36 / 86
神影律の記憶
【4】
しおりを挟む
白虎の言葉に、母はなにやら含みがある笑みを浮かべると、意外なことを口にした。
「そうでしたか。白虎様が。それなら、律。貴方もここでお昼ご飯にする? お友達と一緒の方が楽しいわよね」
「あっ……、その、」
それは、もう、飛び上がるほどに嬉しい。でも、急に友達なんて言われて、千影は気分を害したりはしないだろうかとひやひやする。
煮え切らない律の態度を見てうんざりしたのか、それとも変な誤解をさせてしまったのか、
「俺は一人でいいです」
陽光のような笑顔に似合わない、寂しい声色で千影が言った。
狼狽える律に、千影は暗い声とは不釣り合いな陰りのない笑顔を向ける。
「今、俺の中にはとっても怖いオバケが住んでるんだって。律はこの家の子だろ? ってことは宮司さんたちと一緒で霊感があるんだよな。俺のそばにいると気持ちが悪くなっちゃうかもしれないから、やめておいたほうがいいぞ」
あくまでも律を気遣う千影の姿に、ズキリ、と胸に棘が刺さった。拒絶された辛さではなく、傷つけてしまった嫌悪感で傷口がじくじくと痛む。
律は気づいた。律の引っ込み思案や遠慮しいな性格はかえって千影を傷つけてしまうのだ。だったら、と腹を据える。
「僕なら大丈夫だよ。お母さん。僕、ここで食べます。ご飯を持ってきてもらえますか」
我が子のいつになく堂々とした姿に、母は眩しそうに目を細めた。
「わかったわ。すぐ持ってくるから待っててね」
そう言うなり、しずしずと立ち上がって台所へと向かう。再び二人きりになると、千影がおずおずと尋ねてきた。
「本当に良かったのか?」
律ははっきりと頷く。そして、千影の誤解を解いた。
「うん。それに僕は君と一緒がいやだから答えられなかったわけじゃないよ。そうじゃなくて、むしろ君が……僕と友達と思われるのが嫌なんじゃないかって」
律が本音をこぼすと、千影は心外だと言わんばかりに少し怒った口調で言い返してきた。
「なんで? そんなこと絶対思わないのに。ていうかそれは俺のセリフだって!」
「違うよ。僕、おどおどしてて、しゃべるのもゆっくりだし、ハッキリしないし、一緒にいてイライラするかもしれないから!」
つられるように律まで熱弁してしまう。主張の内容そのものは、何とも卑屈な内容だというのに。
「だから、そんなの絶対ないって。それをいうなら、俺みたいに、オバケが見えたり、オバケに憑りつかれたりする不気味なヤツの方が嫌だろ」
「要は似たもの同士ということじゃの」
このまま口喧嘩に発展してしまいそうだったが、絶妙なタイミングで玄武が話をまとめてしまう。
律も千影も、虚をつかれたようになって固まった後、同じタイミングで笑いあった。確かに玄武の言うとおりだ。
「あら、楽しそうね」
そこへ律の分の御膳を手に母が戻ってくる。
並べられた二人の食事は、漆塗りの足つきの御膳台こそ同じだが、律は普段通りの食事で、千影の膳にはおかゆが乗せられていた。
梅やらこんぶやら胡麻和えやら、おかずの小皿が豊富に乗せられているが、おかゆ自体の量が少なく、あんなちょっぴりで足りるのだろうかと、律は不思議に思った。
母が辞してから、恐る恐る聞いてみる。
「それだけで足りるの?」
「動いてないから、お腹がすかないんだ」
そういわれれば、そうか、とも納得できるのだが、どういうわけか腑に落ちない。
自分の腹を満たしながらも、ついちらちらと隣を盗み見てしまう。と、三分の一ほど口に運んだところで、千影がレンゲを置いてしまった。
物憂げな様子でため息をこぼす。
「ごめん。残すの……悪いことだってわかってるんだけど、もうお腹いっぱいになっちゃった」
ほんの数秒見せた憂い顔を、律の視線に気づくなり笑顔に隠した千影は、まるで律に話す隙など与えないようにするみたいに、他愛のない話をしはじめた。
アニメのこと、季節のこと、そして妹のこと、千影の言葉に相槌を打ちながらも、律は痛ましいほどにやせ細った千影から目をそらすことができずにいた。
