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第一話:探し物
【29】
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その後、彼女は保が呼んだ女性警察官に付き添われて警察署へ向かった。
未然に防いだとはいえ彼女は命を狙われた被害者である。心のケアを含めて、詳しい話を聞かなくてはならないのだ。
散々泣きはらした彼女の目は痛々しいほど真っ赤になっていたが、その表情には若干だが、明るさが取り戻されたように見えた。
きっと彼女はこれから、少しずつ立ち直っていくのだろう。いや、立ち直らなくてはならない。何しろそれが、彼女に与えられた罰なのだから。
『本当にお騒がせしました』
去っていく彼女の背中を見送った後、虎太郎は寿幸たちに向かって深々と頭を下げた。
『探し物も見つかって、この世に未練もなくなりました』
そう言ってから虎太郎は陽のもとに歩み寄る。
『僕は、せっかく親切に声をかけてくれた君にひどいことをしたね。ごめんなさい』
『いいっていいって、なんかとんでもない事件とかも一挙に解決したみたいだし、文句なしの大団円ってやつでしょ』
陽が声を立てて笑う。
「軽いな、お前は」
呆れ気味の要の意見に一美も同意する。
だが、同時にそれが陽らしさなのだろうと、分かってきていた。きっと一美以上に要はそれを実感している。
『この体はお返しします。本当にありがとう』
奪うことが出来るなら、返すことも出来るようだ。しかし、これにほかならぬ陽が待ったをかけた。
虎太郎が予想外の展開に目を丸くする。
『その前にやることがあるよ。ね、要』
「……はあ、これだろ」
最初から虎太郎に渡すはずだったもの。古びたお守りをポケットから取り出す。一時外出していた金魚も、きちんと戻って絵柄の一部となっていた。
物に触れることができない陽の代わりに、要がそれを虎太郎の手に握らせる。
『これ、どうして……』
手の中にあるそれを見つめながら、虎太郎が震える声で問う。
「ほんとは君の未練を断ち切るために借りたんだよ。もう必要なくなったけどねえ」
寿幸が補足しても虎太郎はまだ心が追い付かないようで、それでも手にしたお守りをしかと胸にかき抱いた。
見た目は陽のはずだが、その姿に一時、本来の虎太郎の姿が重なったように錯覚する。
『君の手で返してあげてよ。ね、寿幸探偵。いいでしょう?』
問われて、寿幸はため息を吐いた。
「このタイミングでダメとは言えないでしょ。まあいいんじゃない? お互い踏ん切りもつくでしょ」
寿幸の許可も下りたので、一同は再び学校に向かうことになった。
先ほど訪ねた時のにぎやかさは、部活動を終えて帰宅した生徒たちが一緒に連れて帰ってしまったようだ。
人っ子一人いない校庭をかすかな明かりがうすぼんやり照らす様は、なぜだか切なさを覚える。
部外者の寿幸と一美は校内に入ることはできないので、おとなしく正門の前で待機していた。
「気付いてもらえるでしょうか」
金網の隙間からこっそり顔をのぞかせるユキツバキを見つめながら、一美は心配事を口にした。
心は虎太郎であっても、身体は陽のものだ。当然水橋にも陽に見えていることだろう。
虎太郎はそれでも自分の正体を明かすのだろうか。そのうえでもしも水橋に信じてもらえなかったら、また深く傷つくことになるかもしれない。
「どうだろうね。そればっかりは分からないな」
寿幸や一美のように、人ならざる者が日常の中に紛れ込んでいると認識している者ならば柔軟に受け止めることができるかもしれない。
しかし水橋は常人だ。心霊に対する考え方も同じく、半信半疑か、あるいはまったく信じていないかのどちらかだろう。
最悪の場合、陽のわるふざけだと思われてしまうかも。
「できれば、ちゃんとお別れが出来るといいんですが……」
寿幸のかすかな笑い声が夜風に乗って一美のもとに届けられた。
「優しいな、一美は」
「すみません。感情移入しすぎてはいけないと分かってはいるんですけど」
心霊や化生に対して弱さを見せたり、憐憫の情を抱くことは我が身の危機に直結するのだ。と一美は神代家で習った。
