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第一話:探し物
【5】
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通話を終え、寿幸はディスプレイに表示される時刻を確認した。
「六時か。学童ってこのくらいに終わるんだっけ」
「そうですね。五郎君も下校しているころでしょうか」
現在の時刻は午後六時。延長がない限り、学童が終わる時間帯である。
姉の桜子と帰宅していたころには、おそらくもっと早くに下校していただろうが、現在は母の仕事が終わるギリギリまで学童で過ごしているかもしれない。
「行ってみます?」
とりあえず五郎少年に接触する必要がある。
念のため確認してみたが、寿幸がうなずくことはすでに分かっていた。
「ちょうど松波家はここをまっすぐ行ったところだ。つまり、ここから登下校の順路をさかのぼれば、どこかで会えるだろうね。近道で待っているお姉さんが会えてないってことは、正しい道を使っているだろうからねえ」
桜子からの情報が奏功し、入れ違いになることは避けられそうだ。探偵とその助手は踵を返し、なだらかな坂を上り始めた。
「しかし探偵ってのは思ったよりも足をつかうねえ」
あっちで聞き込み、こっちで人探し。確かに足を棒にする仕事かもしれない。けれど一美は、今の仕事が気に入っていた。
祓う能力のない一美にできることは、財務処理やお茶出しなどの事務仕事くらいのものだが、四六時中好きな人と一緒に行動できるのは幸運だ。
「運動になっていいじゃないですか」
「若いねえ。一美くんは」
「たいして変わりませんよ」
職務中にこういう何気ないやりとりができるのも、寿幸が自らの特殊技能を生かす仕事を選んでくれたからだ。
彼が一美を常にそばに置くのは、一美の中に眠るそれが暴れてしてしまったときに備えるためなのだが、それでも一美は幸せを感じるのである。
「あ、いた」
他愛ない話をしている間にも二人は坂の中間当たりまで進んでいた。そこで同時に立ち止まる。
彼らの視線が向けられた先には、黒いランドセルを背負った子供がいた。
キャラクターもののシャツに履き古した半ズボン姿、足元は同じく少しくたびれたスニーカーで、頭には低学年用の黄色い帽子をかぶっている。
ただし帽子は風が吹く度ふわふわと浮かんでいた。後頭部がつぶれてしまっている彼には、ぴったりだったはずの帽子が緩いみたいだ。
ほかの子供たちも下校する時間だろうに姿が見えないのは、おそらく五郎少年を不気味がって別の道から帰っているせいだろう。
五郎少年には気の毒だが、こちらにとっては余計な外野がいない分好都合……のはずだった。
しかし……。
「こんにちは。いやもうこんばんは、かな? ずいぶん遅いご到着だな。寿幸探偵」
五郎少年の傍らには、妖美な雰囲気をまとわせた少年がいた。
濡れ色の髪は無造作に跳ね、黒真珠のような爛々とした瞳からは強い生命力を感じる。
そういう顔のパーツだけに着目すれば、健康的で活発な少年という印象だ。
だが、肌が病的なまでに白く、やせ細った手足を死に装束から覗かせている様が、そういった特長を相殺して上回り、風が吹いたら飛んでいてしまいそうな頼りなさを感じさせた。
「やっぱり君が一枚噛んでたんだねえ」
形代 千影、本来ならば男子高校生である。
しかし彼は今現在、学校に通える状態ではない。
その理由は一美と同じ。いや、一美よりも深刻な状況に追いやられているせいだ。
「……っ」
まるで光に集う羽虫のように、千影の周りを飛び交う不気味な蝶たち。それらを目にしたとたん、一美は背中の片側に強い痛みを感じた。
背中の呪いが、自分の一部に反応している。
態度に出したつもりはなかったが、寿幸が一美の視界をふさぐように前に立った。
飛び交うそれらが見えなくなると、背中の鈍痛は途端に治まる。ほっと肩をなでおろす一美だった。
「その子に力を与えたのは君だったんだ。なるほどお母さんに見えるのも道理だねえ」
寿幸の言葉に、千影は悪びれもせず答えた。
「だって、自分が死んだことにも気づかずに、一人ぼっちで泣いてたんだぜ? お友達にも先生にも、お母さんにすら気づいてもらえなくて、……そんな可哀そうな子供を無視するなんて非道な真似、少なくとも俺にはできないな」
