白蜘蛛探偵事務所

葉薊【ハアザミ】

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第一話:探し物

【13】

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『そして、おれがこの周防 要くんの大親友こと七森 陽ななもり ひかるです! かの有名な寿幸探偵と巡り合えたことに非常に感動しております!』

 なぜか後半が軍人風だった。しかも敬礼付きである。

 おそらくこの事件の中心人物で、最も危険な立ち位置にいるはずなのに、付き添いの要よりもよほど元気なのはどういうわけだろう。

「元気だねえ。君は」

 寿幸も同じように思ったらしく、正直な感想を口にした。

『はい。おれの座右ざゆうの銘ですから! 笑う門には福来るってね』

「座右の銘なんてかっこつけんなよ。お気楽なだけだろうが」

『ええっ、そう? 今おれかっこよかった? 惚れちゃう? ねえ、惚れちゃいそう?』

「かっこいいとは言ってねえ」

 何にぶつかってもすりぬけるためか、陽は本当に縦横無尽じゅうおうむじんという四文字がしっくりくるほどに飛び回っている。

 要はそれをコバエでもおっぱらうように手を振りつつ、ずず、と茶をすすった。

 そんな状況でも「いただきます」と一言断るあたり、礼儀正しいのだとわかる。つくづく顔立ちで損をしている子だ。

「ま、元気でいてくれる方がいいけどね。たとえ生霊でも、あんまし落ち込んでると悪い霊が寄ってきちゃうから」

 寿幸の言葉に、陽は得意満面の笑みを浮かべた。それをうっとうしそうに一瞥してから、要は再び居住まいを正す。

「実は陽は、幽霊に身体を奪われたんです」

 そして、事の起こりについて話始めた。

 放課後、いつも通り帰路についていた要と陽は、道中の公園で探し物をしている同窓を見かけた。

 積極的な陽は即座にその生徒に声をかけたが、次の瞬間、要の目の前で信じがたいことが起こった。

 声をかけたはずの青年が忽然と消えた代わりに、陽が二人に増えたのである。

 そんなはずはないと眼鏡をはずして目を擦っている間に、陽は再び一人に戻っていたのだが、その時にはすでに今現在のような、肉体から解放された姿になっていたというのだ。

「信じられないかもしれないけど、本当なんです」

「いや、信じるよ。用は霊に憑依された上に肉体から追い出されたんでしょ?」

 ほかの場ならいざしらず、ここは心霊特化の事務所である。

 憑依に関する事例もいくつか見てきたので、今更猜疑心に駆られる必要もないのだ。

「でも、憑依された側が追い出されるケースは珍しいですね」

 たいていは持ち主が眠っている間や、あるいは気を抜いた一瞬のスキをついて霊が肉体の主導権を奪い、憑依された側は憑依した霊が活動している間の記憶を持たない。

 だから、覚えのない糾弾を受けたり、あるいは心配した友人にお祓いをすすめられたりするのだ。

 そして本人は半信半疑でやってくるというのが一般的だ。

「そうだねえ。陽君は、その霊と何か話した?」

 どうやらオカルトの分野に並々ならぬ興味を抱いているらしい陽は、寿幸に問われて鼻息荒く答える。

『はい! 無くしたお守りを探しているようでありました!』

 しかしこの軍人口調はどういう心境からくるのだろうか。寿幸は上官でも隊長でもないのだが。

「お守りねぇ」

 寿幸のほうは陽の口調には特に言及せず、(というか多分スルーしている)腕を組んで考え込む。

『それとこれはおれの推測ですが、彼は地縛霊ではないでしょうか。公園から出るために肉体が必要で、おれの身体を奪い取ったと考えられます!』

「だろうねえ」

 さすがに陽は詳しい。

 一方、要はすでに話についていけないようで、どこか肩身が狭そうである。というか、なんだか肩をすくめて、怯えているようにも見えなくもない。……もしや、こういう話題が苦手なのだろうか。

『さらに、彼は十年以内に亡くなった霊だと思われます』

「ほう? その心は?」

『うちの制服は十年前にデザインが変更されて、ポケットが少し大きくなったのです。その子が着ている服もおれたちとまったくおんなじものでした』

 探偵顔負けの観察眼である。

 高校生の失踪というだけでは正直情報量が膨大すぎてしぼりきれないのではないかという懸念があったが、在籍していた学校名と死去した年代が限定できれば、その分的を絞りやすい。
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