先ほど要に忠告しておきながら、自分自身が出来ていない。一美は意志の弱い自分を情けなく思った。
「いいんじゃない? 霊だって人と同じだから、誰かに話を聞いてほしかったり、共感してほしいと願ってることもある。それで、未練が無くなる場合もあるから、一概にこれが正しいとはいえないよ。人間関係ってそういうもんでしょ?」
そう言って、寿幸は空を見上げた。
「確かにあんまり思いつめちゃうと危ないかもしれないけど、誰かのことを思いやれる気持ち自体を捨ててしまう必要はないよ」
一美もつられて空を仰ぐ。ここにたどり着くまでに日は暮れきり、すっかり夜のとばりが降りている。
優しい月明かりが紺色の中に浮かんでいた。
「それに、まあ、その……何ていうか」
珍しく言いよどむので不思議に思い、一美は隣を見やった。寿幸は相変わらず空を見上げている。
でも、実は見ているようで見ていないのだと一美は知っている。これは、寿幸なりの照れ隠しなのだ。
「お前のことは俺が守るから、俺のそばにいるときにはわざわざ自分の心に嘘を吐くことはないんじゃないか」
一美の方を不自然なほど見ないようにしながら、少しの間をおいて手で顔を覆う。
「ごめん。やっぱ今の忘れて」
「え」
たった一音だったが、忘れたくない、という本音がこもってしまったのだろう。寿幸は顔を覆ったまま、少しくぐもった声でもごもごと言い訳をする。
「いや、嘘ってわけじゃないんだけど。……なんか柄じゃないっていうか。いや、正直に言いますと、年甲斐もなく照れてしまったといいますかね」
いつになく煮え切らない言い方から、後半に向かうにつれ、普段ののんびりした口調に変わっていく。
それからようやく目を合わせてくれた寿幸は、一美がよく知る普段の寿幸に戻っていた。
ほんの僅かではあったが、垣間見えた本当の姿。ならば忘れてほしいといった言葉も本心なのだろう。
そう考えると、今更ながら一美まで恥ずかしくなる。さっきまで冷たく感じていた夜風が熱を孕んた頬を冷やして心地よい。
何か答えるべきか、いや、ここは沈黙が正しい気がする。だって、互いの呼吸すら聞こえてしまいそうな静寂が少しも気まずくないのだから。
未然に防いだとはいえ彼女は命を狙われた被害者である。心のケアを含めて、詳しい話を聞かなくてはならないのだ。
散々泣きはらした彼女の目は痛々しいほど真っ赤になっていたが、その表情には若干だが、明るさが取り戻されたように見えた。
きっと彼女はこれから、少しずつ立ち直っていくのだろう。いや、立ち直らなくてはならない。何しろそれが、彼女に与えられた罰なのだから。
『本当にお騒がせしました』
去っていく彼女の背中を見送った後、虎太郎は寿幸たちに向かって深々と頭を下げた。
『探し物も見つかって、この世に未練もなくなりました』
そう言ってから虎太郎は陽のもとに歩み寄る。
『僕は、せっかく親切に声をかけてくれた君にひどいことをしたね。ごめんなさい』
『いいっていいって、なんかとんでもない事件とかも一挙に解決したみたいだし、文句なしの大団円ってやつでしょ』
陽が声を立てて笑う。
「軽いな、お前は」
呆れ気味の要の意見に一美も同意する。
だが、同時にそれが陽らしさなのだろうと、分かってきていた。きっと一美以上に要はそれを実感している。
『この体はお返しします。本当にありがとう』
奪うことが出来るなら、返すことも出来るようだ。しかし、これにほかならぬ陽が待ったをかけた。
虎太郎が予想外の展開に目を丸くする。
『その前にやることがあるよ。ね、要』
「……はあ、これだろ」
最初から虎太郎に渡すはずだったもの。古びたお守りをポケットから取り出す。一時外出していた金魚も、きちんと戻って絵柄の一部となっていた。
物に触れることができない陽の代わりに、要がそれを虎太郎の手に握らせる。
『これ、どうして……』
手の中にあるそれを見つめながら、虎太郎が震える声で問う。
「ほんとは君の未練を断ち切るために借りたんだよ。もう必要なくなったけどねえ」
寿幸が補足しても虎太郎はまだ心が追い付かないようで、それでも手にしたお守りをしかと胸にかき抱いた。
