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第一話:探し物
【9】
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『ママ、お願い、分かって。私もごっちゃんももう生きてはいないの。死んだ人間がいつまでも現世にとどまっていたらいけないのよ』
「なんでそんなに酷いこというの! そんなにお母さんに意地悪したいの? さてはあんた! 桜子じゃないわね! 桜子のふりして、ごっちゃんを連れて行こうとしてるんだわ! そうでしょう!」
偽物扱いされた桜子は、さすがに傷ついた様子で言葉を失ってしまった。
「消えて! 消えなさいよ! この悪霊め! 二度と私たちに近づかないで!」
息子を奪われたくない麗子は、娘が泣き出してしまっていることにも気づかずに有らん限りの罵倒を浴びせかける。
さすがに見ていられなくなって、桜子に前もって頼まれた通り加勢に入ろうとする一美だったが、寿幸に先を越された。
「お嬢さん、桜が好きだったんですか?」
唐突な質問に、母親は興奮で真っ赤になった顔を動かした。錆びついた機械のようにぎこちない動作で。
「え……?」
突然会話に割り込んできた寿幸に、麗子はどういう反応を示せばよいかわからないようだった。
呆然としている彼女に寿幸はさらに質問を重ねる。
「お嬢さんが着ている桜のワンピース。貴方のお手製ですよね」
「……っ、ど、どうしてそれを!」
初対面の寿幸には知る由のない事実を見抜かれ、麗子は目に見えて動揺した。寿幸はさめざめと泣いている桜子に目を遣りつつ、麗子の問いに答える。
「彼女、今も身に着けてますよ。白地に桜の柄が入ったワンピース。よっぽどお気に入りなんですね」
「う、うそ……」
信じられないとつぶやきつつも、母親は再び緩慢な動きで虚空へ視線を転じた。そこに自分が手縫いした服を着た少女が立っているが、彼女の瞳にはやはり何も映らない。
「さく、なの……? 本当に?」
だが、先ほどまで半信半疑で、最終的には別人だと決めつけた娘の姿を、今度はおぼろげながらも認識できているようだった。
絶えず探る様に揺らいでいた視線は今、桜子だけをずっと見つめている。
『ママは年頃なのにろくに服も買ってあげられないってよく謝っていたけど、私、ほかの子がうらやましいなんて一度も思ったことないよ。だって、ママの手縫いの服はこの世に二つとない私だけのものだもの。服だけじゃなくて、もっとちっちゃいときにタオルで作ってくれたぬいぐるみも、ペットボトルで作ってくれたモビールも、私だけの宝物だから』
取り乱す母親の剣幕に身がすくんでしまっていた五郎が、自分の使命を思い出したように通訳となった。
「それ、桜子がよく言ってた……。本当にさくなのね?」
桜子の言葉は、貧乏ゆえに娘に満足にオシャレもさせてやれない不甲斐なさを吐露する母親に、たびたび桜子が伝えていた本心だったらしい。
「ああ、さく。さくちゃん。疑ったりしてごめんなさい……!」
五郎の口から、娘の口癖のような言葉を聞いて、母親はその場に崩れ落ちた。腕の力が抜け、五郎は母親の腕から離れていく。
『お母さん。今は一時お別れをするけど、またすぐに会えるよ』
五郎は子供のように泣きじゃくる麗子の頭を撫でながら言った。
『お父さんとお姉ちゃんと一緒に、あっちで待ってるから、お母さんはたくさん思い出話、お土産に持ってきてね』
姉の真摯な姿を見て、五郎も覚悟を決めたのである。喪失感から立ち直れずにいる母のそばで見守るのではなく、遠くから見守る覚悟を。
「お母さん。見送ってやりましょう」
地面に座り込んだまま、むせび泣く麗子に寿幸が語り掛けた。母親が涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げる。
「お子さんたちの言う通り、魂だけの状態で現世に留まるのは危険なんです。同じようにさまよっている魂や、あるいは化生……物の怪と呼ばれるものにとって、恨みや妬みなどの汚れた感情のない清らかな御霊は、ご馳走に等しい。このままだとお子さんたちは、いつか悪い霊に食べられてしまうかもしれない」
脅しのようだが、事実だ。我が子の魂が危険にさらされていると知り、麗子の表情がこわばる。
「でも彼女たちは、貴方が心配で離れられないといっています。すぐに立ち直れとはいいません。でも、少しずつでも前を向いて進みませんか? でないと彼女たちは、いつまでも貴方に縛られたままだ」
「う……」
堰を切ったようにあふれ出す涙を拭い、彼女はじっと我が子を見つめた。彼女の瞳に映るのは五郎のみのはずだが、確かに二人の子供を順番に目に焼き付ける。
そして、詰まってしまった想いを吐き出すように長い呼気を漏らすと、表情を引き締めてつぶやいた。
