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第一話:探し物
【4】
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彼女たちに礼を言って別れ、松波 麗子が暮らしているアパートへ向かう道中、集まった情報を整理するため、寿幸と一美は意見を交わした。
「どういうことでしょうか。五郎君が母親に見えるようになったのは事故後しばらく経ってからなんですよね。五郎君が憔悴するお母さんを見ていられなくて、霊力を高めてしまったんでしょうか」
それで、霊感のない者にまで目視できるほどの強い霊になってしまった。あの家族想いな姉の弟なのだから、ありえない話ではない。
「そうだとすると厄介だねえ」
寿幸が辟易した様子でため息をついた。
「死者だけなら、対処のしようもあるんだけど、生者のほうは門外漢なんだよねえ」
あくまでも最終手段ではあるが、寿幸は現世にとどまり続けようとする霊を強制的に冥界に送ることができる。
本当に奥の手で、普段はできる限り本人の意思で見送るようにはしているが。
ただ、生者の方が死者に執着している場合は厄介である。
これからも生きていかなければならない彼らにとって、その心の支えでもある存在を奪った寿幸は悪人以外の何物でもない。
少しでも手順を間違えれば一生恨まれることにもなりかねないのだ。納得してもらうには骨が折れるだろう。
「ここは、桜子さんに手を貸してもらうべきではないですか?」
一美の案を、寿幸はやんわり却下した。
「彼女、自分たちの位牌を見て弟さんのことを知ったんだと言ってたよね。つまり彼女だって、母親と接触することはできたはずだ。母親に元気がなかったら声の一つもかけてやりたいよね。でも、そうしなかった。いや、たぶんできなかったんじゃないかな」
確かに、自宅へ移動することができるのであれば、家にいたほうが弟と再会できる可能性も格段に上がるはずだ。
五郎少年は小学生。通い流れた通学路で迷うことはまずないだろう。
そして桜子はあそこに留まる以前には学校付近にいた時期もある。そこで出会えなかったということは弟のほうも事故現場に縛り付けられてしまったわけではなさそうだ。
それでも家には戻らないとなると、自分の意志で近づかないようにしているのかもしれない。
「多分彼女は、家にいるのは嫌なんだろうね。励ましてもやれないのに憔悴していく母親のそばにいるのはつらいだろうからねえ」
それで、あえて実家には近づかないようにしているのだ。それにしても、と寿幸は腕を組んだ。
「弟想いの姉と母想いの息子。どっちも同じ気持ちでいるだろうに片方が見えて片方が見えないのはどういうことなんだろうねえ」
考えを巡らそうとした寿幸だったが、スマートフォンの着信音にさえぎられた。
「もしもーし、何かわかった?」
『ああ。今から六か月前、千鳥小学校前で信号無視のトラックに背後から衝突され、当時中学生だった松波 桜子と小学生の松波 五郎という少年が犠牲になっている』
くだんの彼が交通課に確認を取って、約束通り折り返してきたのだ。
「うん。それは知ってる」
『そうか。では被害者遺族が早くに主人を亡くして母子家庭だったことも分かっているか?』
「なんだかまいっちゃったみたいだねえ」
『ああ。しかしある日を境に突然生気がよみがえった』
「弟のほうが戻ってきたらしいよ。ミステリーだねえ」
情報収集が徒労に終わっても電話口の彼は怒りもしない。
互いの情報をすりあわせて、たんなるうわさ話に根拠を持たせたり、憶測を確証に昇格させることが目的なのもあるが、根っからのまじめで正義感の強い性質が、彼の感情をセーブしているのだろうと思われる。
今の彼の頭には事件を無事解決させるという信念しかない。寿幸と同様に。