見た目は陽のはずだが、その姿に一時、本来の虎太郎の姿が重なったように錯覚する。
『君の手で返してあげてよ。ね、寿幸探偵。いいでしょう?』
問われて、寿幸はため息を吐いた。
「このタイミングでダメとは言えないでしょ。まあいいんじゃない? お互い踏ん切りもつくでしょ」
寿幸の許可も下りたので、一同は再び学校に向かうことになった。
先ほど訪ねた時のにぎやかさは、部活動を終えて帰宅した生徒たちが一緒に連れて帰ってしまったようだ。
人っ子一人いない校庭をかすかな明かりがうすぼんやり照らす様は、なぜだか切なさを覚える。
部外者の寿幸と一美は校内に入ることはできないので、おとなしく正門の前で待機していた。
「気付いてもらえるでしょうか」
金網の隙間からこっそり顔をのぞかせるユキツバキを見つめながら、一美は心配事を口にした。
心は虎太郎であっても、身体は陽のものだ。当然水橋にも陽に見えていることだろう。
虎太郎はそれでも自分の正体を明かすのだろうか。そのうえでもしも水橋に信じてもらえなかったら、また深く傷つくことになるかもしれない。
「どうだろうね。そればっかりは分からないな」
寿幸や一美のように、人ならざる者が日常の中に紛れ込んでいると認識している者ならば柔軟に受け止めることができるかもしれない。
しかし水橋は常人だ。心霊に対する考え方も同じく、半信半疑か、あるいはまったく信じていないかのどちらかだろう。
最悪の場合、陽のわるふざけだと思われてしまうかも。
「できれば、ちゃんとお別れが出来るといいんですが……」
寿幸のかすかな笑い声が夜風に乗って一美のもとに届けられた。
「優しいな、一美は」
「すみません。感情移入しすぎてはいけないと分かってはいるんですけど」
心霊や化生に対して弱さを見せたり、憐憫の情を抱くことは我が身の危機に直結するのだ。と一美は神代家で習った。
先ほど要に忠告しておきながら、自分自身が出来ていない。一美は意志の弱い自分を情けなく思った。
「いいんじゃない? 霊だって人と同じだから、誰かに話を聞いてほしかったり、共感してほしいと願ってることもある。それで、未練が無くなる場合もあるから、一概にこれが正しいとはいえないよ。人間関係ってそういうもんでしょ?」
そう言って、寿幸は空を見上げた。
「確かにあんまり思いつめちゃうと危ないかもしれないけど、誰かのことを思いやれる気持ち自体を捨ててしまう必要はないよ」
一美もつられて空を仰ぐ。ここにたどり着くまでに日は暮れきり、すっかり夜のとばりが降りている。
優しい月明かりが紺色の中に浮かんでいた。
「それに、まあ、その……何ていうか」
珍しく言いよどむので不思議に思い、一美は隣を見やった。寿幸は相変わらず空を見上げている。
でも、実は見ているようで見ていないのだと一美は知っている。これは、寿幸なりの照れ隠しなのだ。
「お前のことは俺が守るから、俺のそばにいるときにはわざわざ自分の心に嘘を吐くことはないんじゃないか」
一美の方を不自然なほど見ないようにしながら、少しの間をおいて手で顔を覆う。
「ごめん。やっぱ今の忘れて」
「え」
たった一音だったが、忘れたくない、という本音がこもってしまったのだろう。寿幸は顔を覆ったまま、少しくぐもった声でもごもごと言い訳をする。
「いや、嘘ってわけじゃないんだけど。……なんか柄じゃないっていうか。いや、正直に言いますと、年甲斐もなく照れてしまったといいますかね」
いつになく煮え切らない言い方から、後半に向かうにつれ、普段ののんびりした口調に変わっていく。
それからようやく目を合わせてくれた寿幸は、一美がよく知る普段の寿幸に戻っていた。
ほんの僅かではあったが、垣間見えた本当の姿。ならば忘れてほしいといった言葉も本心なのだろう。
そう考えると、今更ながら一美まで恥ずかしくなる。さっきまで冷たく感じていた夜風が熱を孕んた頬を冷やして心地よい。
何か答えるべきか、いや、ここは沈黙が正しい気がする。だって、互いの呼吸すら聞こえてしまいそうな静寂が少しも気まずくないのだから。
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