「そうでしたか。白虎様が。それなら、律。貴方もここでお昼ご飯にする? お友達と一緒の方が楽しいわよね」
「あっ……、その、」
それは、もう、飛び上がるほどに嬉しい。でも、急に友達なんて言われて、千影は気分を害したりはしないだろうかとひやひやする。
煮え切らない律の態度を見てうんざりしたのか、それとも変な誤解をさせてしまったのか、
「俺は一人でいいです」
陽光のような笑顔に似合わない、寂しい声色で千影が言った。
狼狽える律に、千影は暗い声とは不釣り合いな陰りのない笑顔を向ける。
「今、俺の中にはとっても怖いオバケが住んでるんだって。律はこの家の子だろ? ってことは宮司さんたちと一緒で霊感があるんだよな。俺のそばにいると気持ちが悪くなっちゃうかもしれないから、やめておいたほうがいいぞ」
あくまでも律を気遣う千影の姿に、ズキリ、と胸に棘が刺さった。拒絶された辛さではなく、傷つけてしまった嫌悪感で傷口がじくじくと痛む。
律は気づいた。律の引っ込み思案や遠慮しいな性格はかえって千影を傷つけてしまうのだ。だったら、と腹を据える。
「僕なら大丈夫だよ。お母さん。僕、ここで食べます。ご飯を持ってきてもらえますか」
我が子のいつになく堂々とした姿に、母は眩しそうに目を細めた。
「わかったわ。すぐ持ってくるから待っててね」
そう言うなり、しずしずと立ち上がって台所へと向かう。再び二人きりになると、千影がおずおずと尋ねてきた。
「本当に良かったのか?」
律ははっきりと頷く。そして、千影の誤解を解いた。
「うん。それに僕は君と一緒がいやだから答えられなかったわけじゃないよ。そうじゃなくて、むしろ君が……僕と友達と思われるのが嫌なんじゃないかって」
律が本音をこぼすと、千影は心外だと言わんばかりに少し怒った口調で言い返してきた。
「なんで? そんなこと絶対思わないのに。ていうかそれは俺のセリフだって!」
「違うよ。僕、おどおどしてて、しゃべるのもゆっくりだし、ハッキリしないし、一緒にいてイライラするかもしれないから!」
つられるように律まで熱弁してしまう。主張の内容そのものは、何とも卑屈な内容だというのに。
「だから、そんなの絶対ないって。それをいうなら、俺みたいに、オバケが見えたり、オバケに憑りつかれたりする不気味なヤツの方が嫌だろ」
「要は似たもの同士ということじゃの」
このまま口喧嘩に発展してしまいそうだったが、絶妙なタイミングで玄武が話をまとめてしまう。
律も千影も、虚をつかれたようになって固まった後、同じタイミングで笑いあった。確かに玄武の言うとおりだ。
「あら、楽しそうね」
そこへ律の分の御膳を手に母が戻ってくる。
並べられた二人の食事は、漆塗りの足つきの御膳台こそ同じだが、律は普段通りの食事で、千影の膳にはおかゆが乗せられていた。
梅やらこんぶやら胡麻和えやら、おかずの小皿が豊富に乗せられているが、おかゆ自体の量が少なく、あんなちょっぴりで足りるのだろうかと、律は不思議に思った。
母が辞してから、恐る恐る聞いてみる。
「それだけで足りるの?」
「動いてないから、お腹がすかないんだ」
そういわれれば、そうか、とも納得できるのだが、どういうわけか腑に落ちない。
自分の腹を満たしながらも、ついちらちらと隣を盗み見てしまう。と、三分の一ほど口に運んだところで、千影がレンゲを置いてしまった。
物憂げな様子でため息をこぼす。
「ごめん。残すの……悪いことだってわかってるんだけど、もうお腹いっぱいになっちゃった」
ほんの数秒見せた憂い顔を、律の視線に気づくなり笑顔に隠した千影は、まるで律に話す隙など与えないようにするみたいに、他愛のない話をしはじめた。
アニメのこと、季節のこと、そして妹のこと、千影の言葉に相槌を打ちながらも、律は痛ましいほどにやせ細った千影から目をそらすことができずにいた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
22
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる