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第一話:探し物
【31】
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翌日の正午ごろ、探偵事務所に珍客が訪れていた。何やら目が腫れぼったい保と、普段通りの九条である。
電話でやり取りすることは頻繁にあっても、彼が直接訪ねてくることはめったにない。
一美は四人分の茶をテーブルに並び終えると、寿幸の隣に腰を下ろした。
全員が揃ったところで、さっそく保が口火をきった。
「今回はお前に助けられたな。本当に感謝している。おかげで、連続殺人犯である妖狐を逮捕することができた」
昨日、虎太郎の同級生だった女性を襲った中年の男は、一昨日未明に発見された中年女性の夫だった。
五年前、連続殺人犯「妖狐」として怖れられた彼は、一時姿を消す直前の事件で殺害現場を、通りすがりの男子高校生に目撃され、口封じのために殺害してしまう。
標的は女性だけと定めていた彼は、成り行きとはいえ自らのルールに反してしまったことをきっかけに犯罪から足を洗った。
しかし五年後、ふとしたきっかけで交際、結婚に至った女性との初夜を迎えた日。
久しぶりに女性の身体に触れて、彼の中に眠っていた欲求が再び膨張し、犯行に至った。
というのが、保から聞かされた犯人の供述だった。
「人を人と思わぬ悪魔の所業としか思えん。何とも許しがたい」
話しているうちに昨日の取り調べの記憶が思い起こされたのか、保は眉根を寄せて腕組みをしたまま、苦々し気に心境を吐露した。
「ま。もう野放しにはならないでしょ」
寿幸が、静かに怒る友人をなだめるように言って茶をすすった。
「裁きはもうくだされましたよ」
とても笑っていられるような内容ではないのだが、日ごろから笑顔を絶やさない九条はその表情を崩さぬままに話す。
どういうことかと視線で疑問を示す二人に、保は言いにくそうに昨晩の奇妙な出来事を語った。
「妖狐は獄中で息を引き取った」
「自殺したってこと?」
寿幸の問いに保は青ざめた顔でかぶりを振る。さらに顔色が悪くなったように見える。
「彼は牢獄の中で絞殺体として発見されました」
続きは九条が引き継ぐ。さらりと、まるで日常会話でも語るかのように。
現場を目撃してしまった警察官はあわや卒倒しかけたという。
何しろ、牢獄の中には無数の髪の毛が絨毯のように散らばっており、ぐったりとした男の首にもまた何重もの髪の毛が巻き付いていたのだ。
DNA鑑定の結果、それらの髪の毛が男の手にかかった被害者たちと一致したために警察署内は一時騒然となったようだ。
ドラマの警察官は劇的に犯人を追い詰めればそれで解決となるが、現実はそうはいかない。
ただでさえ調査書の作成に忙しかったのに、さらにそんな騒動が起こってさすがの保も疲れが隠し切れない様子だ。
普段はライバル視している一美だが、さすがに同情せずにはいられなかった。
「なぁるほど、それで直接来たわけね」
寿幸は合点がいったように言い、背もたれに寄りかかった。
「どういうことですか?」
一美の疑問に、寿幸はため息交じりに答えた。
「彼女たちは恨みを抱く相手をこらしめてとっくに満足して居なくなったと思うけど、詳しくない人たちは、霊魂の気持ちなんて知ったこっちゃないからね。一度不気味な事件が起こった場所をそのままにはしておけないんでしょ」
なるほど、ようするにお祓いをして場を浄化してもらいたいということか。
しかし、極力非科学的な存在には無縁でありたい彼らは、ただでさえ多忙を極めている保たちにその役目を押し付けたわけだ。
「悪いな、寿幸。お前も疲れているだろうが、頼めるか」
「お前にそんな疲労困憊の顔で言われて断れるはずがないしねえ。分かったよ」
「助かる。……それで、そちらの依頼はどうなった」
