白蜘蛛探偵事務所

葉薊【ハアザミ】

文字の大きさ
上 下
16 / 86
第一話:探し物

【15】

しおりを挟む
 急遽きゅうきょ、四人分の食事を作ることになったため、夕食はぶり大根のほかに出前を取ることにした。

 出来上がり次第連絡がくるので、そうしたら階下のカフェまで取りに行けばよい。

 一階のカフェでは、お店でわいわいよりも一人でしっぽり宅飲みを楽しみたい客に向け、テイクアウトも行っているのである。

 最近では、出前代行サービスなるものも台頭し始めたため、近々宅配サービスも始める予定でいるらしい。

 和食、洋食どちらもリーズナブルかつ庶民的なメニューと取り揃えており、一人暮らしをはじめたばかりで家の味が恋しい若者や、奥さんに先立たれたシニア層まで幅広い客層に愛され、不景気の世の中でも安定した売り上げをキープしている。

 とある客は「朝から災難続きだったが、マスターの店で食事をしたら急に運気が上昇しはじめた」と驚き、またある客は「夜勤明けでへとへとだったが、この店でサンドウィッチを食べたら急に活力がわいてきた」と意気軒昂いきけんこうに話す。

 まるで雑誌の裏表紙に掲載されている胡散臭い開運グッズの広告のようだが、実はどちらも本当の話なのである。

 カフェのオーナーは、何を隠そう神代神社の御祭神で、この辺りの氏神でもある。

 神様が作る料理だから、ほんのすこしのご利益がスパイスと一緒にきいているわけだ。

 ちなみに今まで出前ができなかったのも、従業員がオーナー付きの神使しんしであるために、オーナーと同じ空間にとどまっていなければ、本来の姿である烏に戻ってしまうという問題があったからなのだ。

 そのカフェのオーナーが所有しているビルの二階には心霊専門の探偵事務所があり、さらに一階上がると寿幸と一美の居住空間。

 最上階である四階はオーナーの趣味の部屋となっている。

 商店街も近いし、なかなか良い立地だ。これで家賃ゼロ円は破格も破格だろう。その代わり、オーナーが時折客から頼まれる依頼を引き受けなくてはならないが。

「一美さんって料理上手なんですね」

「褒めるほどの腕でもありませんよ」

 さて、今現在一美たちが居るのは三階、自宅として使っているスペースである。2DKの間取りで、一部屋を寝室、一部屋を仕事場として使っている。

 二階の事務所はあくまでも依頼人と話をする場所で、急ぎ禊祓みそぎばらえを行う必要がある場合は、主に三階の仕事部屋を用いる。

 そのほか護符の書写にも使用されるため、家の中でも極めて清浄な空気が常に流れている部屋だ。

 今、その仕事部屋には寿幸と要がいる。

 霊と接触したことで、要の霊力が高まってしまった可能性がある。そのため、悪い霊がちょっかいを出してこないよう、予め加持祈祷を行うのだ。

 その間に、一美は予定通りぶり大根を拵えていた。

 傍らには手持無沙汰な陽が居て、一美と会話をしながらも、ちらちらと閉じた襖の向こう側を気にしていた。

「心配はいりませんよ。寿幸さんはああ見えても優秀ですから」

 さばいたブリに熱湯をかけつつ言うと、陽がはっとした顔になった。

「それは知ってます。オカルト板じゃ、有名ですもん」

「おかるとばん?」

 言いなれないからか、ちょっと舌ったらずな言い方になってしまった。

 首をかしげる一美に、陽が得意満面に説明してくれる。

 要するに同じ趣味を共有する者たちの情報交換の場のようだ。

 オカルト板はその名の通り、オカルト……心霊をはじめ、UMA、地球外生命体等を愛好する者たちの社交場らしい。

 そこで寿幸の話題がたびたび上がると聞いて、少しばかり興味がわいた。

 特に審査はないようで、IDとパスワードだけ取得すれば入室できるそうだし、今度覗いてみるかと思い立つ。

「一美さんはいつから探偵と一緒なんですか?」

 一美があれこれ質問した後は、攻守交替、陽が質問する側に変わった。

「子供のころに神代家に引き取られてからですから、もう十年以上は経ちますね」

「それからずっと一緒にいて、今は助手かあ。一美さんって、本当に寿幸さんのことが好きなんですね」

 一美は迷うことなく首肯した。

「ええ、愛してますよ。ずっとね」

 彼に救われてから、いや、それよりもずっと前から、一美は寿幸に懸想している。

「わあ、即答だ」

 陽が大きな目をさらに見開いて、びっくりした顔をする。そこにあるのは純粋な驚きで、嫌悪や軽蔑の感情は見られない。

「引かないんですね」

「え?」

 見開いた目をぱしぱししばたたかせる。何の話だと、瞳が語っていた。

「同性愛者ってことですよ」

 仕方がないので、付け加える。

 別に隠しているわけではない。同性愛者という以前に、一美はすでに一般の人々からは違うものとして扱われた経験がある。

 人目がどうこうなんて、一美にとっては今更だ。

 今わざわざ尋ねたのも、単に陽の反応自体が気になったというだけである。

 陽は腕組みをすると、イルカショーのイルカみたいに空中でくるりと一回転しながら、うなった。

「おれも同じですから」

 それから、聞き流してしまいそうなほどあっさりとカミングアウトした。

しおりを挟む

処理中です...