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第二話:隠し事

【14】

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 寿幸は二つの意味で安堵した。

 一つは彼女が無事に未練を解消し死を受け入れられたこと。もう一つは、彼女にとっては危険極まりないこの場所に、長く留めておく事態を避けられたこと。

 正樹はまだ空を見上げている。すでに現世へとつながる穴は閉じてしまっているが、それでも正樹の目には、先ほどちらと覗いた青空が見えているようだった。

「探偵さん」

 しばらく天を仰いでいた顔を、寿幸の方へ向ける。

「なおくん……直哉と母はここに居ます」

 正樹は、ここに閉じ込められる前に二人の姿を目撃していた。

「案内してくれる?」

 寿幸の問いに、正樹はしっかり頷いた。

 正樹の案内で廊下を進む。和風の平屋は廊下も長いが、それにしても一向に突き当りが近づかない。

 おそらくこれも妖の影響だろう。無限回廊とまでは言わないが、時空がゆがんでいる所為で本来の長さよりも引き延ばされているのだ。

 奥へ進めば進むほど、その歪みは顕著になっていった。

 まっすぐだったはずの道が、コーヒーに垂らしたミルクみたいにねじ曲がって、渦を巻き始める。

 無論、実際にねじれているわけじゃない。寿幸たちは直進を続けている。

 周りの景色だけがおかしいのだ。しかし、常識では考えられない視界の歪みはそれだけで人の感覚を狂わせるものだ。

「大丈夫? 単なるまやかしだから、気にしないほうがいいよ」

「不思議なんですけど、大丈夫です。母に会って長く胸につかえていた悩みが消えたおかげか、気持ちは落ち着いてます」

「そう? ならよかったねぇ」

 おそらく彼女は旅立つ前に自分の魂の一部を正樹のそばに残しておいたのだろう。

 それは、霊視の力を持つ寿幸の目にすら映らない微弱な存在だが、守護霊となって正樹を守っているのだ。

 寿幸にしても心強かった。

 おそらくこの先に待ち構えている悪霊は、これまで千影が力を与えてきた霊たちとは異なり、骨が折れる難敵となるだろう。

 説得どころか、話も通じない復讐鬼となり果てている可能性が高いのだ。もしかすると正樹のことまで手が回らなくなるかもしれない。

(一美がいてくれれば、心配はいらなかったんだがな)

 一美は、寿幸だけでなく神代神社祭神の守護を直接受けている。ゆえに一美という存在自体が、悪霊や妖を遠ざける力を持っているのだ。

 しかし、今一美は寿幸のそばにはいない。寿幸一人で退魔調伏も、依頼者たちのことも守らなくてはならない。

 それにしても、いつ何時、どこへ行くにも一緒だった存在と別れ別れになることがこれほど精神的な苦痛をもたらすなどとは想像も出来なかった。

 それだけ一美に甘えている証拠でもある。将来的には解放すると決めていたくせに、こんなことで手放してやれるのか。

「突き当りに着いたみたいだねえ」

 考えているうちに、ようやくつま先が何かにぶつかった。

 眼前にはゆがみ切って不気味なマーブル模様になり果てた空間が広がっているのみだが、手を伸ばすと確かに固く平たい感触に触れる。

「どうやって中に入るんですか?」

 正樹の疑問はもっともだ。何しろ取っ手どころか扉自体がない。

 寿幸はポケットから護符を取り出した。

「部屋に入る前に段取りを説明しておくけど、いい?」

「は、はい」

 姿勢を正した正樹に、寿幸はあれこれ指示を出した。

 まず、おそらくこの先に連れ去られた二人がいるだろうが、いきなり近寄らない事。

 寿幸が悪霊と対峙しはじめたら、なるべく足音を立てず、壁際を伝って二人のそばに行く事。

 不安そうな正樹に、寿幸は彼の生みの親が守護霊として味方していることを伝えた。すると正樹は目を見開き、それから覚悟を決めたように表情を引き締めた。

 揺れ動いていた正樹の瞳に覚悟が灯ったのを確認し、寿幸は護符を目の前の壁に貼り付けた。

 寿幸の手を離れるなり護符が青白い光を放ち、水面に落ちた水滴から波紋が広がるように、何重もの円を描きながら大きくなる。

 すると、壁の一部が剥落した。

 イチョウ型をしたものが、がさがさと音を立てながら床に落ちる。足元をちらと見下ろせば、やはり大量の蝶の死骸が散らばっていた。

 糸のように細い足を二、三度痙攣させたあと、霧となって消えていく。

 幕を成していた彼らが消えれば、そこには先ほど遠目に見えた障子が現れた。寿幸はそっと取っ手に手をかける。

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