なんてあってたまるか。俺がお前を助けてやるから、もう一度よく考えてみな。お前自身の生まれてきた意味。お前自身の幸せってやつを」
寿幸はその笑顔を真っ向から受け止めることが出来ず目を反らしながら返す。他にも必要なものがあれば、寿幸のできる限りで援助するつもりだった。
「僕が居ると迷惑ですか? 邪魔ですか?」
本来、安心させるはずの言葉が、一美の機嫌を悪くしていく。さっきまでの笑顔が嘘のような怒気を放ちながら、詰問された。
「そんなことは思ってない」
邪魔なものか。むしろ寿幸個人の希望を言うなら、このままずっとそばに居てほしい。
だが、そんな面の皮が厚いことを望めるはずがない。今まで縛り付けておきながら、自由になれる機会すらも奪うなんて。
「なら、ここに居ます」
迷いのない声できっぱりと宣言される。
「そもそも、寿幸さんは僕なしでは暮らしていかれないと思います。仕事は出来るかもしれませんけど、それ以外はからっきしダメじゃないですか。特に料理。毎食焦げの塊をおかずにするつもりですか? お客さんにお出しするお茶だって、僕の方がずっと上手にいれられます。そもそも食材を選ぶ時から料理は始まっているんですよ。寿幸さんに、良い食材を見抜くことができますか? 出来ないでしょう」
さらに、寿幸に口をはさむ隙を与えないように矢継ぎ早に痛いところを付いてきた。さっきお世辞も美味しいとは言えない茶を入れたばかりなのでなおさら反論できない。
「それに寿幸さん。前に僕に言ったじゃないですか。犠牲になるために生まれてきた命なんてない。自分自身の幸せを見つけてみせろって」
寿幸は一瞬、自分はそんなに偉そうなことを言ったのかと、驚愕してしまった。しかし、少しして遠い昔の出来事が脳内によみがえった。
そうだ。あれは、寿幸が、一美と初めて言葉を交わした日のことだ。
縁もゆかりもない他人を身代わりに据えるなんてとんでもないと、家族に楯突くも一蹴され、くさくさしながら濡れ縁に出た時、庭をうろついている一美を見つけた。
何をするわけでもなくそわそわ歩き回って、だけど、ちらちらと寿幸を気にしている。
さっきの言い争いが聞こえていたのだとすぐにわかった。
唐紙一枚の防音効果などたかが知れているし、寿幸も家族もどっちもみっともないくらいヒートアップして大声を出していた。聞きたくなくたって耳に入ってしまうだろう。
さすがに何かしらのフォローをしたほうがいいかと思い立ち、サンダルをつっかけて庭に出た。
「……僕が来たの、迷惑でした?」
寿幸が近づくなり、一美は消え入りそうな声で問うてきた。寿幸はくせのある髪を掻き回した後、隣にしゃがんで目線を合わせる。
「迷惑とは言ってない。俺は、見ず知らずの、それもお前みたいながきんちょを平気で身代わりにしようとする家族が許せなかっただけだ」
包み隠さず本音をこぼすと、一美は投げるでもつくでもなく毬を抱えていた腕に力を込めた。あとで聞いたら、もらったはいいが、派手な花柄があんまりにも綺麗なので汚したくなかったらしい。
「僕は、妖の器っていうのになるの、別に構わないです」
「ずいぶん軽々しく言うんだな。分かってんのか? この家のやつらですら必要最低限にしか近寄らない場所で一人ぼっちで寝起きすんだぞ? 周りは魔よけの木々で覆われてるから日差しだってろくに差し込まない。そもそも、子供だって抜け出せないくらい小さい窓しかないから、昼も夜も薄暗い」
子供にあたってどうすると自分自身にあきれながらも、脅すようなことを言ってしまう。一美はぐっと身構えたが、唇を噛んで堪えた後、それでも構わないとかたくなな態度を取った。
「僕、施設でもずっと一人だったから、同じことです。ずっとこの力のせいで周りから不気味がられてたんだから。でも、そんな僕でも、出来ることがあるんだってわかって嬉しかった。僕は多分、このために生まれたんです」
胸を張って言うので、寿幸は無意識に、おでこを指先で弾いていた。いわゆるデコピンというやつだ。
「痛っ、な、何するんですか」
涙目になりながら睨んでくる姿はやっぱりまだまだ子供だ。寿幸はため息をついてから立ち上がった。
「たかだか十年そこらしか生きてない分際で、人生知り尽くしたような顔をするな。お前が見てるもんなんて、まだほんの一部だぞ」
それから小指を立てて一美の前に突き付けた。
「誰かの犠牲になるために生まれてきた命なんてあってたまるか。俺がお前を助けてやるから、もう一度よく考えてみな。お前自身の生まれてきた意味。お前自身の幸せってやつを」
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