今度は寿幸の方から、事件の内容が語られる。互いの情報を共有しあってから、四人は席を立った。
電話でやり取りすることは頻繁にあっても、彼が直接訪ねてくることはめったにない。
一美は四人分の茶をテーブルに並び終えると、寿幸の隣に腰を下ろした。
全員が揃ったところで、さっそく保が口火をきった。
「今回はお前に助けられたな。本当に感謝している。おかげで、連続殺人犯である妖狐を逮捕することができた」
昨日、虎太郎の同級生だった女性を襲った中年の男は、一昨日未明に発見された中年女性の夫だった。
五年前、連続殺人犯「妖狐」として怖れられた彼は、一時姿を消す直前の事件で殺害現場を、通りすがりの男子高校生に目撃され、口封じのために殺害してしまう。
標的は女性だけと定めていた彼は、成り行きとはいえ自らのルールに反してしまったことをきっかけに犯罪から足を洗った。
しかし五年後、ふとしたきっかけで交際、結婚に至った女性との初夜を迎えた日。
久しぶりに女性の身体に触れて、彼の中に眠っていた欲求が再び膨張し、犯行に至った。
というのが、保から聞かされた犯人の供述だった。
「人を人と思わぬ悪魔の所業としか思えん。何とも許しがたい」
話しているうちに昨日の取り調べの記憶が思い起こされたのか、保は眉根を寄せて腕組みをしたまま、苦々し気に心境を吐露した。
「ま。もう野放しにはならないでしょ」
寿幸が、静かに怒る友人をなだめるように言って茶をすすった。
「裁きはもうくだされましたよ」
とても笑っていられるような内容ではないのだが、日ごろから笑顔を絶やさない九条はその表情を崩さぬままに話す。
どういうことかと視線で疑問を示す二人に、保は言いにくそうに昨晩の奇妙な出来事を語った。
「妖狐は獄中で息を引き取った」
「自殺したってこと?」
寿幸の問いに保は青ざめた顔でかぶりを振る。さらに顔色が悪くなったように見える。
「彼は牢獄の中で絞殺体として発見されました」
続きは九条が引き継ぐ。さらりと、まるで日常会話でも語るかのように。
現場を目撃してしまった警察官はあわや卒倒しかけたという。
何しろ、牢獄の中には無数の髪の毛が絨毯のように散らばっており、ぐったりとした男の首にもまた何重もの髪の毛が巻き付いていたのだ。
DNA鑑定の結果、それらの髪の毛が男の手にかかった被害者たちと一致したために警察署内は一時騒然となったようだ。
ドラマの警察官は劇的に犯人を追い詰めればそれで解決となるが、現実はそうはいかない。
ただでさえ調査書の作成に忙しかったのに、さらにそんな騒動が起こってさすがの保も疲れが隠し切れない様子だ。
普段はライバル視している一美だが、さすがに同情せずにはいられなかった。
「なぁるほど、それで直接来たわけね」
寿幸は合点がいったように言い、背もたれに寄りかかった。
「どういうことですか?」
一美の疑問に、寿幸はため息交じりに答えた。
「彼女たちは恨みを抱く相手をこらしめてとっくに満足して居なくなったと思うけど、詳しくない人たちは、霊魂の気持ちなんて知ったこっちゃないからね。一度不気味な事件が起こった場所をそのままにはしておけないんでしょ」
なるほど、ようするにお祓いをして場を浄化してもらいたいということか。
しかし、極力非科学的な存在には無縁でありたい彼らは、ただでさえ多忙を極めている保たちにその役目を押し付けたわけだ。
「悪いな、寿幸。お前も疲れているだろうが、頼めるか」
「お前にそんな疲労困憊の顔で言われて断れるはずがないしねえ。分かったよ」
「助かる。……それで、そちらの依頼はどうなった」
今度は寿幸の方から、事件の内容が語られる。互いの情報を共有しあってから、四人は席を立った。
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