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第二話:隠し事
【10】
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寿幸から急用が入った自分の代わりに聞き込みをしてほしいと頼まれて、保は部下の九条 奏とともにとある神社を訪れた。
保はなかなかに高い階段の上を見上げる。七年前、ここで事故にみせかけた殺人事件が起こった。
目撃者はこの神社の祭神のみ。しかも視界が悪い上に、加害者はレインコートを着ていたため、華奢だという以外の特徴はつかめていない。
すでに七年もの月日が経過している上、人通りの極めて少ない雷雨の夜の犯行だった。
新たな証言が手に入る確率は極めて少ないが、聞き込みは捜査の基本。警察官としての腕の見せ所である。
「よし。さっそく始めるか」
両頬を叩いて気合を入れ、保は部下を振り向く。
「体調は大丈夫ですか?」
普段通りにこやかに微笑みながら、九条が想定外の質問をよこしてくる。
「うん? すこぶる健康体だが……?」
保は不思議に思いながらも正直に答える。
体調を気遣われるなんて、どこかおかしいところがあるだろうか。
着衣の乱れくらいならば直せるが、髪型や顔色に関しては鏡がないとどうしようもない。
清潔な印象を抱かせることは、相手の心を開く第一歩だというのに。
「そうですか。元気ならそれならいいんです」
あれこれ心配する保に対し、聞いてきた本人は拍子抜けするくらいあっさり引き下がる。
保はますます分からなくなったが、当人に「行きましょう」と急かされれば気持ちを切り替えざるを得ない。
何はともあれ聞き込みを開始したが、やはり調査は難航した。
どうやら定職にもつかず、気まぐれのように仕事を始めても、大抵雇用主やほかの従業員との間にトラブルを起こして解雇されていたらしい。
故に「昼間からのんだくれていた」とか「住んでたアパートから異様な泣き声が聞こえてきた」とか、すでに入手している情報しか手に入らない。
幸いアパートの賃貸契約書は残っていたので、退去日から最も近い雷雨の日を探し、事件が起こった日を導き出すことはできたのだが。
「肝心の犯人の方が分からないな」
翌日には事故と片付けられてしまったのだから当然といえば当然だが。
「やっぱり元奥さんなんじゃないですか? だから今怨霊となって現れたと考えるのが自然じゃないですかね」
「限りなく可能性が高くとも、警察である以上は確実な証拠を手に入れなければならない。思い込みで行動すれば冤罪を生みかねんからな」
集めた情報を読み返していた警察手帳を閉じ、保は次なる作戦に出た。
「もう少し、聞き込み範囲を広げてみよう」
「頑張りますねえ」
「当然だ。真実を明らかにすることが警察官としての責務なのだからな」
気合を入れなおし、再び足を棒にすぐ覚悟で歩き始めた。
「あ、あの……」
その直後、女子高生に呼び止められた。今日は休日だが、部活帰りなのだろう。通学カバンのほかにギターケースを背負っている。
「すみません。あの、警察のかた、ですよね? 私、さっきお二人が、七年前の事故について調べてるって話してるのを聞いて……。その、大したことじゃないんですけど、」
最後の一言で、彼女がやや遠慮がちにしている理由がわかり、保は真摯に答えた。
「たとえ些細な情報であったとしても、情報提供していただければ我々警察としても助かります」
聞き込みをしていると、時折こういう声を聴く。「たいしたことじゃないんだけど」「単なるうわさなんだけど」。
ようするに自分の持っている情報に自信がないのだ。だから、この程度のことで手間を取らせて良いものだろうかという遠慮が生まれてしまう。
だが、彼女に告げた言葉通り、たとえ本当に大した情報ではなくとも、意外なところで解決の糸口につながったりすることもある。
保の言葉に、彼女はほっとした様子で話しはじめた。
「実は、私のおじいちゃん……。三年前に亡くなっちゃったんですけど、実はちょっと、その、徘徊の症状があって」
徘徊は認知症の症状の一種だ。
天候や時間帯にかかわらず出かけてしまったり、挙句迷子になってしまうこともあるので、介護する家族にとっては悩みの種でもある。
彼女の祖父もそうだった。そして、七年前の雷雨の日。事件があった夜にも出歩いていた。
「おじいちゃん、大荷物を運ぶ怪しい女性を目撃したっていうんです」
ずいぶん長く歩いていたので夜の闇にも目が慣れていたうえ、数秒とはいえはっきりとヘッドライドにその人影が浮かび上がったのだという。
「口元にほくろのある女性だって言ってました。でも、お父さんもお母さんもどうせ作り話だろうと取り合わなくて」
作話もまた、認知症の症状だ。彼女の両親が信じられないのも無理はない。
だが彼女はその日の祖父はいつもと違っていたと感じたという。
「普段はもうちょっとこう、ぼんやりしている感じで、話しかけてもほとんど反応がないし、たまに返事をもらえても、とんちんかんな答えが返ってきてたんですけど。あの夜だけは……それこそ昔の、元気だった時のおじいちゃんに戻ったみたいに、ハッキリしゃべっていて」
だから彼女だけは祖父の言葉がずっと引っかかっていたのだという。
結局、事件は事故と片付けられ、ニュースどころか地方紙に載ることすらなく、風化してしまったのだが。
「少しはお役に立てたらいいんですけど」そう言い残して、女子高生は去っていった。
少しどころか、朧気だった犯人像が一気に固まった。
性別が分かっただけでなく、ほくろなどの特徴的な部分まで覚えていてくれた彼女には感謝しかない。
