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第一話:探し物
【21】
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屋外へつながる自動ドアから出て、周囲を見回す。
屋根の付いた外廊下にはバスを待つ人のための木製のベンチのほか、飲み物の自販機が四台ほど並んでいる。
その自販機の壁に隠れるようにして一人の少年が佇んでいた。
壁に寄りかかり、バスが到着するたびに顔を上げて、降りてくる人々を食い入るように見つめては、ため息とともにうつむく。
「こんにちは」
バスが去り、降りてきた乗客が建物の中に消えるまで待ってから、寿幸は少年に声をかけた。
少年が驚いた様子で顔を上げる。
『こんにちは』
見たところ小学校の高学年か中学生くらいだろうか。数年前に流行った戦隊物のパジャマ姿でうっすら透ける足元ははだしだった。
『誰かに声をかけてもらったの、ずいぶん久しぶりだ』
無邪気にはしゃぐ少年もまた、廊下を当てもなく歩いていた者たちと同じく生者ではない。
「そうか。んじゃ、お兄さんとちょっとお話してくれる?」
久々に話し相手が出来て喜んでいる少年は、快諾してくれた。
寿幸は少年の隣の壁にもたれかかり、まるで世間話でもするかのような気安さで聞き込みを開始した。
「君はいつからここに入院してるの?」
『ええっと、もう八年になるかな。十歳の時からだよ』
だとすると少年は、本来ならば十八歳くらいだろう。
年齢と見た目は必ずしも同じ速度で成長するものではないが、もしも見た目と年齢が一致していた場合、彼はずいぶん長い間、病院に留まり続けているということになる。
五年前も小児病棟に入院しているということは、件の少年を知っている可能性が高く、こちらとしてはありがたいが。
「そっか。じゃあ、この子知ってる?」
寿幸はポケットから写真を取り出し、少年の方へと向けた。少年は一目見るなり反応する。
『ああ、佐伯君だね。知ってるよ。物静かな子であんまりしゃべったことはないけど』
そして少年は、写真の中の人物……失踪した少年の名を言い当てた。
「そうなんだ。じゃあ、みんなでワイワイ騒ぐより、一人で静かに過ごす方が好きな子だったのかな?」
『うん、そうだった。あ、でも……一時すごい仲のいい子が入院してたよ。ただの骨折だったから、あっというまに退院しちゃったけどね』
「ふぅん。ちなみにそのお友達の名前とか知ってたりする?」
『もちろん。水橋君。確か下の名前は竜真君だったかな。ベッドが隣同士だったからね。それで仲良くなったらしくて、退院後もよくお見舞いに来てたよ』
捜査資料にあった通りだ。
水橋という人物は、他の者が少年は自分の意志で姿を消したのではないかと憶測する中、たった一人、その説を否定していた。
居なくなるはずがない。何らかの事件か事故に巻き込まれたんだ。必ず探し出してやってほしいと警察に頼み込んだらしい。
というのも失踪した少年……名前を佐伯 虎太郎というのだが、虎太郎は退院後に何をしたいか、目を輝かせて語っていたらしいのだ。
そんな人物が、自分からいなくなるはずがないというのが、水橋の主張だった。
「本当に仲良しだったんだね」
『うん、そうだよ。そういえば、佐伯君の手術が決まったときにも来たんだよ。それで、おじいちゃんからもらったっていうお守りを貸してもらったって、佐伯君、嬉しそうに話してたっけ』
「お守りか……。ちなみに、どんな柄だったか覚えてる?」
『え、ああそうか。この写真じゃちょうどかくれちゃってるもんね』
写真の中の佐伯の手には確かに紐の付いた布製の物が見える。
『水色の生地に金魚の柄が入ってるんだ。昔、出兵するおじいさんにおばあさんが着物を割いてつくってあげた手作りのお守りなんだって。おじいさん、このお守りのおかげで帰ってこられたんだって水橋君に自慢してたらしいよ』
つまり、この世に二つとない特別な品ということだ。
もしも大事な友人から託されたそのお守りを紛失してしまったとしたらどうする。考えるまでもない。見つかるまで探すはずだ。