「わかり、ました……」
今生の別れを受け入れた彼女の、決意に満ちた横顔は、娘とそっくりだった。
「なんでそんなに酷いこというの! そんなにお母さんに意地悪したいの? さてはあんた! 桜子じゃないわね! 桜子のふりして、ごっちゃんを連れて行こうとしてるんだわ! そうでしょう!」
偽物扱いされた桜子は、さすがに傷ついた様子で言葉を失ってしまった。
「消えて! 消えなさいよ! この悪霊め! 二度と私たちに近づかないで!」
息子を奪われたくない麗子は、娘が泣き出してしまっていることにも気づかずに有らん限りの罵倒を浴びせかける。
さすがに見ていられなくなって、桜子に前もって頼まれた通り加勢に入ろうとする一美だったが、寿幸に先を越された。
「お嬢さん、桜が好きだったんですか?」
唐突な質問に、母親は興奮で真っ赤になった顔を動かした。錆びついた機械のようにぎこちない動作で。
「え……?」
突然会話に割り込んできた寿幸に、麗子はどういう反応を示せばよいかわからないようだった。
呆然としている彼女に寿幸はさらに質問を重ねる。
「お嬢さんが着ている桜のワンピース。貴方のお手製ですよね」
「……っ、ど、どうしてそれを!」
初対面の寿幸には知る由のない事実を見抜かれ、麗子は目に見えて動揺した。寿幸はさめざめと泣いている桜子に目を遣りつつ、麗子の問いに答える。
「彼女、今も身に着けてますよ。白地に桜の柄が入ったワンピース。よっぽどお気に入りなんですね」
「う、うそ……」
信じられないとつぶやきつつも、母親は再び緩慢な動きで虚空へ視線を転じた。そこに自分が手縫いした服を着た少女が立っているが、彼女の瞳にはやはり何も映らない。
「さく、なの……? 本当に?」
だが、先ほどまで半信半疑で、最終的には別人だと決めつけた娘の姿を、今度はおぼろげながらも認識できているようだった。
絶えず探る様に揺らいでいた視線は今、桜子だけをずっと見つめている。
『ママは年頃なのにろくに服も買ってあげられないってよく謝っていたけど、私、ほかの子がうらやましいなんて一度も思ったことないよ。だって、ママの手縫いの服はこの世に二つとない私だけのものだもの。服だけじゃなくて、もっとちっちゃいときにタオルで作ってくれたぬいぐるみも、ペットボトルで作ってくれたモビールも、私だけの宝物だから』
取り乱す母親の剣幕に身がすくんでしまっていた五郎が、自分の使命を思い出したように通訳となった。
「それ、桜子がよく言ってた……。本当にさくなのね?」
桜子の言葉は、貧乏ゆえに娘に満足にオシャレもさせてやれない不甲斐なさを吐露する母親に、たびたび桜子が伝えていた本心だったらしい。
「ああ、さく。さくちゃん。疑ったりしてごめんなさい……!」
五郎の口から、娘の口癖のような言葉を聞いて、母親はその場に崩れ落ちた。腕の力が抜け、五郎は母親の腕から離れていく。
『お母さん。今は一時お別れをするけど、またすぐに会えるよ』
五郎は子供のように泣きじゃくる麗子の頭を撫でながら言った。
『お父さんとお姉ちゃんと一緒に、あっちで待ってるから、お母さんはたくさん思い出話、お土産に持ってきてね』
姉の真摯な姿を見て、五郎も覚悟を決めたのである。喪失感から立ち直れずにいる母のそばで見守るのではなく、遠くから見守る覚悟を。
「お母さん。見送ってやりましょう」
地面に座り込んだまま、むせび泣く麗子に寿幸が語り掛けた。母親が涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げる。
「お子さんたちの言う通り、魂だけの状態で現世に留まるのは危険なんです。同じようにさまよっている魂や、あるいは化生……物の怪と呼ばれるものにとって、恨みや妬みなどの汚れた感情のない清らかな御霊は、ご馳走に等しい。このままだとお子さんたちは、いつか悪い霊に食べられてしまうかもしれない」
脅しのようだが、事実だ。我が子の魂が危険にさらされていると知り、麗子の表情がこわばる。
「でも彼女たちは、貴方が心配で離れられないといっています。すぐに立ち直れとはいいません。でも、少しずつでも前を向いて進みませんか? でないと彼女たちは、いつまでも貴方に縛られたままだ」
「う……」
堰を切ったようにあふれ出す涙を拭い、彼女はじっと我が子を見つめた。彼女の瞳に映るのは五郎のみのはずだが、確かに二人の子供を順番に目に焼き付ける。
そして、詰まってしまった想いを吐き出すように長い呼気を漏らすと、表情を引き締めてつぶやいた。
「わかり、ました……」
今生の別れを受け入れた彼女の、決意に満ちた横顔は、娘とそっくりだった。
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