さらに捜査を進めた結果、やはり容疑者として浮上したのは、被害者の元妻であり、寿幸のもとに依頼に来た藤谷 正樹の現在の母親であった。
保はなかなかに高い階段の上を見上げる。七年前、ここで事故にみせかけた殺人事件が起こった。
目撃者はこの神社の祭神のみ。しかも視界が悪い上に、加害者はレインコートを着ていたため、華奢だという以外の特徴はつかめていない。
すでに七年もの月日が経過している上、人通りの極めて少ない雷雨の夜の犯行だった。
新たな証言が手に入る確率は極めて少ないが、聞き込みは捜査の基本。警察官としての腕の見せ所である。
「よし。さっそく始めるか」
両頬を叩いて気合を入れ、保は部下を振り向く。
「体調は大丈夫ですか?」
普段通りにこやかに微笑みながら、九条が想定外の質問をよこしてくる。
「うん? すこぶる健康体だが……?」
保は不思議に思いながらも正直に答える。
体調を気遣われるなんて、どこかおかしいところがあるだろうか。
着衣の乱れくらいならば直せるが、髪型や顔色に関しては鏡がないとどうしようもない。
清潔な印象を抱かせることは、相手の心を開く第一歩だというのに。
「そうですか。元気ならそれならいいんです」
あれこれ心配する保に対し、聞いてきた本人は拍子抜けするくらいあっさり引き下がる。
保はますます分からなくなったが、当人に「行きましょう」と急かされれば気持ちを切り替えざるを得ない。
何はともあれ聞き込みを開始したが、やはり調査は難航した。
どうやら定職にもつかず、気まぐれのように仕事を始めても、大抵雇用主やほかの従業員との間にトラブルを起こして解雇されていたらしい。
故に「昼間からのんだくれていた」とか「住んでたアパートから異様な泣き声が聞こえてきた」とか、すでに入手している情報しか手に入らない。
幸いアパートの賃貸契約書は残っていたので、退去日から最も近い雷雨の日を探し、事件が起こった日を導き出すことはできたのだが。
「肝心の犯人の方が分からないな」
翌日には事故と片付けられてしまったのだから当然といえば当然だが。
「やっぱり元奥さんなんじゃないですか? だから今怨霊となって現れたと考えるのが自然じゃないですかね」
「限りなく可能性が高くとも、警察である以上は確実な証拠を手に入れなければならない。思い込みで行動すれば冤罪を生みかねんからな」
集めた情報を読み返していた警察手帳を閉じ、保は次なる作戦に出た。
「もう少し、聞き込み範囲を広げてみよう」
「頑張りますねえ」
「当然だ。真実を明らかにすることが警察官としての責務なのだからな」
気合を入れなおし、再び足を棒にすぐ覚悟で歩き始めた。
「あ、あの……」
その直後、女子高生に呼び止められた。今日は休日だが、部活帰りなのだろう。通学カバンのほかにギターケースを背負っている。
「すみません。あの、警察のかた、ですよね? 私、さっきお二人が、七年前の事故について調べてるって話してるのを聞いて……。その、大したことじゃないんですけど、」
最後の一言で、彼女がやや遠慮がちにしている理由がわかり、保は真摯に答えた。
「たとえ些細な情報であったとしても、情報提供していただければ我々警察としても助かります」
聞き込みをしていると、時折こういう声を聴く。「たいしたことじゃないんだけど」「単なるうわさなんだけど」。
ようするに自分の持っている情報に自信がないのだ。だから、この程度のことで手間を取らせて良いものだろうかという遠慮が生まれてしまう。
だが、彼女に告げた言葉通り、たとえ本当に大した情報ではなくとも、意外なところで解決の糸口につながったりすることもある。
保の言葉に、彼女はほっとした様子で話しはじめた。
「実は、私のおじいちゃん……。三年前に亡くなっちゃったんですけど、実はちょっと、その、徘徊の症状があって」
徘徊は認知症の症状の一種だ。
天候や時間帯にかかわらず出かけてしまったり、挙句迷子になってしまうこともあるので、介護する家族にとっては悩みの種でもある。
彼女の祖父もそうだった。そして、七年前の雷雨の日。事件があった夜にも出歩いていた。
「おじいちゃん、大荷物を運ぶ怪しい女性を目撃したっていうんです」
ずいぶん長く歩いていたので夜の闇にも目が慣れていたうえ、数秒とはいえはっきりとヘッドライドにその人影が浮かび上がったのだという。
「口元にほくろのある女性だって言ってました。でも、お父さんもお母さんもどうせ作り話だろうと取り合わなくて」
作話もまた、認知症の症状だ。彼女の両親が信じられないのも無理はない。
だが彼女はその日の祖父はいつもと違っていたと感じたという。
「普段はもうちょっとこう、ぼんやりしている感じで、話しかけてもほとんど反応がないし、たまに返事をもらえても、とんちんかんな答えが返ってきてたんですけど。あの夜だけは……それこそ昔の、元気だった時のおじいちゃんに戻ったみたいに、ハッキリしゃべっていて」
だから彼女だけは祖父の言葉がずっと引っかかっていたのだという。
結局、事件は事故と片付けられ、ニュースどころか地方紙に載ることすらなく、風化してしまったのだが。
「少しはお役に立てたらいいんですけど」そう言い残して、女子高生は去っていった。
少しどころか、朧気だった犯人像が一気に固まった。
性別が分かっただけでなく、ほくろなどの特徴的な部分まで覚えていてくれた彼女には感謝しかない。
さらに捜査を進めた結果、やはり容疑者として浮上したのは、被害者の元妻であり、寿幸のもとに依頼に来た藤谷 正樹の現在の母親であった。
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