「なるほどね。……いっぺん水橋君とやらにも話を聞いてみる必要があるか。話してくれてありがとね」
寿幸が笑顔を向けると、少年もにこりと笑顔になった。
「いえいえ。どういたしまして」
それからふと、真剣な面持ちに変わる。
『それよりお兄さん、僕はやっぱり死んでるのかな』
少年の悲しい問いかけに、寿幸も壁に寄りかかっていた状態から姿勢を正し、少年を真っ向から見据えた。
「気付いてたんだね」
寿幸は優しい声色で答える。
『うん。休みの日は毎週会いに来てくれてたお母さんが、一向に会に来てくれなくなっちゃったからね。それに、バスから降りてくる人に声をかけても無視されちゃうし。いい加減気付くよ』
きっとその母親は毎回バスに乗ってお見舞いに来ていたのだろう。
彼は、そんな母に一秒でも早く会いたいがためにバス停で待っていた。死んだ後もそうとは知らず、ずっと、ずっと。
孤独な時間に心が穢されなくてよかった。それどころか彼は自分の中でケリをつけた。芯の強い少年だ。
『そろそろ神様の所にいかなくちゃいけないんだけど、どうすればいいのかな』
「んじゃ、お兄さんが神様に話をつけてあげようかね。本当にもう後悔はない?」
聞きながら、寿幸は内ポケットから一枚の護符を取り出した。少年がぱちくり目を瞬かせ、驚いた顔をする。
『お兄さん、お坊さんだったの?』
「お坊さんではないかな。袈裟じゃなくて袴を着る方だよ。元だけどね」
『そうなんだ。どちらにせよすごいね』
少年は長い呼吸を一度だけして、まぶたを閉じて首を垂れた。
『思い残すことはありません。よろしくお願いします』
寿幸は頷き、少年の額に護符をあてる。
「掛けまくも畏き、神代大神の大前に畏み畏みも白さく。迷える御霊此処にありて、其の苦しみ孤独癒し給いて在るべきところ示し給え、其の力有らしめ給えと畏み畏みも白す」
そして神代神社祭神に詞を奏上すれば、護符に神力が宿り青い炎に包まれる。
最初は花弁のようにごく小さかった炎は、少年を包み込むほどに大きく膨らみ、包み込んだ少年とともに天へと昇って行った。
屋根の付いた外廊下にはバスを待つ人のための木製のベンチのほか、飲み物の自販機が四台ほど並んでいる。
その自販機の壁に隠れるようにして一人の少年が佇んでいた。
壁に寄りかかり、バスが到着するたびに顔を上げて、降りてくる人々を食い入るように見つめては、ため息とともにうつむく。
「こんにちは」
バスが去り、降りてきた乗客が建物の中に消えるまで待ってから、寿幸は少年に声をかけた。
少年が驚いた様子で顔を上げる。
『こんにちは』
見たところ小学校の高学年か中学生くらいだろうか。数年前に流行った戦隊物のパジャマ姿でうっすら透ける足元ははだしだった。
『誰かに声をかけてもらったの、ずいぶん久しぶりだ』
無邪気にはしゃぐ少年もまた、廊下を当てもなく歩いていた者たちと同じく生者ではない。
「そうか。んじゃ、お兄さんとちょっとお話してくれる?」
久々に話し相手が出来て喜んでいる少年は、快諾してくれた。
寿幸は少年の隣の壁にもたれかかり、まるで世間話でもするかのような気安さで聞き込みを開始した。
「君はいつからここに入院してるの?」
『ええっと、もう八年になるかな。十歳の時からだよ』
だとすると少年は、本来ならば十八歳くらいだろう。
年齢と見た目は必ずしも同じ速度で成長するものではないが、もしも見た目と年齢が一致していた場合、彼はずいぶん長い間、病院に留まり続けているということになる。
五年前も小児病棟に入院しているということは、件の少年を知っている可能性が高く、こちらとしてはありがたいが。
「そっか。じゃあ、この子知ってる?」
寿幸はポケットから写真を取り出し、少年の方へと向けた。少年は一目見るなり反応する。
『ああ、佐伯君だね。知ってるよ。物静かな子であんまりしゃべったことはないけど』
そして少年は、写真の中の人物……失踪した少年の名を言い当てた。
「そうなんだ。じゃあ、みんなでワイワイ騒ぐより、一人で静かに過ごす方が好きな子だったのかな?」