『ではこれは知っているか? 生活安全課に届いた情報なんだがな、なんでも千鳥小学校に五郎少年の霊が出るらしい』
「学校に……?」
余談かもしれないが、通話相手の彼も生活安全課の所属である。事故について調べていたところ、それを知った同僚からもたらされた情報らしい。
なんでも近頃、事故死したはずの五郎少年が学校へ登校してくるというのだ。
そして一緒に授業を受けて帰っていく。普通の小学生らしく。
だが、やはり生者にとっては不気味な光景だ。数人の児童が保護者に相談し、保護者から学校に、そして学校から五郎の母に連絡がいったらしいが、ここでトラブルが発生した。
「だろうねえ、母親はわが子がよみがえったと信じてるんだから」
板挟みになった学校側は検討中の一点張りになり、しびれを切らした数名の児童の母親が今度は生活安全課に相談しにきたわけだ。
「で、近々お前んとこに押し付けられる案件だったし、ちょうどいい機会だから今話ちゃおうってことか」
『語弊のある言い方はよせ。もともとこういう仕事は俺たちの担当だ』
最近になって数か所の警察署に試験的に新設された特殊事件担当係。
まだ手探りの段階の上、扱う内容が内容だけに捜査員も極めて少ない。
電話の相手であり、寿幸の頼れる協力者でもある一ノ瀬 保も、一人の部下とたった二人でこの特殊事件担当係に配属された。
特殊事件担当係が扱う事件は、「人ならざる者」がかかわっている可能性が高い事件。配属条件はただ一つ。それらを見ることができること、だそうだ。
『彼がなぜ生前と同じ行動を繰り返しているのかは不明だが、聞いた話によると、彼は時おり一人の少年と接触しているらしい』
好奇心旺盛、あるいは怖いもの見たさの子供たちが帰路に就く五郎を尾行したところ、着物の袷を逆にした着物姿のお兄さんと一緒にいるところを目撃したらしい。
濡れ色の髪に死人のような白い肌。そして周りに血痕のような模様の散った蝶を連れている、妖艶な雰囲気の少年だった。
「……なるほどね」
血痕のような赤い模様の蝶。寿幸にとっても、また一美にとっても因縁深い存在の出現に、どちらも自然と表情が険しくなっていた。
「どういうことでしょうか。五郎君が母親に見えるようになったのは事故後しばらく経ってからなんですよね。五郎君が憔悴するお母さんを見ていられなくて、霊力を高めてしまったんでしょうか」
それで、霊感のない者にまで目視できるほどの強い霊になってしまった。あの家族想いな姉の弟なのだから、ありえない話ではない。
「そうだとすると厄介だねえ」
寿幸が辟易した様子でため息をついた。
「死者だけなら、対処のしようもあるんだけど、生者のほうは門外漢なんだよねえ」
あくまでも最終手段ではあるが、寿幸は現世にとどまり続けようとする霊を強制的に冥界に送ることができる。
本当に奥の手で、普段はできる限り本人の意思で見送るようにはしているが。
ただ、生者の方が死者に執着している場合は厄介である。
これからも生きていかなければならない彼らにとって、その心の支えでもある存在を奪った寿幸は悪人以外の何物でもない。
少しでも手順を間違えれば一生恨まれることにもなりかねないのだ。納得してもらうには骨が折れるだろう。
「ここは、桜子さんに手を貸してもらうべきではないですか?」
一美の案を、寿幸はやんわり却下した。
「彼女、自分たちの位牌を見て弟さんのことを知ったんだと言ってたよね。つまり彼女だって、母親と接触することはできたはずだ。母親に元気がなかったら声の一つもかけてやりたいよね。でも、そうしなかった。いや、たぶんできなかったんじゃないかな」
確かに、自宅へ移動することができるのであれば、家にいたほうが弟と再会できる可能性も格段に上がるはずだ。
五郎少年は小学生。通い流れた通学路で迷うことはまずないだろう。
そして桜子はあそこに留まる以前には学校付近にいた時期もある。そこで出会えなかったということは弟のほうも事故現場に縛り付けられてしまったわけではなさそうだ。
