白蜘蛛探偵事務所

葉薊【ハアザミ】

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第一話:探し物

【28】

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 式神の知らせによって、女性が殺意を抱く誰かにつけ狙われていると知った寿幸たちは、万が一の場合に備えて保たちに呼び出し、この裏路地までやって来た。

 人の心理は追い詰められるほど正常に働かなくなる厄介な代物である。

 彼女はわざわざ入り組んだ細い道に入り込み、自ら袋小路に飛び込んでしまっていた。おかげで一美たちも迷わされる羽目になった。

 彼が……陽の身体を借りた虎太郎が彼女を助けなければ、おそらく無傷で救出することは出来なかったことだろう。

 しかしなぜ、虎太郎が都合よくこの場に現れたのか。

 考えるまでもない。到着した保たちに後を任せて飛び立った蝶の大群を操る存在が近くにいるのだ。

 おそらくはずっとどこかで寿幸たちの行動を監視しているのだろう。

「佐伯 虎太郎君だね」

 寿幸がのんびりした口調で問いかけると、陽の姿をした彼は迷うことなくうなずいた。

『はい。そうです』

 素直に答える虎太郎の表情には諦観が滲んでいる。少し疲れているように見えるのは、すがった希望に容赦なく手を振り払われたからだろう。

 肉体を借りてもなお、彼の探し物は見つからなかった。

『ご迷惑をおかけしてすみませんでした。僕はもう……』

「ごめんなさい!」

 悲鳴にも似た声が背中側にぶつかり、虎太郎は面食らった様子で振り返る。そこに咽び泣く女性を見つけ、ますますあたふたしだした。

『えっ、え? ど、どうしたんですか?』

 どう対処すればよいのかわからないというふうにまごまごする虎太郎に、彼女は泣きながら罪を告白する。

 話しがすすむうちに虎太郎の動揺は収まった。そして、静かに彼女の懺悔に耳を澄ませていた。

 やはり彼女が水橋にお守りを返した虎太郎のクラスメイトだったのだ。ならば、あの時カフェから逃げるように姿を消したのも当然の反応だった。

 しかし彼女がただ気まずさに耐え兼ねて逃げただけではないことは、彼女のかかとに滲む血が証明していた。

『じゃあ、お守りは竜真君のもとに帰ったんですね?』

 泣きじゃくる彼女は、その場にひざまずくように崩れ落ちている。そんな彼女を見下ろし、虎太郎が感情の読めない声で問う。

「ごめんなさい」

 彼女が謝罪とともに頷く。すると。

『なんだ……。よかった』

 安堵の吐息とともに虎太郎が微笑んだ。彼女は目を見開いて濡れた顔を上げる。

「え……?」

 諦めに沈んでいた表情が、雲間から日が覗いたように一気に明るくなっていたことに、彼女もさぞ驚いたことだろう。

『ずっと心残りだったんです。竜真君の大事なものを返せないまま死んでしまったこと。でもあなたのおかげで、ちゃんと竜真君のもとに戻っていたことが分かって、安心しました。ありがとう』

 挙句の果てに礼まで言われて彼女は混乱したようだ。時折声を裏返らしながら、必死に言い募る。

「ち、違うわ。全部私のせいなの……。私がズルをしたから、そのせいで、佐伯君は……」

『僕を殺めたのは貴女じゃありません。貴女が責任を感じることじゃない』

「でも原因を作ったのは私よ!」

『でも、遅くまで探したのは僕の意志です。僕も狡かったんですよ。初めてできた友達に嫌われてしまうのが怖くて、正直に打ち明けることができなかった。本当は、真っ先に竜真君に謝らなくちゃいけなかったのに、絶対に見つけ出さなくちゃとムキになっていたんです』

 病み上がりなのに何してるの。先生に叱られて追い返されてからも、虎太郎はあきらめきれなかった。

 そういえば今朝、まだ元気だった幼少期によく遊んだこの公園の前を通りかかったとき、ふと懐かしくなって中に入った気がする。

 もしかして、ここに落としたのかもしれない。教室でクラスメイトと話したときに持っていた気がするのは、勘違いだったのかも。

 もう帰らないと両親が心配すると分かっていながら、虎太郎は「あとはここだけ、ちらっと見てなかったら諦めよう」そう自分に言い聞かせ、敷地内に足を踏み入れた。

 そして彼は命を落とすことになる。

「で、でも……、でも、私……」

 それでも、お守りがきちんと虎太郎の手元にあれば、約束通り虎太郎の手で竜真にお守りが返され、虎太郎が夜遅くに薄暗い公園に立ち寄ることもなかった。

『それでも、どうしても自分を許せないというなら』

 虎太郎が、うつむく女性の前にしゃがみ込んで視線を合わせる。

『せいいっぱい生きてください』

 そして、静かな声で罰を与えた。

『あなたは生きているんだから、いつまでも過去に縛られていないで、歩き続けて、天命を全うするその日まで全力で生きてください』

 彼女は何事か返そうとしたようだが、嗚咽にかき消されて言葉にならなかった。

 それからしばらくの間、薄暗い路地裏に女性の悲壮な慟哭が響き渡った。
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