『うん、そうだった。あ、でも……一時すごい仲のいい子が入院してたよ。ただの骨折だったから、あっというまに退院しちゃったけどね』
「ふぅん。ちなみにそのお友達の名前とか知ってたりする?」
『もちろん。水橋君。確か下の名前は竜真君だったかな。ベッドが隣同士だったからね。それで仲良くなったらしくて、退院後もよくお見舞いに来てたよ』
捜査資料にあった通りだ。
水橋という人物は、他の者が少年は自分の意志で姿を消したのではないかと憶測する中、たった一人、その説を否定していた。
居なくなるはずがない。何らかの事件か事故に巻き込まれたんだ。必ず探し出してやってほしいと警察に頼み込んだらしい。
というのも失踪した少年……名前を佐伯 虎太郎というのだが、虎太郎は退院後に何をしたいか、目を輝かせて語っていたらしいのだ。
そんな人物が、自分からいなくなるはずがないというのが、水橋の主張だった。
「本当に仲良しだったんだね」
『うん、そうだよ。そういえば、佐伯君の手術が決まったときにも来たんだよ。それで、おじいちゃんからもらったっていうお守りを貸してもらったって、佐伯君、嬉しそうに話してたっけ』
「お守りか……。ちなみに、どんな柄だったか覚えてる?」
『え、ああそうか。この写真じゃちょうどかくれちゃってるもんね』
写真の中の佐伯の手には確かに紐の付いた布製の物が見える。
『水色の生地に金魚の柄が入ってるんだ。昔、出兵するおじいさんにおばあさんが着物を割いてつくってあげた手作りのお守りなんだって。おじいさん、このお守りのおかげで帰ってこられたんだって水橋君に自慢してたらしいよ』
つまり、この世に二つとない特別な品ということだ。
もしも大事な友人から託されたそのお守りを紛失してしまったとしたらどうする。考えるまでもない。見つかるまで探すはずだ。
「なるほどね。……いっぺん水橋君とやらにも話を聞いてみる必要があるか。話してくれてありがとね」
寿幸が笑顔を向けると、少年もにこりと笑顔になった。
「いえいえ。どういたしまして」
それからふと、真剣な面持ちに変わる。
『それよりお兄さん、僕はやっぱり死んでるのかな』
少年の悲しい問いかけに、寿幸も壁に寄りかかっていた状態から姿勢を正し、少年を真っ向から見据えた。
「気付いてたんだね」
寿幸は優しい声色で答える。
『うん。休みの日は毎週会いに来てくれてたお母さんが、一向に会に来てくれなくなっちゃったからね。それに、バスから降りてくる人に声をかけても無視されちゃうし。いい加減気付くよ』
きっとその母親は毎回バスに乗ってお見舞いに来ていたのだろう。
彼は、そんな母に一秒でも早く会いたいがためにバス停で待っていた。死んだ後もそうとは知らず、ずっと、ずっと。
孤独な時間に心が穢されなくてよかった。それどころか彼は自分の中でケリをつけた。芯の強い少年だ。
『そろそろ神様の所にいかなくちゃいけないんだけど、どうすればいいのかな』
「んじゃ、お兄さんが神様に話をつけてあげようかね。本当にもう後悔はない?」
聞きながら、寿幸は内ポケットから一枚の護符を取り出した。少年がぱちくり目を瞬かせ、驚いた顔をする。
『お兄さん、お坊さんだったの?』
「お坊さんではないかな。袈裟じゃなくて袴を着る方だよ。元だけどね」
『そうなんだ。どちらにせよすごいね』
少年は長い呼吸を一度だけして、まぶたを閉じて首を垂れた。
『思い残すことはありません。よろしくお願いします』
寿幸は頷き、少年の額に護符をあてる。
「掛けまくも畏き、神代大神の大前に畏み畏みも白さく。迷える御霊此処にありて、其の苦しみ孤独癒し給いて在るべきところ示し給え、其の力有らしめ給えと畏み畏みも白す」
そして神代神社祭神に詞を奏上すれば、護符に神力が宿り青い炎に包まれる。
最初は花弁のようにごく小さかった炎は、少年を包み込むほどに大きく膨らみ、包み込んだ少年とともに天へと昇って行った。
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