寿幸と千影、双方の間に漂う張り詰めた空気。一見親し気に話しているように見えて、二人は常にお互いを警戒してるのである。
「六時か。学童ってこのくらいに終わるんだっけ」
「そうですね。五郎君も下校しているころでしょうか」
現在の時刻は午後六時。延長がない限り、学童が終わる時間帯である。
姉の桜子と帰宅していたころには、おそらくもっと早くに下校していただろうが、現在は母の仕事が終わるギリギリまで学童で過ごしているかもしれない。
「行ってみます?」
とりあえず五郎少年に接触する必要がある。
念のため確認してみたが、寿幸がうなずくことはすでに分かっていた。
「ちょうど松波家はここをまっすぐ行ったところだ。つまり、ここから登下校の順路をさかのぼれば、どこかで会えるだろうね。近道で待っているお姉さんが会えてないってことは、正しい道を使っているだろうからねえ」
桜子からの情報が奏功し、入れ違いになることは避けられそうだ。探偵とその助手は踵を返し、なだらかな坂を上り始めた。
「しかし探偵ってのは思ったよりも足をつかうねえ」
あっちで聞き込み、こっちで人探し。確かに足を棒にする仕事かもしれない。けれど一美は、今の仕事が気に入っていた。
祓う能力のない一美にできることは、財務処理やお茶出しなどの事務仕事くらいのものだが、四六時中好きな人と一緒に行動できるのは幸運だ。
「運動になっていいじゃないですか」
「若いねえ。一美くんは」
「たいして変わりませんよ」
職務中にこういう何気ないやりとりができるのも、寿幸が自らの特殊技能を生かす仕事を選んでくれたからだ。
彼が一美を常にそばに置くのは、一美の中に眠るそれが暴れてしてしまったときに備えるためなのだが、それでも一美は幸せを感じるのである。
「あ、いた」
他愛ない話をしている間にも二人は坂の中間当たりまで進んでいた。そこで同時に立ち止まる。
彼らの視線が向けられた先には、黒いランドセルを背負った子供がいた。
キャラクターもののシャツに履き古した半ズボン姿、足元は同じく少しくたびれたスニーカーで、頭には低学年用の黄色い帽子をかぶっている。
ただし帽子は風が吹く度ふわふわと浮かんでいた。後頭部がつぶれてしまっている彼には、ぴったりだったはずの帽子が緩いみたいだ。
ほかの子供たちも下校する時間だろうに姿が見えないのは、おそらく五郎少年を不気味がって別の道から帰っているせいだろう。
五郎少年には気の毒だが、こちらにとっては余計な外野がいない分好都合……のはずだった。
しかし……。
「こんにちは。いやもうこんばんは、かな? ずいぶん遅いご到着だな。寿幸探偵」
五郎少年の傍らには、妖美な雰囲気をまとわせた少年がいた。
濡れ色の髪は無造作に跳ね、黒真珠のような爛々とした瞳からは強い生命力を感じる。
そういう顔のパーツだけに着目すれば、健康的で活発な少年という印象だ。
だが、肌が病的なまでに白く、やせ細った手足を死に装束から覗かせている様が、そういった特長を相殺して上回り、風が吹いたら飛んでいてしまいそうな頼りなさを感じさせた。
「やっぱり君が一枚噛んでたんだねえ」
形代 千影、本来ならば男子高校生である。
しかし彼は今現在、学校に通える状態ではない。
その理由は一美と同じ。いや、一美よりも深刻な状況に追いやられているせいだ。
「……っ」
まるで光に集う羽虫のように、千影の周りを飛び交う不気味な蝶たち。それらを目にしたとたん、一美は背中の片側に強い痛みを感じた。
背中の呪いが、自分の一部に反応している。
態度に出したつもりはなかったが、寿幸が一美の視界をふさぐように前に立った。
飛び交うそれらが見えなくなると、背中の鈍痛は途端に治まる。ほっと肩をなでおろす一美だった。
「その子に力を与えたのは君だったんだ。なるほどお母さんに見えるのも道理だねえ」
寿幸の言葉に、千影は悪びれもせず答えた。
「だって、自分が死んだことにも気づかずに、一人ぼっちで泣いてたんだぜ? お友達にも先生にも、お母さんにすら気づいてもらえなくて、……そんな可哀そうな子供を無視するなんて非道な真似、少なくとも俺にはできないな」
寿幸と千影、双方の間に漂う張り詰めた空気。一見親し気に話しているように見えて、二人は常にお互いを警戒してるのである。
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