それでも家には戻らないとなると、自分の意志で近づかないようにしているのかもしれない。
「多分彼女は、家にいるのは嫌なんだろうね。励ましてもやれないのに憔悴していく母親のそばにいるのはつらいだろうからねえ」
それで、あえて実家には近づかないようにしているのだ。それにしても、と寿幸は腕を組んだ。
「弟想いの姉と母想いの息子。どっちも同じ気持ちでいるだろうに片方が見えて片方が見えないのはどういうことなんだろうねえ」
考えを巡らそうとした寿幸だったが、スマートフォンの着信音にさえぎられた。
「もしもーし、何かわかった?」
『ああ。今から六か月前、千鳥小学校前で信号無視のトラックに背後から衝突され、当時中学生だった松波 桜子と小学生の松波 五郎という少年が犠牲になっている』
くだんの彼が交通課に確認を取って、約束通り折り返してきたのだ。
「うん。それは知ってる」
『そうか。では被害者遺族が早くに主人を亡くして母子家庭だったことも分かっているか?』
「なんだかまいっちゃったみたいだねえ」
『ああ。しかしある日を境に突然生気がよみがえった』
「弟のほうが戻ってきたらしいよ。ミステリーだねえ」
情報収集が徒労に終わっても電話口の彼は怒りもしない。
互いの情報をすりあわせて、たんなるうわさ話に根拠を持たせたり、憶測を確証に昇格させることが目的なのもあるが、根っからのまじめで正義感の強い性質が、彼の感情をセーブしているのだろうと思われる。
今の彼の頭には事件を無事解決させるという信念しかない。寿幸と同様に。
『ではこれは知っているか? 生活安全課に届いた情報なんだがな、なんでも千鳥小学校に五郎少年の霊が出るらしい』
「学校に……?」
余談かもしれないが、通話相手の彼も生活安全課の所属である。事故について調べていたところ、それを知った同僚からもたらされた情報らしい。
なんでも近頃、事故死したはずの五郎少年が学校へ登校してくるというのだ。
そして一緒に授業を受けて帰っていく。普通の小学生らしく。
だが、やはり生者にとっては不気味な光景だ。数人の児童が保護者に相談し、保護者から学校に、そして学校から五郎の母に連絡がいったらしいが、ここでトラブルが発生した。
「だろうねえ、母親はわが子がよみがえったと信じてるんだから」
板挟みになった学校側は検討中の一点張りになり、しびれを切らした数名の児童の母親が今度は生活安全課に相談しにきたわけだ。
「で、近々お前んとこに押し付けられる案件だったし、ちょうどいい機会だから今話ちゃおうってことか」
『語弊のある言い方はよせ。もともとこういう仕事は俺たちの担当だ』
最近になって数か所の警察署に試験的に新設された特殊事件担当係。
まだ手探りの段階の上、扱う内容が内容だけに捜査員も極めて少ない。
電話の相手であり、寿幸の頼れる協力者でもある一ノ瀬 保も、一人の部下とたった二人でこの特殊事件担当係に配属された。
特殊事件担当係が扱う事件は、「人ならざる者」がかかわっている可能性が高い事件。配属条件はただ一つ。それらを見ることができること、だそうだ。
『彼がなぜ生前と同じ行動を繰り返しているのかは不明だが、聞いた話によると、彼は時おり一人の少年と接触しているらしい』
好奇心旺盛、あるいは怖いもの見たさの子供たちが帰路に就く五郎を尾行したところ、着物の袷を逆にした着物姿のお兄さんと一緒にいるところを目撃したらしい。
濡れ色の髪に死人のような白い肌。そして周りに血痕のような模様の散った蝶を連れている、妖艶な雰囲気の少年だった。
「……なるほどね」
血痕のような赤い模様の蝶。寿幸にとっても、また一美にとっても因縁深い存在の出現に、どちらも自然と表情が険しくなっていた。
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